第92話 何かがおかしい…アンリ視点

 ★★★アンリ視点★★★


 おかしい……。


 あたしとエドモンド様のイベントが何も発生しない。


 そう言えば、この世界の本来の主人公であるアン・ガッシはどうなっているのかしら?エドモンド様をふって、ミカエルとハッピーエンドで終わるのが、本編のエンディングだった。

 その後の二次創作小説として、エドモンド様のその後を書いたんだよね。アン・ガッシにふられて傷ついたエドモンド様を、主人公と同じ境遇であるあたしが、主人公との思い出を上書きして、自己肯定感の低いエドモンド様を引き上げてあげて、ヒロインであるあたしとエドモンド様が山あり谷あり、苦難を乗り越えて結ばれるって話。その苦難のうちの一つに、エドモンド様には公爵家出身の婚約者がいるって設定を追加たんだけど、あまり細かい設定をしていなかったせいか、なぜか本編の序盤で捨てられる本編ヒーローの元婚約者がエドモンド様の婚約者として返り咲いていて、なんでまたその子なの??って意味不明でしょ?


「……あの」


 それで、私が声をかけたのは、ゴールドバーグ伯爵令息。小説の中のアンネローズは一人っ子だった筈だから、多分彼もあたしと同じ養子縁組したんだと思う。

 養子同士、色々話も合うんじゃないかと思うし、エドモンド様とアンネさんが婚約に至った経緯とか、ミカエルとアンのその後とか、聞けるかなって思ったのよね。

 学園では、女子は貴族然とした様子でお高くとまってて、平民のあたしなんかとは口もきいてくれないし、男子は他人の噂話より、いかにあたしを人気がない場所に連れて行けるかしか考えてないしで、ミカエルとアンのことが気になっていたけど、誰にも聞けなかった。


「何か?」


 振り返ったゴールドバーグ伯爵令息は、かなりイケメンだった。ミカエルタイプっていうの?この世界でいえば正統派の美青年。


「アンリ・カメルーラです」

「ああ、カメルーラ伯爵の養女になったっていう」

「はい。あなたも養子よね?アンネローズは一人っ子だったから」

「君はアンネ嬢の友達?」

「友達……とも違うかしら」


 アンネさんは悪役令嬢の立ち位置だから、友達にはなりようがない。強いて言うならば恋敵……かな?


「そう……友達じゃないのか。では」

「待って」


 立ち去ろうとするゴールドバーグ伯爵令息の上着をつかんで引き止めると、伯爵令息は驚いたように足を止めて振り返った。その顔は、驚いているような、怒っているような表情に見えたが、すぐに表情を整えて笑顔になった。


「淑女ならば、気軽に男性に触るものではないよ」

「あ、ごめんなさい。あたし、貴族になったばかりだから、礼儀作法とか疎くて」


 可愛く舌を出して見せると、ゴールドバーグ伯爵令息は(……って、長いわね。名前何かしら?あたしは名乗ったのに、この人名乗ってないわ)あたしの手をさりげなく解くと、一歩後ろに下がった。


「婚約者でもない相手には、この距離を保つように。これ以上は近寄ったら、男癖が悪いと思われても仕方がないよ」

「クスクス、言い方が先生みたいだわ。でも、男子は腕を組んだりすると喜ぶでしょ」

「それは、普通の貴族令嬢がしない動作だからだ。彼女達がなぜそうしないのかを考えた方がいい。あと、先生みたいは微妙に間違っている。みたいじゃなくて、先生なんだ。十日後に、キングストーン学園に就任が決まっているから」

「先生なの?じゃあ、先生に質問があります」


 顔の横で手をパーにして上げる。こうすると、手の大きさに比べて、顔が小さいのが強調されるのよ。


「いや、まだ学園の教師ではないし、特別授業をメインで担当するから、君と関わることはないだろう」

「ウフフ、本当は関わり合いになりたいんでしょ。わかってるんだから」


 ウィンクをして見せると、ゴールドバーグ先生(まだ長いわよね)は軽くため息をつき、片手を上げた。


「で、何が聞きたい。簡潔に、質問を整理して聞いてくれ。時間は有限だから」

「アンネさんはなんでエドモンド様の婚約者になったんですか?」

「それを、つい最近帝都に来た僕に聞く?知る訳ないじゃないか。君はやはり馬鹿なのだな。それに、そんなことは二人が婚約した時に新聞の号外が出たじゃないか。それ以上のことは知らないな」


 新聞?そんなの見たことないわ。


「じゃあ、アンは?本物のアンネローズは?彼女は学園を辞めてしまったの?」


 ゴールドバーグ先生は呆れたようにあたしを見た。


「本物のアンネローズ?君は、本当に新聞を読まないんだな。学園の図書館へ行きなさい。全て今年の新聞に載っているから。じゃあ、僕は挨拶するところがあるから失礼するよ」

「あ、ちょっと……」


 ゴールドバーグ先生の腕をつかもうとしたら、今度は凄い勢いで振り払われた。


 何よ、あれ!


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