第103話 晩餐会 3

「まぁ!そんな物いただきましたかしら?確かに、シャンティの第二妃は従姉妹ですので、親しくしておりますわ。珍しい物や貴重な物をよくいただきますから、中にはそんなものもあったのかもしれません」


 ダンケルフェル公爵夫人かシレッとした様子で答えた。


「違法な薬物だが?」

「そんな危険な物だと認識はありませんでした。そうそう、とても美しい瓶でしたら、カメルーラ伯爵夫人に差し上げたことがありますわ。香水瓶だと勘違いして」


 ダンケルフェル公爵夫人がカメルーラ伯爵夫人に流し目を送るように視線を動かすと、カメルーラ伯爵夫人は表情を明るくして何度も頷いた。


「確かに、美しい香水瓶でしたので、私よりも若い娘が持っている方が相応しいと、アンリにあげました。もしかすると、香水だと思って手首などにつけていて、それが間違ってグラスに付着したのかもしれません。ええ、そうに違いありません」


 あくまでも故意ではないと言い開きをしたいらしい。


「なるほど、では、エドモンド君が口にしたサカエンの出処は、シャンティの第二妃から貰った物で間違いはないですね」

「さぁ。あれがそうなら、そうかもしれませんわね」


 あくまでもしらを切るダンケルフェル公爵夫人だった。


「アンリ嬢はどうです?その瓶は記憶にありますか?」

「あります、あります」

「それは今どこに?」

「それならここに」


 アンリさん的には話を合わせたんだろうけれど、まさか手元に持っているとは思わなかったのだろう。伯爵夫人も公爵夫人もギョッとしたようにアンリを二度見していた。カメルーラ伯爵だけは、アンリの発言を聞いた途端、挨拶回りがあるようなふりをしてこの場を離れて行った。それを見て、エドが後ろにいた貴族に小さな声で「追え」と言い、言われた貴族はカメルーラ伯爵の後を追って行った。


「それ、僕がお預かりしても?」


 ステファン様が手を出すと、アンリさんはスカートのポケットから小瓶を取り出した。言うほど綺麗な瓶でもなく、小瓶を受け取ったステファン様は、瓶の蓋を開けて中の匂いを嗅いだ。


「成分を分析しないと確定はできないけど、サカエンの匂いがするね」


 ステファン様のその言葉で、後ろに控えていた貴族達がアンリを両側から拘束した。


「え?え?何?」


 ダンケルフェル公爵夫人とカメルーラ伯爵夫人の後ろにいた貴族達も二人を拘束する。


「離しなさい。失礼でしょう。逃げたりいたしません」

「御三人には詳しく話を聞きたく思います。どうぞ騎士団詰め所まで移動を」


 貴族の一人がダンケルフェル公爵夫人に話しかけた。晩餐会に出席した貴族のふりをした騎士達だったようで、三人を囲むようにして晩餐会会場を出て行った。


「まさか、この晩餐会でもあの薬を使うつもりだったのかな。まさか、持ってきているとは思わなかったよ」


 ステファン様が小瓶の蓋を閉め、横に控えていた貴族(多分、騎士)に渡した。


「全くだな。この間のがなんも言われなかったから、バレてないとでも思ったのかね。そんな訳ねぇのに」

「故意だって証明できなかったらどうなるの?」


 まさか無罪放免ではないよね?と、エドを見上げて聞いてみた。


「王族に危険薬物を盛ったんだ。知らなかったじゃすまないんじゃないかな?ねえ、エドモンド君」

「ああ。娘は確実に死罪……もしくは一生奉仕活動。伯爵家は貴族位を没収して平民堕ち。もし故意だと証明されたら死罪。公爵家も降格は確定だろう。良くて伯爵、男爵位もありえるな。もし首謀者だって証明されれば、やはり死罪だろうな」

「キングストーンは甘いな。うちだったら、故意だろうが過失だろうが王族に手を出した時点で死罪だよ」


 怖っ!

 私、けっこうエドのこと小突いたりしてたけど、あんなのもまずかったりしない?しかも、初めてエドに会った時、頭を引っ叩いた気がする。ほら、私が足を挫いて、いきなりその足を持ち上げられたからさ。そりゃ、女子なら知らない人に足をつかまれたら殴るよね。


「あの三人、口裏を合わせることがないように、別々に取調べる予定だ。ちょっと見に行ってみるか?」

「見れるの?」

「ああ、取り調べ室は隣の部屋から監視できるようになってるからな」


 私達は懇親会を抜け出して騎士団詰め所へ向かった。同じ王宮内にあるとはいえ馬車に乗らなければならず、また騎士団詰め所からはサンドローム邸はすぐ近くだから、ロイドお父様には騎士団詰め所に寄ったら邸宅に帰ることは伝えておいた。


 騎士団詰め所につくと、華やかな先ほどの晩餐会の雰囲気とは真逆で、騎士服の筋肉質な男達が足早に歩き回っていた。どうやら、通常勤務と夜勤との交代の時間帯のようで、点呼をしたり引き継ぎ事項を早口で言い合っていたりと忙しなかった。


「おう、エドモンド殿下」


 敬称をつけてはいるが、親しげな様子でエドに話しかけてきた騎士がいた。

 エドを二回りくらい大きくしたようなその騎士は、無精髭を生やしていかにも「漢!」といった風体をしていた。三十手前……いや三十過ぎくらいだろうか?若者には出せない男の色気が溢れていて、ついつい目で追ってしまい……。


「中年親父なんかに惚れかけてんじゃねぇよ」

「酷いな、エドモンド殿下。俺はまだ中年じゃないぞ。老けて見えるが三十二だからな。それに未婚だから親父でもない」

「三十超えれば中年で十分だ。アンネ、こいつと目が合ったら妊娠すっから、絶対に見るんじゃねえぞ」


 エドが私の目を覆い、自分の方に引き寄せて騎士から距離をとらせた。


「エドモンド殿下の婚約者のアンネ嬢だろ?こら、挨拶くらいさせろよ。俺はヨシュア・ダンテ。一応騎士団中隊長をしてて、こいつ……いやエドモンド様の教育係だ」

「今更言い直しても遅えよ」

「ダンテ……侯爵家の?」


 ダンテ侯爵といえば……。


「そうそう。いてもいなくてもいい侯爵家五男」


 貴族は政略結婚が多く、後継を一人、スペア(言い方は悪いが、次男は保険のような存在)を一人作れば後は仮面夫婦になる家が多い中、男だけで子供が五人もいるとか、それだけでも夫婦仲が良いと想像できた。実際にダンテ侯爵は愛妻家で有名で、国王夫妻とも親交が深いと聞く。


 「俺に薬を盛った奴らの取り調べ、ちょっと覗かして欲しいんだけど」

「婚約者とそっちの……」


 ダンテ中隊長がステファン様に視線を向けると、ステファン様は自分で自己紹介をした。


「ああ、シャンティの……。運び屋を引き渡してくれた王子様だよな。なら、当事者になるんだろうし、まぁいいか。責任はエドモンド殿下が取れよ」


 ダンテ中隊長が先を歩き、取り調べ室まで案内してくれるようだった。


 

 

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