第81話 アンネの憂鬱
その夜、エド本人からアンリの怪我の詳細を聞いた。そして、保健室までアンリを運んだこと、その後は帰るまでアンリの杖替わりに腕を貸したことも聞いた。
でもさ、恋人が他の女と腕組んで歩いたなんて聞いて、平気でいられる人がいたら見てみたいよね。百歩譲って、保健室に運ぶのまではしょうがないとして、その後のは必要なの?って思うわけ。保健室で松葉杖借りなよ。もしくは、誰か女子に頼むとかさ。
「だいたい、トイレにもついて行ったの?」
さすがにそれはお互いに悲惨だなと思ってしまう。でもさ、女子トイレの前で待つエドとか想像すると……、少しだけど溜飲が下がる気がする。
フンッ!エドが可哀想なんて思わないんだから。勝手に他の女にベタベタ触らせてんじゃないわよ!
「いや、トイレには行ってなかった」
「一回も?」
「一回も。ただ、なんか飲み物買ってこいとか言われたことがあって、戻ってきたら廊下に出てたことがあったな。どこか行ったのか聞いたら、笑って誤魔化されたけどさ。トイレかなって思ったけど、あの短時間でできるとしたら……」
「できるとしたら?」
もしかして、捻挫は嘘……とか?
三年の教室から購買までの距離と、女子トイレまでの距離を考えれば、走って行けばエドが飲み物買ってきている間に済ませて戻れると思うし。
「犬並みに早いな。チャッとひっかけて帰ってきたとしか思えねぇよ」
エドは疑い知らずの良い子だね。真っ直ぐな気質は凄く好きだし、そのままでいて欲しいとも思うけれど、統治者向きではないな。クリストファー様みたいに、にこやかな笑顔の下で、裏の裏まで考えるような人じゃないとね。
犬扱いされたアンリはザマアだからそこは放置で、私の心情を訴えてみる。だってさ、明日からもエドが他の女子にベタベタ触られるなんて耐えられないもん。
「エド、エドはもし私がクリストファー様を怪我させちゃったとして、つきっきりで看病とかして、肩とか貸して歩いたりしても平気?」
「え?無理!側近の誰かにやらせるに決まってんだろ。兄貴だろうが誰だろうが、アンネに触るとか有り得ねぇし」
エドは即答する。
だよねー。エドのやきもちやきは筋金入りだからね。
「私も嫌だなぁ。エドが他の女子に腕貸してるの」
エドはハッとしたような顔をし、いきなりガバッと抱きしめてきた。
「悪い!怪我させたってことしか頭になかった。っつうか、俺も無茶苦茶気持ち悪かった。アンネじゃない体温や匂いに、本気でゲロ吐くかと思った」
「ゲロ……は駄目だね」
「喩えじゃなく本気で!臭ーんだよ、香水が!……よし!俺ちょっと出てくる」
エドはアンネにチュッとキスをすると、ベッドから立ち上がった。(はい、ピロートークだったんです)
エドは素早く衣服を身に着けると、窓の縁に足をかけ……ジャンプした。
エエッ!?
ここは二階だけど、普通の二階よりも高いのよ。私は慌ててガウンを羽織って窓から顔を出した。
しかも、いつもは手懐けて鳴かないようにしている犬達も、いきなり降ってきたエドに驚いて吠え立てまくっていた。
エドは犬達を宥めつつ、私に手を振り走って行ってしまう。
暗かった屋敷に灯りがつき、警備の者達が集まってくるのを申し訳なく思いながら、私は窓を閉めて知らんぷりをした。
だって、夜這いがバレたらロイドお父様の雷が落ちるじゃない?もちろんエドの上に。
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