第82話 アンネの憂鬱2

 朝、エドと馬車で登校したら、馬車停めにアンリが立って待っていた。


 いつ来るかわからないのに、怪我した足でずっと待ってたの?その方が足に悪くない?


 軽い捻挫ならゆっくりなら歩けるだろうし、学園に言えば馬車停めまでじゃなくて校舎入口まで馬車を回すことも融通してくれる筈。第三王子を杖代わりにするくらいなら、先生も付き添ってくれるだろうに。


「いるね」

「いるな。まぁ、心配すんな」


 エドはニヤリと笑って先に馬車から下りた。


 心配するなと言われても、昨日エドが何時に帰ってきたのか、何をしてきたのかも知らない私は安心のしようもない。しかも、いつもくだらない悪戯をしかけてくる時の悪い顔をしているからよけいに心配になってしまう。


「エドモンド様、おはようございます」


 エドモンドが馬車を下り、私に手を差し出してエスコートするのを邪魔するように、アンリはケンケンで歩いてくるとエドの腕にしがみついた。


「ごめんなさい、転ぶかと思っちゃった」


 テヘッと笑うアンリは、可愛さアピールしているように、エドを上目遣いで見上げ、その豊かな胸をエドの腕に押し当てていた。


 エドは最悪だというようなため息をつき、アンリの身体を支えて立たせると、御者の横に座っていた男に声をかけた。


「おい」


 黒髪の男がドサリと御者台から飛び降りた。男はボサボサの前髪で顔は隠れ、前髪で隠れない右側の頬に大きな火傷のケロイド状の痕があった。

 アンリはいきなり真横に降り立った男に驚き、「キャッ!」と叫ぶと男から逃げるように数歩後ろに下がった。


 いやいや、両足で普通に歩いてるじゃん。


「こいつは俺の護衛の一人だが、おまえが治るまで、つきっきりでおまえの世話をするように言ってある」

「でも……ほら学園には部外者は入れないし」

「心配するな。昨晩、学園長には許可は取ったから。気にせず二十四時間こき使ってくれ」


 そう、昨日エドが屋敷を飛び出して向かったのはキングストーン学園の学園長のところ。日にちは跨いでいなかったけれど、かなりそれに近い時間だったのよ。よく会って貰えたなって思うよ。第三王子の肩書きをフル活用したんだろうね。


「二十四時間って?まさか、家でも?うちにも看護してくれる侍女はいるし、そこまでしてもらわなくても……」

「まさか、俺の謝意をカメルーラ伯爵は拒絶はしねぇよな。おい、こちらがカメルーラ伯爵令嬢だ。一週間、足を地につけないよう、確実に一週間で治るように抱き上げて移動するように。トイレにも風呂にも抱き上げてお運びしろよ。絶対に自力で歩かせんな」

「了解いたしました。二十四時間張り付いて介護いたします」


 男は騎士団の敬礼をして大声をはりあげた。そんな無骨な男の様子に、アンリは思いっきり顔を歪める。


「そんなの嫌!二十四時間一緒って、寝る時は?」

「心配いりません。一週間くらいなら夜寝なくとも問題ありません。ベッド横に待機いたします。夜中にトイレに行きたくなった時の対応もバッチリです」


 アンリは顔を蒼白にさせる。


「あ……ありえないでしょ。もし間違いがあったらどうするのよ」

「まぁ、こいつも伯爵家次男だし、身分的には問題ないだろ。何かあったら、おまえの好きな責任取ってもらえばいいじゃん」


 アンリは、足首に巻いていた包帯を外しだした。


「あれ?もう痛くない?もう大丈夫みたいじゃあ、あたし、先に行くね」


 アンリはほどいた包帯はそのままに、軽やかに走って行ってしまった。


「何だあれ……」

「最初から怪我をしていなかったんでしょうな。昨日の今日で捻挫が治る訳ないですから」


 男はポリポリとケロイドの痕を爪でひっかきながら言う。すると、傷痕がポロポロと落ちた。


「王子、もうこれ取っちゃっていいですかね。痒くて」

「ああ、あの女がおまえに手出さないようにしたかっただけだからもういいぞ」


 傷痕は化粧だったらしく、手のひらでゴシゴシと擦ると、頬は赤くなったが醜い痕は綺麗になくなった。そして頭に手をやると、髪の毛をズルリと取った。そう、鬘だったようだ。


 鬘の下からあったのは茶色い短髪で、人の良さそうな笑顔のイケメンさんが現れた。


 彼はダニエル・スターク。エドの護衛騎士さんで、伯爵家次男というのも本当だ。厳つい顔のエドと違って爽やか系イケメンだが、やはり筋肉質なガッシリ体型の為、あまりもてないらしい。絶賛恋人募集中だとか。


「びっくりしたぁ。ダニエルさんだったんですね。全然気が付かなかった」

「アンネ様、おはようございます。変装、うまくいってなによりです」


 エドは、学園長に関係者以外の学園への立ち入り許可を取ったその足で騎士団寮へ向かい、護衛のダニエルに頼み込んだらしい。「アンネ以外の女に触られるのは反吐が出る。突き飛ばして今度は骨折させる前になんとかしてくれ」と。こっちは第三王子として命令したんじゃなく、エドの剣術の兄弟子でもあるダニエルに頭を下げてお願いしたんだとか。


 最初は、ダニエルにエドの代わりにアンリの杖替わりをしてもらおうと思ったようだが、それじゃ面白くない(面白さ必要?)となり、気持ち悪い男に付き纏われる嫌さをアピールしようとなったとか。

 そして、騎士団の中でも諜報部隊に所属している同室の騎士を巻き込んで、彼の特殊メイク術を駆使してもらい、あのリアリティーある火傷痕を作り出したそうな。


 準備万端アンリの介護役をダニエルに……と思ったら、実はアンリの怪我が嘘だったっぽいって……。これって、王族を騙したことになるから、王族虚偽罪とか立派な犯罪になる気がするけど、そこのところあの娘はわかっているんだろうか?

 それくらい、エドが好きだってことなんだろうか?


 エドがアンリに纏わり付かれなくなって良かったものの、私は朝から憂鬱になってしまった。



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