第88話 秋の社交シーズン 2

「エドモンド・キングストーン第三王子殿下、並びにアンネ・サンドローム公爵令嬢ご入場」


 夜会に出席する全ての貴族が入場した大広間にファンファーレの音が鳴り響き、エドのエスコートの元、私は大階段を静々と下りた。この階段を下りることができるのは王族のみで、私がエドの正式な婚約者であると知らしめるものでもあった。


 学園での噂(婚約破棄)は収束しつつあるものの、その噂を聞いた父兄も沢山いる中で、私に向けられる視線は好意的なものはほとんどない。

 王都一の色男であるミカエルとの婚約破棄、さらには生家であるゴールドバーグ伯爵家からの破門、平民生活を経て王子様に見初められて公爵家との養子縁組をしてからの婚約。そして、二度目となる婚約破棄の噂。


 うん!そりゃ、興味津々ガッツリ見られるよね。しかもさ、今晩の夜会には、元両親(血の繋がりはあるから本物の両親で間違いはないんだけど、気分的にはすでに他人かな)と元婚約者が来ているから、私がどんな態度をとるかとか、注目を浴びていてもしょうがない。

 ロイドお父様は出席する必要なんかないって言ってくれたけれど、これから彼らのことを避ける訳にはいかないし、いずれは絶対に対面することになるんだから、それが早いか遅いかだけの話だと思うし。


 私達の入場の後、クリストファー様が一人で入場し、それを見た年頃の女子のいる貴族は皆、色めき立っていた。今までは、クリストファー親衛隊の中で高位貴族の令嬢達をパートナーとして入場し、会場でもクリストファー親衛隊がガッツリとクリストファー様をガードしていた。女子力高めのキラキラしいクリストファー親衛隊を押しのけてクリストファー様に近寄る女子もおらず、また沢山の側妃候補がいる中に娘を投入しようという親もいなかったので、クリストファー様は婚活貴族令嬢に煩わされることなく夜会を楽しめていたのだ。


 今回クリストファー様が会場に入場すると、我先にと貴族達は娘を引き連れてクリストファー様の元へ挨拶しに行き、クリストファー様の周りには人だかりができていた。


「凄いね、飴に群がる蟻みたい」


 おかげで私達に視線を向けてくる人間は減ったようだ。


「確かに、クリストファー様は飴みたいに甘いかもしれませんわね」


 いつの間にか隣にきていた侯爵令嬢のサランティア様と、伯爵令嬢のミスティル様が話しかけてきた。二人はクリストファー親衛隊の中でも古参で、クリストファー親衛隊を仕切っていると言っても過言ではない。


「全くですわ。ご自分を餌にして、アンネ様に向けられる好奇な視線を軽減させようと言うんですもの」

「まぁ!あんな真ん丸した令嬢までクリストファー様にお声をかけているわ!」

「それを言うなら、あっちの鶏がらみたいな令嬢もよ。スープの出汁にしかならなそうなのに、なんて図々しい」


 真ん丸だの鶏がらだの、かなり辛辣な表現をしているが、口元を扇子で隠して、目は穏やかに微笑んでいるから、彼女達がクリストファー様にアプローチしている令嬢達をこき下ろしているとは、誰も思わないことだろう。


「お久しぶりです、サランティア様、ミスティル様」

「エドモンド様、アンネ様、ごきげんよう。ほら、王太子殿下と王太子妃殿下のファーストダンスが終わりましたわよ」

「さっさとダンスを踊ってきたらどうですか。お二人の仲が良いところを、ガッツリ知らしめていらしてください」


 二人に背中を押されるように、ダンスフロアーに押し出されてしまう。


 いつの間にか王太子夫妻、王夫妻の入場が終わり、王太子夫妻のファーストダンスで夜会がスタートしていたようだった。


「エド、あなたダンスは?」


 今までの夜会で、エドが踊っていたのを見たことはなく、また学園の授業でダンスの時間はあるが、学年が違うのでエドのダンスの腕前はよくわからなかった。

 ちなみに私はそこまで上手くはない。運動神経が壊滅的なのだから、ダンスだけ得意ということはないのだ。


「俺がダンスの授業に嬉々としての出席したと思うか?」

「……思えないわね」


 エドにエスコートされてフロアーのど真ん中までくると、自然と私達の周りにスペースができ、皆から注目されているのを感じる。


 お互いに向き合って礼をすると、ワルツの音楽が流れ出した。


「正解だ。ダンスの時間は、剣の自主練をしてたな」

「だよねー。私に期待しないでね。自他共に認める運動音痴なんだから」


 差し出されたエドの手に手を乗せ、反対の腕の肘に手を添えた。エドの片手は私の背中に回される。ぎこちないながらにホールドは完成したが、さてここからどうするか。動きは頭ではわかっているのよ。でも、思った通りに身体が動くかといえば、なかなかそうもいかなくて……。


「よし、わかった。俺の足に足乗せろ」

「え?」


 身体を軽く持ち上げられて、エドの足の上に着地させられた。


「動くぞ」

「え……ちょっと」


 エドは私を乗せたままステップを踏み出し、一見華麗に踊っているように見える。私はただ、エドに振り回されているだけで、前世のグルグル回る遊園地のコーヒーカップに乗っているような心境だった。


「踊れるんじゃない」

「いや、初めてだぞ。体術の足さばきの応用だ」


 エドが片足を蹴り上げるようにすると、上に乗っていた私が空中にフワリと舞い上がり、そのまま私を回転させてキャッチする。


 初心者がアクロバチックな動きはしなくていいから!


 周りから「オオッ!」と歓声があがり、エドは調子に乗ってしまったようだ。エドのスピードが上がると、楽団も楽調をアップテンポにしていき、優雅なワルツの筈が競技ダンスのような様相を呈していった。


 三曲踊り終わった時には、私は自分では動いていなかったのに息も絶え絶え、乗り物酔いのような状態になっていた。

 なんとか最後の礼をして、エドに寄りかかるようにしてフロアーを後にした。


「大丈夫か?」

「大丈夫かどうかって聞かれたら、大丈夫な訳ないじゃない。目の前グルグルしてるよ」


 エドは人目を避けて私をベランダのベンチに連れて来ると、私をベンチに座らせた。


「ちょっと待ってろ、飲み物持ってくっから」

「うん」


 エドは急いで会場へ戻っていき、私は秋の涼しい風に当たりながらグッタリしていた。


「アンネ……」


 エドが戻ってきたと思いきや、視線を上げるとそこには元両親の姿があり、その後ろには、見たことのない男性を一人連れていた。







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