第106話 取り調べ 3
「あなた!私がアンリに何をやらせたですって!?」
ドアバタとした音と静止する声が響いたと思ったら、ドアが勢い良く開いて、鬼の形相をしたカメルーラ伯爵夫人が突入してきた。ドアの前にいた私は、真正面からカメルーラ伯爵夫人を見ることになってしまい、人間の顔ってこんなに変わるものなんだって、驚きと共に関心もしてしまう。
エドが私を背中に庇うように前に出たんだけれど、カメルーラ伯爵夫人の視線はダンテ中隊長とエドの隙間をぬって、カメルーラ伯爵にロックオンしていた。二人を押し退ける……ことはできなかったようで、ダンテ中隊長が一歩横にずれると、カメルーラ伯爵夫人は伯爵の前まで足音をたてて歩み寄ると、いきなりその胸ぐらを掴んだ。
夫婦だよね?親の仇とかじゃないよね?
「わ・た・し・は・し・ら・な・い!」
カメルーラ伯爵夫人から、何も喋るな!という圧が酷い。しかし、カメルーラ伯爵には通じなかったようだ。
「私だって知らない!おまえが公爵夫人から薬の入った小瓶を受け取ったのも知らなかったし、それをあの娘に使わせようとしたこともな。確かに公爵様に言われて、エドモンド殿下が好きそうな女を探して養女にしたさ。それだって、ぴったりな娘がいると見つけてきたのはおまえだがな」
エドが好きそうなって?
アンリさんの容姿が頭に浮かぶ。後ろ姿は確かに瓜二つかもしれないよね。
「な……、私は本物の娘だと思ったから」
「どこがだ?髪の色も目の色も違うじゃないか。下賤な生まれの娘が私の娘だと?あり得ない。私はエドモンド殿下を色仕掛けで落とせとは言ったが、我が家門を貶める行為をしろとは言ってない!」
「あなた……」
カメルーラ伯爵夫人が真っ青になって発言を止めようとしているのにも気付かず、カメルーラ伯爵は夫人を突き放すと、ガリガリと爪を噛みながら机の前をウロウロと歩き回る。いくら拘束されていないとはいえ、取り調べ中に勝手に動き回っていいのか?
騎士も、取り押さえるべきなのか、放置でいいのかわからずに戸惑っているようだ。
「私がしたのは、少しばかり噂を広めたくらい。いや、アンリから聞いた話をそのまま数人の貴族に伝えただけで、……そう、他意はなかった。エドモンド殿下、私は妻の連れてきた娘の虚言を信じてしまっただけなんです」
「公爵様とは、ダンケルフェル公爵で間違いないな。彼に言われて、俺を誘惑する女を養女に迎えたのは認めるな」
「はい。このまま王太子に後継ぎができなければ、王太子交代もありえるからと。しかし、そのような政略的な養子縁組はどこの家門もしていること。罪にはならない筈……」
「養子縁組くらいならな。しかし、今回のはいただけない。王族に害をなしたんだ。さすがに、個人の罪だけで終わるとは考えないほうがいい」
ダンテ中隊長が騎士に目配せし、肩をガックリと落としたカメルーラ伯爵は連れ去られて行った。
「さて、カメルーラ伯爵夫人、さっきはアンリのことは直感で娘だと思った、アンリが俺にちょっかいをかけていたとしたら旦那の指示で自分は知らなかった、小瓶の中身も知らずに娘に渡しただけだ……って言ってたよな」
エドが冷ややかな視線をカメルーラ伯爵夫人に向けると、夫人は視線を泳がせた後、上を向いて下を向いて……ポロリと涙を溢した。その間僅か十五秒。女優並みの泣きの演技だった。
「はい……、いえ、あの娘のことは娘ではないとわかっておりました。夫を庇う為に嘘を申しました。申し訳ございません。しかし、私は本当の娘だと思って心を砕きましたし、他のことは真実なんです。信じてください」
さっきの取り調べ室の号泣ではなく、ホロホロと涙を溢す様子は、いかにも同情を誘っています!という様子に見えてわざとらしかった。何せ、カメルーラ伯爵に鬼の形相で掴みかかったのを見ているから、今更殊勝な様子を見せられても、なんだかなぁ……としか思えない。
カメルーラ伯爵夫人は、標的をダンテ中隊長に絞ったのか、ダンテ中隊長の前に立つと、涙の溜まった瞳でダンテ中隊長を見上げた。
ダンテ中隊長が三十ニ歳、カメルーラ伯爵夫人は三十中頃から後半くらいだろうか?十代のエドやステファン様に色仕掛けするよりは、成功確率は上がるかもしれないよね。
しかし、ダンテ中隊長は心底嫌そうな表情をして、後ろに控えていた騎士達に顎で指示を出す。騎士達は正しく理解し、カメルーラ伯爵夫人を連行して行こうと、カメルーラ伯爵夫人の腕を掴んだ。
結局、カメルーラ伯爵夫人が認めたのは、アンリさんは実の娘じゃないということと、エドに色仕掛けをさせる為に養女にしたということだけだった。
「ちょっと、私に触らないで!そうだ、アンリに聞いてちょうだい!あの娘なら、私が何も知らなかったと、あの娘に指示を出していたのは夫だと証言する筈だわ」
多分、アンリさんには元からそう言いくるめてあるんだろうって丸わかりだ。しかしこの発言、カメルーラ伯爵に最初から全部擦り付けるつもりだったとか、夫婦の絆とかないんだなって切なくなるな。
「わかった。ちょっと待て」
ダンテ中隊長はエドに耳打ちすると、取り調べ室を出て行った。
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