第96話 媚薬 2 …後半アンリ視点
「アンネ様!」
髪の毛を振り乱したアンリが、ソファーに座っていた私の前に転がるように走りこんできた。
「すぐ、来て下さい!今すぐ!早く!急いで!」
「いや、ちょっと待って……」
凄い力で腕を引かれ、ソファーから立たされて引きずられる。
「エドモンド様が大変なんです!」
いや、大変なのはあなたの見た目だよ……と言いたい。髪の毛はぐちゃぐちゃだし、ドレスは所々かぎ裂きができており、頬にも切り傷のようなものができている。
暴漢に襲われた?
「まさかエドが……」
アンリを襲った暴漢とエドが格闘しているんじゃ!?(エドがアンリを襲ったなんて、微塵も思わなかった)それなら、私を呼びに来るより、警備の騎士に連絡しなきゃ……と思ったが、想像以上に強い力でアンリに引きずられて小部屋の前に連れて来られた。中からドカンドカン音が聞こえる。
「え?この中で格闘中?さすがにこれはヤバイでしょ。何人相手なの?いくらエドでも、大勢が相手じゃ」
「一人です」
「え?」
「中にはエドモンド様しかいません」
「え?」
一人でこんなに大暴れを?いったいエドに何があったの?
「このままでは、エドモンド様自身が大怪我しちゃいます!あたしじゃ無理だったんです。アンネ様、後はお願いします!」
本当、何したの!?
★★★アンリ視点★★★
時間は戻り、エドモンド様がシャンパングラスに口をつける数分前のこと。
「ここ、あたしが飲んだところはここですよ」
あたしはこっそりと指先に媚薬をつけ、シャンパングラスの縁をその指でなぞった。
媚薬だと言われてお母様にもらった小瓶、一滴で効果てきめんと聞いたから、媚薬を数滴垂らしたクッキーを作ってきた。でも、食べて貰えなかったことも考えて、小瓶をポケットに忍ばせていた。
やっぱり食べてもらえなかったから、次にはエドモンド様のという赤ワインに媚薬を垂らして渡してみたけど、エドモンド様は何かを警戒して飲んでくれなかった。
それではと、目の前であたしが飲んだシャンパングラスを洗い、蛇口からただの水を入れて渡した。目の前で、グラスの縁に媚薬を塗ったグラスをね。
エドモンド様はグラスに口をつけて……。
「これでいいだ……ろ」
やった!!媚薬を口にしたわ。あとは、ムラムラしたエドモンド様と身体を重ねれば、エドモンド様はあたしの……と思ったところで、エドモンド様が辛そうに膝をついた。
「エドモンド様!」
思わずエドモンド様に縋り付いたら、エドモンド様の視線があたしを居抜き……、あたしを思い切り薙ぎ払った。
え?
私は勢いよく吹っ飛び、テーブルに嫌ってほど頭をぶつけ、床に転んだ歳にドレスが床から出ていた釘に引っかかりかぎ裂きができた。
「ひっ……」
エドモンド様が素早い動きであたしに乗りかかってきて、拳を大きく振り上げる。
「逃……げろ」
エドモンド様の拳をがゆっくりと……、しかし筋肉が盛り上がるくらい力をこめて、あたしの顔面の真横に振り落とされる。床が砕けて、破片があたしの頬を切った。
え?違う意味で襲われてない?
媚薬って、性的衝動が爆発的に高まって洋服ビリビリとか、無理矢理押さえつけて……なんてことを想像してたんだけど。
あたしは、エドモンド様の下半身に素早く目を向けた。
全く、これっぽっちも、一ミリたりとも反応しているようには見受けられない。もし仮によ、この状態で反応しているとしたら、身体のわりにお粗末過ぎない?ちょっと、それは予想外だし、満足できる気がしないわ。
なんて、考えていたあたしの真横に、又もや拳が降ってきた。右を見ても、左を見ても抉れている床。
「……クソッ」
エドモンド様の絞り出すような低い声に恐る恐るエドモンド様の顔を見上げたら、その瞳に情欲の色は微塵も浮かんでおらず、ただ冷気を伴うような殺意が溢れ出ていた。歯を強く噛み締めているのか、こめかみには青筋が浮かび、ギリギリと歯ぎしりまで聞こえる。
こ……殺される。
媚薬だと渡されたアレは、実は間違って違う薬……例えば殺意を増長させるような興奮剤だったのかもしれない。
そこであたしの頭に閃いたのは、この状態のエドモンド様とアンネさんを一緒に閉じ込めたら、エドモンド様は、アンネさんを半殺しにしてしまい、婚約なんか白紙に戻るんじゃないかってこと。
エドモンド様は、まだ私に逃げろと言うだけの理性は残っているようだし、今のうちにアンネさんを連れてこれたら、もしくは……。
エドモンド様の下から這い出たあたしは、一目散に扉に駆け寄った。扉にかけてあった部屋の鍵を掴んで部屋を出ると、扉に鍵をかけた。
あの状態のエドモンド様が広間に現れたら、さすがにヤバイからね。
部屋の中でドカンドカン物を壊す音に慄きながら、あたしはアンネさんを捜して走った。
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