第95話 媚薬…エドモンド視点

 ★★★エドモンド視点★★★

「エドモンド様」


 秋の社交も終わりに近づき、領地の遠い貴族達はすでに王都を離れ、夜会には王都に住まう貴族達が顔を出すだけになっていた。


 呼ばれて振り返った俺は、声の主を見て眉をしかめた。


「あ、ちょっと!無視しないでくださいよ」

「いや、無理」


 俺は立ち去ろうとしたが、アンリに腕を捕まれ歩きを止める。右手には、アンネの為にとってきた軽食ののった皿と、スパークリングワイン。左手には一口飲んだ自分用の葡萄ジュースを持っていた。アンリの手を振り払うと、確実に何かを犠牲にしないとならない。


 早くアンネの元に戻りたいのに、学園では収束したと思っていた噂が最近再燃してきており、アンリと一緒にいるところを見られたら、さらに噂話に尾ひれがつくことが予想でき、ついイラッとしてしまう。


 噂というのは、俺とアンリが恋仲だというものに、さらにアンネが平民だった時に身体で稼いでいたとか、その時の男癖の悪さが抜けず、俺が愛想をつかし、他の令嬢アンリに心移りしたんだ……などというものが、まことしやかに囁かれているのだ。

 しかも、この噂が広まっているのは夜会に出席した貴族達中心で、誰かが悪意を持って広めているようだった。


 噂の発信源を探るべく、なるべく夜会に顔を出し、社交が苦手ながら色んな人間と話してみているが、まだ犯人は特定できていなかった。


 挨拶回りをしているふりをして、会場を歩き回っていたせいで、アンネの足に靴擦れができてしまい、とりあえずアンネを休ませて、軽食と飲み物を取りに来たところをアンリに捕まってしまったのだった。


「離せよ」

「嫌です。話がしたいんだもの」

「俺に話はない」


 第一、こんなところを誰かに見られたら、何を噂されるかわかったもんじゃない。


「ちょっとこっち来い」


 廊下に出て、すぐにある小部屋にアンリを腕にくっつけたまま入った。


「一分で話せ」

「え?個室に二人きり?」


 俺は、手に持っていた皿とグラスを部屋の中にあったテーブルに置いた。これでアンリをふりほどける。

 クネクネして頬を赤らめているアンリを引き剥がし、皿を乗せていた盆を防御用に構える。


「五十五、五十四、五十三……」

「いや、待って待って。はい、これどうぞ!」

「は?」


 いやいや、いきなりクッキーとか怪しいだろ。しかも、どっから出したのかもわからないし、前後に脈絡もない、何が入っているかわからないもの食えるかよ。


「いらねぇよ、気持ち悪い」


 グイグイ押し付けられて、壁際まで押し寄られたけど、なんとか盆で防ぎきった。


「気持ち悪いとか酷い。エドモンド様に会えたら渡そうと思って昨日の晩頑張って作ったのに」


 いやいやいや、手作りなんて、よけいに気持ち悪いだけだろ。


「用事ってそれだけか?なら、もういいよな」


 盆でアンリを押しやると、アンリは机のところまで行き、アンネ用に持っていたスパークリングワインを手にした。


「じゃあ、せめて乾杯しよ」

「それはアンネのだ」

「じゃあ、こっちがエドモンド様のね」


 アンネはワイングラスを手に取り、俺の方へ差し出してきた。


 いきなり乾杯?クッキーといい、怪しくないか?ほんの一瞬で何かしたとは思えなかったが、食べ物も飲み物も口にしない方が良いだろうな。


 アンリは、俺のグラスにシャンパングラスをカチンと合わせると、スパークリングワインを一口口にした。


「乾杯したんだから、口くらいつけるのが礼儀なんでしょう?」

「いや、そんな礼儀はない。おまえと乾杯するなら、水で十分だ」


 アンリはプクッと頬を膨らませると、シャンパングラスの中身を流しに捨て、グラスを数回水で流した後、蛇口から水をくんで俺の前に差し出した。


「これならいいんでしょ!ご要望のお水です」


 ややヤケになっている気がしないでもないが、目の前でシャンパングラスの中身は捨てられたし、蛇口から出る水を注いでいたから、口をつけるくらいなら問題ないかもしれない。何より、こいつをあしらってアンネの元に早く帰りたかった。


 俺は、アンリの手からグラスを受け取った。


「ここ、あたしが飲んだところはここですよ」


 アンリが指でグラスの縁をなぞり、うっすら口紅のついたところで指を止めた。


 俺はグラスを半周回し、口紅のついたところと真逆のところからグラスに口につけた。スパークリングワインが少し残っていたのか、グラスはやや甘く感じたが、中身はただの水だったので一口飲んだ。


「これでいいだ……ろ」


 頭がクラクラして、思わず膝をついた。


「エドモンド様!」


 悲鳴のような声を上げたアンリがすがりついてきて、頭が沸騰し、心臓がバクバクと鼓動が速くなる。視界に赤いモヤがかかり、見上げた先にあるアンリの顔が赤く染まって見えた。


 激しい衝動に駆られ、俺は……。

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