第97話 媚薬 3

 アンリが震える手で鍵を開けて扉を開けると、確かに部屋の中はエド一人しかいなかった。

 しかし、部屋の惨状は凄まじく、壁や床は至る所に穴が空き、机や椅子は木っ端微塵に破壊され、ちょっとした備品倉庫だったのか、床には折れたモップやひしゃげた金盥、雑巾なども散乱していた。そして何よりも、エドの拳から血がダラダラ垂れているではないか。


「エド!」


 私が叫ぶと、エドの視線が揺れて私を捕らえた。


「アン……ネ」


 差し出された手を握ろうと部屋に一歩足を踏み入れたら、背中を強く押されて、もんどり打つようにエドに倒れ込んだ。

 その途端に扉は閉められ、またガチャガチャと鍵がかかる音がする。


「ちょっと、これ、どういうこと!?」


 エドがギューギューに抱きついてきて、耳元で「フーッフーッ」と荒い息がする。なんかよくわからないが、凄い勢いで耳裏辺りの匂いを嗅がれている気がする。


「エド?あなた、手どうしたのよ!?とりあえず手当てを……」

「……動くな」


 切羽詰まったようなエドの声に、私はエドの手当ては諦めて身体の力を抜いた。汗を大量にかいているのか、エドの匂いもいつもよりも濃い。その男らしい匂いにクラクラしながらも、エドがしたいようにさせた。


 エドに強く抱きしめられ、エドの下半身がドクドクと脈打ち、臨戦態勢に入っているのを感じる。


 媚薬……を盛られた?


 アンリがエドに媚薬を盛って、既成事実を作ろうとしたけれど、エドが大暴れしてアンリを拒絶したのかもしれない。身の危険を感じたアンリは、エドを閉じ込めて逃げ出した?でも、アンリはなんで私をここに連れてきたのか?鍵までかけて、二人を閉じ込めるとか、媚薬を発散させてくれということだろうか?


 考えても、アンリの行動の真意はわからなかった。しかし、一生懸命私の匂いを嗅ぎ、衝動を耐えているエドが辛そうだということはわかる。


「エド……いいよ。大丈夫だよ」


 エドの顔を両手で挟み、チュッとキスをする。


「……駄目だ。こんなところで……アンネを……抱け……ない」


 確かに、床は穴凹だらけだし、木の破片が散乱している。でも、だからって、こんなにしんどそうなエドを放置はできない。


 よし!女は度胸だ!!


 横になるスペースがなきゃ、横にならなきゃいいんだもんね。もう一つの人生の知識があるから、貴族令嬢にはないだろう閨事の知識もある。


 私がエドのズボンの金具に手をやるのを、エドは荒い息を吐きながら凝視していた。


 ★★★


 一時間後、なんとか任務完了。ナニをナニしたかはご想像ください。すっかり普通に戻ったエドは、私の乱れた衣服を整え、微妙に汚れた部分は落ちていた雑巾で拭き取ってくれた。

 私の体力は限界を超え、もうここで寝てもいいよと言われたら眠れるくらいに睡魔に襲われていた。


「あれって、やっぱり媚薬みたいな?」

「どうなんだろう?確かに何かの薬を盛られたんだろうけど、ムラムラというより、イライラが激しかった」

「イライラ?」

「破壊行動。目の前の物を全部ぶっ壊しくなった。下手したら、あの女を殺してたかもしれないくらい、酷い衝動だった」


 それでこの部屋の惨状か。


「でも、私がここに来た後は、ムラムラ大爆発だったよね」

「ああ、アンネを見た途端、全部が性的欲求に変換されたな。ってか、さっきのなんだよ。あんなん、今までもしてもらったことないし、あんな体位とかもしたことないよな」

「ああ……まぁ、ないかな」


 エドの膝抱っこの体勢だから、エドににじり寄られても逃げようがない。


「すげえ良かった!良かったんだけど……あんなこと、誰に習ったんだ。まさかと思うが、あの野郎じゃねぇよな」


 おっと、エドの顔がいつも以上に強面になっちゃってる。事後の甘い表情じゃないよ。あの野郎とは、元婚約者のミカエルのことかな?私がエドが初めてだって知っている筈なのに、勝手に想像してやきもちをやいちゃってるよ。


「いやいや、誰にも習ってないよ。ほら、私のもう一つのというか、違う世界での記憶。あっちの世界の性的な知識はこっちより進んでいるから、知識として知っていただけ。そんなことより、エドの危機管理ってどうなってるの!媚薬なんか盛られて」

「……面目ない」

「いったい何を口にしたのよ」

「水だけだ。最初はクッキーを作ってきたって言われたけど断って、次に俺が持ってたワインで乾杯をって言われたけどそれも断ったんだ。おまえと飲むなら水で十分だって言ったら、そこの水道でシャンパングラスを洗って水をくんで渡してきたから、早く戻りたくて……その水をつい。目の前で水を蛇口から入れているのを見たし」


 いかにも、エドに何か口に入れさせたがっているのはバレバレじゃないか。


「で、そのグラスは?何か証拠が残っているかも」


 まぁ、この状態で無事に残っているとは思えなかったが、奇跡的にグラスの脚の部分は折れてしまっていたが、グラス本体はわずかな欠けで大きな破損はなかった。


「これ、調べてもらおう」


 落ちていた雑巾でグラスを包み、抱えたところで、扉の鍵が開けられて大きく開かれた。


「エドモンド様がアンネ様をボコボコに……」


 アンリを先頭に、大勢の騎士が部屋に入ってきた。


「エドが私をボコボコ?」


 ボコボコどころか、事後な感じが漂っちゃってるのは隠せてないようで、騎士達の視線が泳いじゃってるよ。恥ずかし過ぎる!


「え?」


 全く無傷の私を見て、アンリは唖然とする。


 うーん、私がエドにボコボコにされるだろうと見込んで部屋に閉じ込めた……ということかな?



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