第102話 晩餐会 2
「エドモンド様、あちらで少しお話したいわ。学園のことで聞いていただきたいことがあるんです」
アンリが潤んだ瞳(瞳が潤む要素、どこにあるかな?)でエドを見上げて、さりげなく腕に触れた。
「エドモンド殿下、娘は赤ん坊の時に誘拐され、最近やっと再会できたんです。なので、貴族生活に馴染みがなく、学園生活にも不安が多いことでしょう。可哀想なこの娘をどうか気にかけてやってはもらえませんか」
カメルーラ伯爵夫人が、目元をハンカチで拭いながら言った。そんなカメルーラ伯爵夫人の背中を優しく撫でるダンケルフェル公爵夫人。
わざとらしいーッ!!
「私も伯爵夫人から相談を受けてまして、自分のことのように心を痛めてますの。しかし、学園でのことは私共では手助けできませんものね。エドモンド殿下と同じ学年で、夫人も心強いですわね。可哀想なアンリが貴族生活や学園生活に慣れる為にエドモンド殿下が心を砕いたとしても、お優しい婚約者様ならばお許しいただけると、私は信じておりますわ」
つまりは、「エドモンド殿下がアンリと仲良くするのを邪魔すんじゃないわよ!」ってことかな。今はロイドお父様の養女になって公爵令嬢を名乗っているけれど、元は伯爵令嬢の私のことをあくまでも格下だと思っているということが、その表情からもバレバレである。
「アンネが仮に許したとしても、俺はそいつに関わるつもりはない。第一、薬なんか盛る女には近くに近寄って欲しくもない」
「なんのことでしょう?アンリが何か粗相をしでかしたのでしょうか?」
演技派なのか、本当に知らないのか、カメルーラ伯爵はオドオドとエドの顔色を伺っており、その横でアンリは明らかに顔色を悪くしていた。今まで、先日の夜会での明らかに異常なエドの行動について何も言及されなかったから、怪しまれていないとでも思っていたのだろうか?
「粗相……と言われると、正直厄介なことしかないから、どれのことかわからないんだが、王家が主催した最後の夜会で、俺はそいつから渡された水を飲んで、異常を感じたっつうか、一瞬にして破壊衝動に駆られたんだ」
「破壊衝動……ですか?何故そんな物を?」
「そうですわ。そんな危険な薬物、自分も被害を受ける可能性があるのにエドモンド殿下に使う筈ございません。アンリが手にしたそのグラスに、最初から薬が盛られていたのでは?エドモンド殿下が狙われたとしたら、由々しき事態ですわ」
状況が理解できていない様子の伯爵と、饒舌に喋る伯爵夫人。それを無表情で見つめるダンケルフェル公爵夫人は、傍観することに徹することにしたらしい。
「残念だが、グラスはそいつが一度口つけたやつを水道水で洗って、その水を注いでたぜ。元から入ってた訳じゃない」
カメルーラ伯爵夫人は忌々しそうにアンリを睨みつけた後、すぐに表情を緩めて思案するように視線を動かした。
「薬……は気のせいだったのでは?急に苛つくこともありますでしょう?特に殿下くらいのお年頃だと、精神的に不安定になることも。ねぇ、あなた」
「いや、まぁ、おまえの言う通りだよ」
エドがチッと舌打ちして、手を上げると、赤い布をかけたお盆を持った侍従がさっと現れた。エドが布を取り去ると、割れたシャンパングラスがあった。
「これは、その時に俺が口にしたグラスだ。調べたら、グラスの縁にサカエラの葉から濃縮抽出されるサカエンという液体が塗られていた。このサカエラという植物は、シャンティ国原産で、輸出制限かけられているし、うちの国でも単一商会しか取り扱い許可がおりていない上に、厳重な管理がされているんだ。ステファン王子、間違いないよな」
いつの間にか、エドの横にステファン様が立っていた。
「間違いないよ。ちなみに、軍用サカエンはほんの数滴で効果抜群、破壊衝動に駆られ、痛みを感じにくくなるんだ。主に戦の時に兵士に使う為に研究された興奮剤で、副作用として性的興奮作用もある。最近では、加虐趣味のある者が、サカエラの葉から自分でサカエンもどきを抽出し、とある闇パーティーで使用して死者が出たらしいよ」
エドの傷ついた拳を思い出し、私はエドの手を握りしめながら聞いた。
「サカエラの葉を手に入れられれば、それは簡単に抽出できるんですか?」
「うーん、抽出するだけならできるだろうけど、これだけ高濃度の物にするとなると、やはりきちんとした研究施設じゃないと無理だね。うちの諜報員の調べによると、用途不明で売買されたのが一件あったよ」
ステファン様がダンケルフェル公爵夫人に視線を向けたが、全く表情を変えることなくステファン様を見返していた。
「彼を連れてきてくれる?」
ステファン様が合図をすると、腕を縛られた会場の雰囲気にそぐわない男が騎士に連れられてやってきた。このくらいになると、周りにいた貴族達も様子がおかしいと、私達のことを遠巻きに注目しだした。
「その薬を仕入れたのはシャンティの第二妃だった。でも、それは誰かに頼まれてのことらしい。さて、その薬を第二妃に託された君は、いったい誰に渡したかのか。この中にいるか、教えて欲しいものだね」
ステファンの問いに、男はゆっくりと頷くと、縛られた両手をノロノロと上に上げ、ダンケルフェル公爵夫人を指差した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます