第99話 危険薬物だったって 2

 あの夜会から三週間がたった。


 その日の王子妃教育を終え、王宮からサンドローム邸に戻ると、応接間からロイドお父様の笑い声が聞こえてきた。帰宅の挨拶をしようと応接間をノックすると、中から侍従が扉を開けてくれ、応接間にはロイドお父様とステファン様がいた。


「ロイドお父様、ただいま戻りました」

「ああ、お帰り」

「やあ、お邪魔しているよ」

「ステファン様、どうなさったんですか?」


 ステファンはすっかりロイドお父様と打ち解けた様子で、ワインを片手にチーズをつまみながらチェスをしていた。いつもは気難しいロイドお父様が、機嫌良さそうにワイングラスを傾けている。


「いやぁ、アンネちゃんに婚約の打診をしにね」

「は?」

「冗談でもやらんがな。ほら、チェックメイトだぞ。わしの二連勝じゃな」

「でも、その前に僕が三連勝してますよ」


 ロイドお父様はムスッとして、「じゃあもう一回」と、チェス盤に駒を並べなおす。

 そこへエドも帰宅してきた。


「アンネ、ただいま」


 ノックもなく応接間に入ってきたエドは、ロイドお父様に挨拶するのをすっ飛ばして、私の側に足早にやってきた。


「お疲れ様。いくら怪我が治ったからって、あんまり無理しないでよ」

「ああ」


 エドはスムーズに私の腰を抱き寄せると、頭にキスを落とした。いつもならロイドお父様に怒られるからすぐに離れるんだけれど、ステファン様を牽制する為にか、今日は私の腰をがっしり抱き寄せたまま離れなかった。

 それでエドが落ち着くんならと、少し恥ずかしいけれど、私もエドに寄り添ったまま立ち、ロイドお父様とステファン様のチェスの試合を眺めた。


「で、屋敷にわざわざ来たってことは、調べはついたんだよな」 

「まぁね。知りたい?」


 エドが盛られた薬について、ステファン様に調べてもらうと言っていたから、薬の流通ルートがわかったんだろう。


「当たり前だろ」

「ふーん。ならさ、やっぱりご褒美もらわないとじゃないかな。僕、けっこう頑張ったんだよ」

「頑張ったのはおまえじゃなくて、国の諜報員だろ」

「彼らに命令したのは僕だよ。それと、流通元の目処をつけたのも僕だし」

「目処って誰だよ」

「うちの国の大貴族さ」

「だから、それは誰だって聞いてんだろ」


 エドはイライラし、そんなエドを楽しそうに見ながらも、ステファン様はチェスの駒を悩むことなく動かしていく。


「フム……。かの娘の家名はカメルーラと言ったな。そいつなら、ダンケルフェルの派閥じゃ。ダンケルフェル公爵の妻は、異国の侯爵の娘で……確か、婚前の名前がサマンサ・チャング。なんでもシャンティの王族に繋がる血統だとか自慢しておったな」


 ロイドお父様が、顎髭に手をやりながら記憶を辿るように言った。


「うわ……諜報員が一週間かけて調べた内容が一瞬で出てきた」


 ステファン様がそうつぶやくと、ご褒美は諦めたのか、封筒に入った書類をエドに向かって投げてきた。


「あーあ、エドモンド君に貸しができると思ったんだけどな。あわよくば、アンネちゃんをシャンティ国に招くきっかけにして、そのままうちで囲っちゃおうかと思っていたのに」

「ハァッ!?」


 エドのこめかみに青筋が浮かぶ。


「アハハ、冗談じゃないか。そうだ、一つ間違いを訂正するよ。サマンサ・チャングはシャンティ国の第二妃、第一王子の母親と従姉妹なんだ。さかのぼればどこかでは、王族に辿り着くかもしれないけどね。血筋というほど近くはないよ」

「なるほどそうか。あの鼻たれが結婚した時、かなり自慢気に吹聴しておったから、王に近しい縁者かと思っておったわ。さて、わしは寝る時間になったから先に休むとするか。シャンティの王子、また近いうちに再戦を望む。勝ち逃げは許さんぞ」


 うちの国の三大派閥のうちの一派の長も、ロイドお父様からしたらただの鼻たれらしい。

 ロイドお父様はワインを全て飲み干すと、チェス盤を睨んでから立ち上がった。


「承知しました。またお伺いすることをお約束します。続きはその時に」


 ステファン様は、双方の駒を動かして二手進めると、「後少しでチェックメイトだったんですけどね」とにこやかに笑った。


 ロイドお父様は、「いやいや、まだ逃げ切れる手はあったわい」とニヤリと笑いながら、部屋から出ていった。


「おまえ、ずいぶんとじいちゃんに気に入られたな」

「人徳かな。そうだ、その書類には、第二妃の薬の売買の記録と、それをキングストーン国に密輸した男の証言、その男がダンケルフェル公爵夫人に薬を渡したことまでは書いてある。その男もうちの諜報員が拘束しているから、証人が必要ならいつでも引き渡すよ。というか、すでにキングストーン国には連れて来ているんだ」

「それは助かる」

「やっぱり、ご褒美に値すると思わないかい?」


 ステファン様は綺麗なウィンクをしてみせたが、エドは鼻であしらった。


「結果的には、そっちにもうまみがある内容だったろ」

「まぁね。本当なら、第一王子がこの件にかんでいればベストだったんだけど」


 え?王位継承権争い勃発?

 爽やかな笑顔で、ドス黒いんですけど。なんか、クリストファー様に通じる部分を感じるわ。もちろん、うちの王子様達は王太子であるアイザック様を弟二人でサポートして協力体制は万全、仲良し兄弟だけれどね。



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