第107話 取り調べ 4
★★★アンリの取り調べ室(記録係視点)★★★
「だから、さっきから何度も言ってるけど、あたしとエドモンド様はいずれ結ばれる運命なんです!そう、あたし達は運命の二人なの!」
騎士達はげんなりしてお互いの顔を見合わせる。
アンリ・カメルーラ伯爵令嬢は、エドモンド第三王子に薬を盛ったことは認めた(しかも、かなりあっけらかんと)ものの、その罪の大きさを理解していないようで、「あれは媚薬イベントだった」とか、「本当ならばあそこで二人の距離が近付く筈だったのに」とか、理由の分からないことをブツブツ言っていた。その挙げ句言い出したのが「運命の二人」である。
薬を誰から貰ったかとか、首謀者の存在とか、聞き出したいことは沢山あるというのに、自分とエドモンド第三王子のラブストーリー(妄想)を永遠と聞かされ、騎士達は疲れきっていた。
そこへやってきたのは、俺らの上司ダンテ中隊長だった。取り調べ室に入ると、まずは俺が書いた聴取書に目を通してから軽いため息をつく。
ため息をつきたくなるのもわかる。
聴取書に書いてある内容通りのことを話したとすると(一字一句アンリ嬢の話したことを書いてあるのだが)、妄想癖のある頭のおかしい女としか思えないだろうし、実のある内容が一つもないだろうからだ。
「あら、新しい騎士様?」
アンリ嬢はチラチラとダンテ中隊長を見て、ポッと頬を染めた。
世の中では、細くて中性的な男性がモテる。筋肉質でゴツイ騎士なんかは、怖いとか汚いとか言われて敬遠されがちだ。ダンテ中隊長は騎士としての高い地位や家柄の良さにも関わらず、その見た目からモテとは対極にいる存在だった。もちろん、騎士として毎日鍛錬に勤しむ自分達も同様ではあるが。
そんな非モテの象徴のようなダンテ中隊長を見て頬を染めるとか、特殊性癖の持ち主だとしか思えず、皆があ然としてアンリ嬢を見つめた。
まぁ、エドモンド殿下を運命の人と言っている時点で、すでにその片鱗は見えていたのかもしれない。
「ヨシュア・ダンテだ」
「ヨシュア様……」
見た目だけならば可憐な少女であるから、恥じらう様子を見れば可愛らしいなとは思うが、中身が残念な少女過ぎて、微妙な表情になってしまう。それは俺だけじゃなく、アンリ嬢の取り調べを行った他の騎士達も俺と同じような表情を浮かべていた。
「強面騎士団長、平民出身の伯爵令嬢を溺愛する……これもまた捨てがたいわ。ああ、でもこの世界は『平民ですがなにか!?』のスピンオフの『選ばれなかった王子は、平民出身の伯爵令嬢を溺愛する』の世界なのよね。やっぱりあたしにはエドモンド様しかいないわ」
ダンテ中隊長は中隊長であり、騎士団長ではないのだが……。騎士団長は熊みたいにごつくてむさくるしいおじさん……って、口に出さなければセーフだよな。俺、口に出してないよな?騎士団長は地獄耳だから、小さなつぶやきでもとんできて、悪口だと判断すると無限筋トレの刑に処せられる。
辺りをキョロキョロ見てるのが俺だけじゃないから、あいつらも似たようなことを考えたんだろう。
というか、今の単語、一字一句間違えずに書き留めてる俺って凄いな。意味は全くわからないけど。
「アンリ嬢、君はエドモンド第三王子と結ばれると信じているようだが、それはカメルーラ伯爵夫妻にそう言われたからか?」
「そりゃ、お父さんもお母さんもあたしとエドモンド様の運命を信じて応援してくれてるけど、別に二人に言われたからとかじゃないよ」
また出た「運命」!
