第80話 勘違い伯爵令嬢 3
「エドモンド様〜」
休み時間毎にアンリはエドに特攻をかましていた。
エドは兄のクリストファーと違って、その厳つい容貌と口の悪さから貴族令嬢にモテたことがなかった。クリストファーならば、やんわりと断ったり(あまり断ることはなく、誰でもウェルカムな部分もあったが)、ベタベタ腕にひっつかれたとしても紳士的に引き離す術を知っているのだろうが、経験の乏しいエドは女子を躱すテクを持ち合わせていなかった。
乱暴な口調でアンリに「触んな!離せよ」と言うものの、女子を振り払う力加減もわからず、勝手に腕に触れたり腕を組んでくるアンリを振りほどけずにいた。
そんな二人を見て、「エドはアンリを言う程嫌っていないようだ」という話から、「いやあれは嫌がっているふりで内心は喜んでる筈だ」などと話が変わってきて、しまいには「婚約者がいる手前口では拒否しているが、裏ではいいことしてるらしいぜ」「婚約破棄も間近だってよ」と、エドとアンリが恋人関係にあるみたいな話に変化した。
アンリが平民出身ということもあり、貞操観念が緩く男にベタベタし過ぎというイメージから、関係があって当たり前と思われているようだった。
「おまえ、マジでいい加減にしろよな」
「何がですか〜」
エドの腕にしがみついて離れないアンリを、エドは少し力をこめて押しやった。
アンリはエドにさらにしがみつき、ヘラヘラと笑う。
「もう、恥ずかしがりなんだから」
そうじゃないだろ!
怒鳴りたくなるのを抑えてるせいか、エドのこめかみに青筋が浮かび上がる。厳つい顔がさらにヤバイくらい険しくなっているのだが、エドを極限までに苛つかせているアンリには何も響いていないようだ。
「恥ずかしくない。心底嫌なんだ。おまえだって、好きでもない男にひっつかれたら嫌だろう。男だってそうなんだよ」
「え〜?だってエドモンド様はあたしのこと絶対に嫌いじゃないじゃないですか。あ、婚約者がいるのに他の女子とベタベタするのが外聞が悪いとか?でも、エドモンド様が婚約破棄するまでくっつけないのは嫌だなぁ」
その意味不明な自信はどこからくるのか?なぜ自分達が婚約破棄することになっているのか、理解できないことが多過ぎて、エドモンドは呆気に取られてアンリを見下ろした。
「うん?チューですか?人前だけどいいですよ」
アンリが上を向いて目を閉じて、いわゆるキス待ち顔をする。それを見て周囲はざわついているが、アンリはいっこうに気にしていない様子で、「ンッ」と唇を尖らせる。
「ンッじゃねぇよ!誰がするか!」
エドは思わず加減をせずにアンリを振りほどいてしまい、アンリはよろけたはずみで机にぶつかり、そのまま床に崩れ落ちた。
「いった〜い」
「大丈夫か!?」
アンリは足首を押さえて涙目になっていた。
「足首ひねったのか」
「エドモンド様〜、立てません」
両手を広げてアピールするアンリに眉間に皺を寄せながらも、エドは自分のせいだからとアンリを抱き上げた。
「キャッ!」
アンリはしがみつくようにエドの首に手を回した。
「落とさないから、手を離せよ」
「嫌です。怖いですもん」
「とりあえず、保健室に連れて行く。そこのおまえ、先生に俺達が保健室へ行くことを伝えておいてくれ」
身近にいた生徒に伝言を頼み、エドは軽々とアンリを抱えたまま教室を出た。
「ウフフ、やっぱりエドモンド様は優しいです」
ピトッとくっついてくるアンリに、エドは勘違いするなと釘を刺す。
「しょうがないだろ、俺のせいで怪我をしたんだから」
「そうですね。エドモンド様が振り払わなければ、怪我なんかしなかったですもんね」
「そもそも、おまえがくっつかなければ振り払う必要もなかっただろが」
「え〜、好きな人にはくっつきたいですもん」
「俺も好きな奴のことは抱きしめていたいと思うけど、それはおまえじゃないよ」
「クスッ……またまたぁ。本当、エドモンド様って恥ずかしがりですよね」
エドモンドの胸にすり寄るアンリに、エドモンドは渇いたため息を吐いた。
何度拒絶の言葉を伝えてもアンリには全く響かなかった。
「おまえのことは好きじゃない」「またまたぁ」「まじで離れろ」「恥ずかしがりのエドモンド様可愛い」こんなやりとりをエンドレスやられたら、苛立ちが半端なくなる。かといって女子に手を上げる訳にもいかないしで、我慢に我慢を繰り返していたら、つい苛立ちが出て強く突き放してしまった。
その結果が、触りたくもない相手を抱き上げて運ばなきゃならないのだから、エドは自分の短気さにも苛立ちを感じてしまう。
保健室につくと、保健のアドマイヤ先生がちゃんといてホッとする。
「すみません、怪我人です」
「あら、エドモンド殿下。どうぞ、その女生徒をこちらにお運びください。怪我ですか?」
「倒れた時に足首をひねったみたいで」
「まぁ!頭などは打っていませんか?」
「多分。腰と背中は机にぶつかってましたが、頭をぶつけた様子はなかったかと」
アンリを椅子に座らせ、アドマイヤ先生がアンリの足を触る。その度にアンリは痛い痛いと大げさに騒ぎながらベソをかいていた。
「まだ腫れたりはしていないけれど、痛みがあるようだから、軽く捻挫をしているのかもしれないわね。湿布を貼っておくから、安静にしていれば一週間くらいで良くなるわ」
「安静にですか?それじゃあ、あまり歩かない方が良いですよね」
「まあ、できればね。骨折とかじゃないから、ゆっくり歩けば歩けるわよ」
「そうですか、ありがとうございます」
治療が終わり、アンリはエドに手を差し出した。
「エドモンド様、腕をかしてください。痛くて、一人で歩けそうにありません」
エドが渋々腕を差し出すと、アンリはしっかりエドの腕にしがみついた。
「これから一週間、学園にいる間は腕を貸してくださいね。あたし、学園にエドモンド様以外にお友達いないしいいですよね?ちゃんと責任取ってくださいね」
一週間……。
怪我をさせてしまったという罪悪感からエドモンドは渋々と頷き、その後教室に戻るのも、移動教室などへの移動も、帰りの馬車に乗り込むまで、エドはアイリに腕を貸すことになってしまった。
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