第87話 秋の社交シーズン

 年に四回、貴族には社交シーズンがあり、領地にいる貴族達もこの時期は王都に集まってくる。春夏秋冬がしっかりとあるのは、やはり日本のウェブ小説だからだろう。


「お嬢様!しっかり立っていてください!」

「ギブギブギブギブ……」


 日頃の恨みでもあるのか、メアリーがこれでもかというくらいコルセットの紐を締めてくる。

 元が細みで脂肪はあまりないんだから、これ以上絞ったら内臓飛び出ちゃうから!私はそこまで細いウエストには興味はないし、エドだってくびれにはそこまでこだわらないと思う。なのになんで今回に限って、こんなにギューギューに締めるのか?


「お……嬢様、余分な脂肪……をお胸に持ってくると、お……胸が……盛れるんで……すよ」


 メアリー、そんなに息が切れるまで締め上げなくて良いと思うのよ。しかも、理由がウエストを細く見せたいからじゃなくて、お胸を盛りたいからときた。


「胸を盛りたかったら、パットとかあると思うんだけど」

「そんな偽物は論外です」


 偽物って、寄せて上げて背中やお腹から持ってくる贅肉は、はたして本物と言えるんだろうか?


「お嬢様……、私のテクニックをもちましても、残念ながらお胸は盛れませんでした」


 メアリーが真面目くさった顔で落ち込み気味に言うけれど、残念なのは盛れなかった自分の技術についてか、盛ってみても盛れてない私の胸そのものなのか……。どうせ、ツルンペタンですよ。それでも最近は夜中に忍び込んでくる誰かさんのおかげで、ささやかな凹凸がわかるくらいには……。


 自分の胸を上から覗いてみて……ため息しかでなかった。くっきりとした谷間はないし、おデブな男の人の方がまだお胸が豊かかもしれない。

 ああ、虚しい。


 私が辛い思いをしながらコルセットをしめ、華やかなドレスを着込んでいるのは、今晩から始まる秋の夜会の為だ。普段は領地にいる貴族達も、年に四回、社交シーズンの時は王都に集まる。春は花祭り、夏は狩猟大会、秋は収穫祭、冬は雪祭りの時期に王都では大小様々な舞踏会が開かれ、この時期に貴族達は人脈を広げ、情報を仕入れる。

 ただ遊び呆けている(実際に酒に女に溺れるだけの貴族もいるけれど)ように見せかけて、社交は体力と知力を必要とする心理戦の舞台なのだ。


 私は、社交嫌いのロイドお父様の名代として数個の夜会に出席する予定になっており、今日はその初日だった。エドがプレゼントしてくれた黒のドレス(エドの髪と目の色ね)は、首と腕は透け感のあるレースで覆われ、胸元にはふんだんにスパンコールが使われており、Aラインのスカートは薄いレースが何重にも重なっており、青い蝶と小花の刺繍が施されていた。

 髪飾りとイヤリングはお揃いのブラックダイヤで、これもまたエドのプレゼントだ。


「執着丸出しですね」


 黒尽くめの私の格好に、メアリーも苦笑しかないようだ。


 髪型を整えて化粧をほどこすと、そばかすも消えていつもよりは少し大人びた私が、エドの色を纏って鏡の中にいた。黒は女性を数割増し綺麗に見せるというけれど、私もなかなかイケてるんじゃない?


 かなり満足いく仕上がりに頬が緩んでいたら、ノックされることなく扉が開き、正装姿のエドが部屋に入ってきた。


「アンネ、支度は終わっ……」

「エド!ノックくらい……」


 扉を開けたエドが、私を見て言葉を失くした。それは私も同じで、振り返ってエドを見た途端、そのあまりの格好良さに見惚れてしまった。


 いつもは適当に下ろされている前髪がきちんと流されて固められ、エドの形の良い額がすっきりと出されており、男らしい眉毛や切れ長で綺麗な一重が強調されていた。何よりも逆三角の筋肉質な体型が、黒の夜会用の礼服をより格好良く見せていた。差し色で、私のドレスの刺繍に使われているのと同じ青いハンカチが胸元にさされていて、グレーの糸で黒のスーツに刺繍されているのだけれど、あれは私の目の色と同じ色だ。


 いきなりエドが大人の男に見えて、私の胸の鼓動がおさまらない。私の婚約者、男前過ぎない?


 お互いにお互いを見惚れていると、パタンていう小さな音で我に返った。どうやら気を利かせたメアリーが部屋を出て行ったようだ。


「アンネ……綺麗だ」

「エドこそ、馬子にも衣装ね」


 照れくさくて、わざとからかう口調で言ってしまう。


「見惚れてたくせに」


 エドがニヤリと笑って私の腰を抱き寄せた。


「うっさいよ。しょうがないじゃない。エド、礼服姿、格好いいんだもん」


 ヒョロッとした今どきのイケメンには、この男らしさは醸し出せないよね。

 まあでも、エドが格好いいって正しく認識されてしまうと、余計な心配が増えそうだし、私だけが格好いいって思っていれば良いんだけれどね。


「惚れ直した?」

「ずっと惚れてます〜」


 唇を尖らせて言うと、エドのキスが降ってきた。

 もちろん、こんな格好いいエドのキスを拒める訳もなく、チュッとして離れて行こうとするエドの唇を追いかけるような素振りを見せてしまったら、噛みつくような激しいキスをされてしまった。


 十数分後、部屋に戻ってきたメアリーに、二人揃ってガッツリ叱られたのは言うまでもない。






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る