ダンテ中隊長は眉を寄せたが、「運命」ではない部分を掘り下げることにしたようだ。
「応援?たとえば、どんな応援をしてくれた?二人っきりで会う機会を作ってくれたりしたか?」
「二人で会えるチャンスを作る為に、学園に入学する時にエドモンド様と同じ学年になるようにしてくれたかな。会えさえすれば、惹かれ合う筈だったから」
「エドモンド殿下には婚約者がいるが」
「ああ、なんちゃって婚約者でしょ。あたしとの恋愛のスパイス的な。ほら、障害がある方が恋愛は燃えるから」
なんちゃって?いやいや、エドモンド殿下が婚約者を溺愛しているのは、騎士団では有名な話だ。
婚約者のアンネ様が以前、差し入れを持って来たことかあったのだが、その時のエドモンド殿下は、騎士達がアンネ様に近寄らないようにガードし、挨拶すらさせてくれなかった。エドモンド殿下の教育係であるダンテ中隊長でさえ、アンネ様の後ろ姿も拝めなかったと言っていたくらいだ。
なんでも、アンネ様は元婚約者であり王都一の美男子であるミカエル・ブルーノ子爵令息よりも、ごつくて厳ついエドモンド殿下の方が格好良く見える……という、俺達からしたら神の美意識を持つ令嬢らしく、目移りされたら困るから絶対に合わせるもんかと、エドモンド殿下はかなり真剣に俺らを威嚇していたからな。それこそ、アンネ様の視界に入ったら斬り捨てると言わんばかりの殺気に、俺らは騎士団では先輩なのに、本気でガクブルったぜ。
「もしかして、その恋愛のスパイス的なものとしてあの薬を使った?」
「ヨシュア様、よくわかってるじゃん。本当は、あたしが仕込まなくてもイベントが起これば良かったんだけどさ、全然イベントが起こらないし、エドモンド様はなかなかあたしのことを好きになる気配もないしで、その時にちょうどお母さんから媚薬があるって……、あ、これ内緒だった」
アンリ嬢はペロッと舌を出して見せるが、いやいや、あなた、けっこう重要なことをポロリしたからな。
「それは、夜会のグラスにつけた薬のことだな?」
「内緒!聞かなかったことにして。それにさ、あれ、媚薬だと思ったのに、ちょっと違ったぽくて。それともエドモンド様が特異体質だったのかな?違う意味で興奮しちゃったみたいなんだよね」
あっけらかんと話しているけれど、これは自白だから。さっきまでの意味のない妄想話はなんだったのかな。
「あれは、サカエンという興奮剤だ」
「サカエン?なにそれ」
「戦争などで、恐怖心や罪悪感をなくさせ、破壊衝動を増長させる効果がある薬だ。痛覚も麻痺するらしいから、あれを大量摂取すると手がボロボロになっても目の前の生き物を殴り続けるとか。副作用として媚薬効果もあるらしいが、いわゆる媚薬というには危険過ぎる代物だ」
「なにそれ……」
「エドモンド殿下に殴り殺されなくて良かったな。あの小瓶一本飲ませてたら、確実に殴り殺されてただろうけど」
エドモンド殿下、そんなもん飲まされてたのか。夜会の次の日、たまにボーッとしたり、顔を赤らめたかと思うといきなり剣の素振りをしたりしてたのは、もしかして薬の副作用(アンネがしてくれたことを思い出していただけ)だったのか?近寄らなくて良かった!
「それと、カメルーラ伯爵夫妻だけどな、あんたが娘だなんてこれっぽっちも思ってないぜ。殿下を籠絡するコマとして養女にしただけらしい。エドモンド殿下を誑し込めれば良し、駄目なら暴行……この場合はボコボコにする方な、されて傷痕でも残れば、エドモンド殿下に罪悪感を植え付けて操れるとでも考えたんじゃないか」
「そんな……」
エドモンド殿下の全力の拳を受けていたら、顔面崩壊間違いなかっただろう。頬骨弓や鼻骨は折れて、歯はガタガタ、二目と見られない顔面になっていた筈だ。
「どんなつもりであの薬をあんたに渡したか、本人に直に聞いてみたらどうだ。なんなら、夫人のとこに連れて行ってやるが」
「行くわ!」
ダンテ中隊長は、鼻息荒く立ち上がるアンリ嬢を連れて取り調べ室を出て行った。俺も聴取書を持ってその後に続いた。
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