第90話 秋の社交シーズン 4

「アンネちゃん、こんなとこにいたんだ」


 チャールズに腕をつかまれて、ムッとして睨みつけているところに、そんな険悪な雰囲気も目に入っていないように、おっとりとした口調で話しかけてくる人物がいた。


「ステファン様……」


 ステファン様は、ゴールドの刺繍の入った真っ白い礼服を着ており、そのキラキラしい衣装に負けないくらい麗しい顔面で、にこやかな笑顔で立っていた。


「エドモンド君が面倒くさいおじさん連中に捕まってたから、代わりに迎えに来たよ」


 ステファン様はちょっとごめんねとチャールズの手を払い除けると、私の手を自分の肘に乗せた。


「じゃあ、行こうか」

「あ、お待ち下さい。シャンティ国の第二王子殿下でいらっしゃいますか?娘がお世話になっております。私、キングストーン国で伯爵位を賜っておりますゴールドバーグと申します。これは私の後継となるチャールズです」

「娘?アンネちゃんはサンドロームでしょ」

「いや、それはエドモンド殿下との婚姻の為に……」


 確かに、ロイドお父様の養女になったのはエドと婚約する為だけど、ゴールドバーグの名前じゃなくなったのは別の理由だよね?


 私はそれを飲み込んでステファン様の腕を引いた。


「行きましょう。きっとエドがイライラしているわ。爆発して怒り出す前に救出しなくちゃ」

「うん、彼にしてはよく我慢していると思うよ。君の評判を上げる為に、話したくもないおじさん達の話を聞いているんだから。アハハ、こめかみに青筋が立っていて、なかなか見ていて面白かったんだけどね」

「そこは助けてあげてくださいよ」

「やだよ、相手が女の子だったら間に入ってあげても良かったんだけどさ」

「国の婚約者ちゃんにタレコミますよ」

「止めてー。彼女には尊敬される婚約者でいたいんだよ」


 ゴールドバーグ伯爵を無視してステファン様と話していると、ゴールドバーグ伯爵夫人が無理矢理話に入ってきた。


「シャンティ国の第二王子殿下は、キングストーン学園に遊学中なんですよね?うちのチャールズが来週から学園で教鞭をとることになっております。どうぞ、娘共々よろしくお願いいたしますわ」


 だから、もう娘じゃないって言うの!


「ああ、そうですか。しかし、御子息と親しくできるかどうかはわかりませんね。アンネちゃんのことは気に入っていますが、御家族はアンネちゃんとは別の人格ですから。あと、今回は許しますが、次回は僕が話しかけてもいないのに話しかけてこないでくださいね。不愉快ですから」


 にっこり笑ってぶった斬ったよ!


 ステファン様は、「行こうか」と私を促してテラスから大広間へ戻った。


「あれで大丈夫だった?あまり良い関係に見えなかったからさ」

「大丈夫です。正直助かりました」

「うん、君の役に立てたのなら良かったよ。お礼は、君が僕の側室になるっていうのはどうかな?君なら、絶対にルチアナと仲良くなって、彼女の支えになってくれると思うんだけどな」

「それは却下ですね。私にはエドがいますから」

「だよねー。あーあ、アンネちゃんみたいな娘が他にいないかなぁ」

「ステファン様が婚約者ちゃんの支えになればいいじゃないですか。一夫多妻制がメジャーだからって、必ずしも何人も奥さんをもらわないといけないってこともありませんよね。あえて一人の妃のみしか娶らないというのも、どれだけ婚約者ちゃんを大事にしているかって周知することになるんじゃないかな。王子が溺愛している妃なら、いくら年若いからって侮る馬鹿はいないでしょ」


 ステファン様は、そんなことは考えたこともなかったと目を丸くした。


「なるほど……、それも有りかな。確かに、エドモンド君はそれを実践しているよね。君への執着は、そのドレスを見れば丸わかりだし、他の男性が君にダンスを申し込まないように立て続けに踊ってみせたり、面倒くさそうなおじさん達につかまっても、君がどれだけ素晴らしいかアピールしかしてなかったしね」


 エドったら、戻ってこないと思ったら、何恥ずかしいことしているのかな。


 広間を見渡すと、着飾った貴族女子達の群がる集団(中心にいるのはクリストファー様だと思われる)と、数人の貴族とその娘(明らかに親に言われてついて来たが、クリストファー様の方が気になってしょうがなさそう)達の集団(エドは頭一つ飛び抜けていたから見えた)があった。


 エドと目が合うと、エドはどこぞの貴族が話しかけているのにも関わらず私に手を振ってきた。


「アンネ、ここだ」


 ステファン様にエスコートされてエドの所に行くと、エドは私の腰を抱き寄せて私の頭にキスをした。


「俺の婚約者のアンネ・サンドロームだ。ステファン、こちらの伯爵家の令嬢は婚約者がいないそうだ。側室でも良いそうだぞ。俺はアンネ以外の妃を迎えるつもりはないから、なんならおまえの側室にどうだ?」


 紹介された令嬢は、明らかにパッと表情を変えた。父親である伯爵も、ステファン様がシャンティの王族だと知っているからか、エドが駄目ならこっちとばかりにステファン様に話しかけ出す。他の貴族達も、負けじと娘をステファン様にプッシュしだした。


「何よ、私のこと一人にしておいて、自分は側室選び?」

「んな訳ねぇだろ。全部断ったし。俺には、アンネ一人で十分だって何度も言ってんのに、あいつらしつこいんだよ。ほら、これおまえの飲み物」


 エドは、私の手にワインのグラスを渡すと、二人で壁際に移動した。すると、さっきステファン様に鞍替えした貴族達が、一組二組とステファン様の元から離れていく。


 なんか、簡単に撃沈してるみたいなんだけど、何を言われて戻って来たのかな?


「ステファン殿下は特殊な性癖をなさっているようで、娘では側室にはなれなさそうです」


 貴族の一人がため息をついて、他の貴族に話していた。


「特殊な性癖ですか?」

「ええ、胸がある女性は生理的に受け入れられないそうです。なんでも、婚約者は十歳のご令嬢らしく、そのくらいの体型が好きなんだとか」


 え?そんな無茶苦茶言って断っているの?最低だな、おい!


「あ、その返しいいな。俺もそう言おうかな」

「あんたの婚約者は、十九歳だけどね!」


 ほとんどの令嬢は、胸を盛り盛りに盛って、胸の谷間を強調しているから、確かに性的にその胸が受け入れられないって言われたら、どうにもならないよね。でもね、身体の特徴をあげつらうのはどうかと思うよ。胸が小さいのも大きいのも、自分の努力じゃどうにもならないんだから。


「でも、俺もアンネの胸以外は生理的に受け付けないから、似たようなもんじゃないか」

「全然違う!これから成長著しい十歳と、成長打ち止めの十九じゃ、心に受ける衝撃が違うの!」

「別に、俺がアンネのが一番好きって言ってんだからいいじゃん」

「それを特殊な性癖だって言われたら、私へのダメージが大きいんだってば」


 楽しく話していたつもりはないんだけれど、周りからは仲良く見えたのか、それからしばらくは私達の周りには誰も寄ってこず、二人でいつも通り話して過ごした。もうダンスは懲り懲りだったし、コルセットの締め過ぎで、食欲もわかなかったからね。


 そんな私達の前に、若い貴族令息達を引き連れた令嬢が立ったのだった。






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