第83話 アンネの憂鬱 3

「捨てられ令嬢は、また捨てられ決定だって」


 最近、まことしやかに学園に広まった噂だ。

 つまり、私とエドが婚約破棄するってのよ。有り得ないし。前からアンリがエドにちょっかいだしてたから、婚約破棄までカウントダウンみたいには言われていたけどさ。


 ゴシップ好きな生徒達からしたら、私は物笑いの種に丁度良いのよね。なにせ、婚約者が平民(今回は元だけど)と浮気して婚約破棄を言い渡されるって、同じ醜聞を二度も繰り返すバカ女扱いだから。

 なぜ私がそこまで悪意のこもった噂話の標的になるのか……。


 最初の婚約者、ミカエル・ブルーノは学園の最高学年にいまだ在席しているが、男女問わず彼の美貌には目を奪われること間違いない絶世の美男子だ。貴族子女ならば誰もがミカエルに憧れを抱いたことがあるに違いない。そんなミカエルの婚約者がそばかす顔のチンチクリンで、しかも爵位をちらつかせて婚約者の地位を手に入れた(そんなのは親同士の話し合いで、私からガツガツ婚約を迫った訳じゃないわ)と思われていたし、そんな私が捨てられたのは一般女子からしたらだったんでしょうね。

 そんな私が、いきなり公爵令嬢にジョブチェンジし、さらには王子の婚約者になったって聞いて、「おめでとう、良かったね」と思った人は少ないんじゃないかな。エドにそんなに女性人気があった訳じゃない(私には最高にかっこいい婚約者だけれど!)にせよ、王子に選ばれるってのは、女子なら誰もが憧れるシンデレラストーリーだよね。だから、なんであんな娘が……ってのが根底にあるんだと思う。


 そんな嫌われてる下地があるからか、エドがアンリを抱き上げて運んでいる姿を見かけた色んな学年の生徒が、「捨てられ令嬢は、また捨てられ決定だって」と悪意のこもった噂を広めたって訳。公爵令嬢の私の名前を出すと不敬罪になるから、「捨てられ令嬢」なんて不名誉な二つ名つけたんだろうけど、私はポイ捨てされるゴミじゃないぞ!と言いたい。失礼しちゃうわ!


 ★★★


「久しぶりだね、アンネ嬢、いやアンネ」

「クリストファー様」


 キラキラしい金髪金目の王子様、クリストファー様が四年の教室にやってきた。最終学年になったクリストファー様は、あまり学園には顔を出さない。学園を卒業したら、声を掛けることもできない王族なのだから、残りの数ヶ月で顔を売っておこうという貴族令嬢令息達が我先にと声を掛けようとする中、クリストファー様はそんな生徒達を軽くあしらいながら教室に入ってくると、アンネの机の前に立った。

 立ち上がって礼を取ろうとするアンネに笑顔で制し、アンネの机に軽く腰掛ける。


「お義兄様でいいよ、君は弟の婚約者で、君達が卒業したら君は僕の家族になるんだから。だから僕もアンネでいいよね?」

「私はなんと呼ばれてもかまいませんけど、お義兄様はちょっと……」

「なんなら、クリストファーでもクリスでもかまわないけど」

「無理です!勘弁してください」


 そんなに親しげに呼んだら、クリストファー親衛隊のお姉様方にどんな嫌がらせをされるか!もちろん、やられっぱなしにはしませんけど。


「傷つくなぁ。可愛い妹ができて僕は嬉しいのに」


 クリストファー様は、私の頭をポンポンと撫でると、私に話すには大きな声で続けた。


「君はサンドローム公爵令嬢であると同時に、僕の可愛い妹だということを忘れてはいけないよ。君を陥れるのはもちろん、嘘偽りを噂することだって、十分王族不敬罪が適応されるんだ。僕は、可愛い妹を守る為なら、学園の校則を変えても良いと思っているんだ」

「校則を変えるって?」

「さすがにね、王族を杖代わりにするような令嬢がいるなんて誰も思わないじゃないか。身分の貴賎を問わないと言っても、常識で考えればわかることだ。しかも、そのせいで君を貶めるような噂まで上がっていると聞いたよ」


 クリストファー様は、いつものにこやかな笑顔を引っ込め、冷ややかな視線をクラスにいる生徒に向けた。

 その威圧感は半端なく、思わず頭を垂れたくなるような君主の風格さえあった。

 しかし、すぐにいつものにこやかな笑顔に戻ると、再度ポンポンとアンネの頭を撫でた。


「まぁ、エドがアンネ以外の他の女性に目を向けるなんて有り得ないし、それは一緒に暮らしているアンネが一番わかっているだろう?」


 教室にざわめきが走る。それはそうだ。私がいつも登校するのはサンドローム公爵家の馬車。いつもエドが一緒に乗ってきているが、婚約者を迎えに行っていると思われていたんだろう。王族の婚約者が王子妃教育の為に王宮に居を移すことはあっても、王子自ら婚約者の屋敷に居候するなんて聞いたことがないからだ。

 私も、特に親しい友人がいる訳ではなかったから、わざわざエドがサンドローム公爵邸に住んでいるなど、誰にも言っていなかった。


「ええ、エドは何も変わりません」


 昨日もロイドお父様の目をかいくぐって、壁をよじ登って部屋に来ましたからね。


 そこにダダダッと足音がして、エドが教室に走り込んできた。


「クソッ、何やってんだよ」


 エドは、クリストファー様が教室にいるのを見て、イライラした様子でアンネの机までくると、アンネが座っている椅子をアンネが乗ったまま後ろにひくと、クリストファー様の手を私の頭から引き離して、後ろから抱え込む。


 力技だな。床が傷ついていたとしても、それはエドが無理矢理引っ張ったからで、私が重いからじゃないからね。

 私を後ろから抱き締めるエドを見て、教室がざわめく。そりゃそうだよね。さっきまで婚約破棄だってよみたいな話してた相手が、見るからにイチャコラしてるんだものね。クリストファー様の言うことを裏打ちするようなエドの態度に、婚約破棄はどこにいったの?みたいに話しているよ。

 だから、しませんってば。


「こいつは俺の!勝手に触んな!」

「なんだよ。いくら婚約者が可愛くても、兄弟にまでやきもちやくことはないだろ」

「クリス兄様は女に手が早過ぎるだろうが」

「最近は自重して、彼女達とは別れたよ」

「彼女達って言ってる時点でアウトなんだよ。俺の唯一に触れるんじゃねぇ。女ったらしが!」


 独占欲丸出しで、実兄のクリストファー様にまで噛みつくエドに、クリストファー様はわざとらしくため息をつく。


「ちょっとエド、クリストファー様に失礼よ。クリストファー様は私の……というか、あんたの噂を心配して来てくれたんでしょ」

「だからって、何で頭に触る必要があんだよ。おまえも気軽に触らせてんじゃねぇよ」


 エドの言い方にカチンときた私は、立ち上がってエドの胸元に指を突きつけた。


「別に頭くらいいいじゃない。あんたなんか、女の子に腕貸して歩いたじゃない」

「それは俺が考えなしだったって!俺だってゲロ吐くかってくらい嫌だったんだぜ。でも、俺が怪我をさせたっぽかったから仕方なくだろ」

「へぇ。でも、それなりに可愛らしい令嬢だったんだろ?少しアンネに似ていると聞いたよ。背格好や顔立ちが」


 クリストファー様がエドを煽るように会話に参加してくる。


「アンネに似ている?どこが?アンネのが全然可愛いだろ。よく見ろよ。いや、見んな!アンネは俺んだ。っつうか、なんでアンネを呼び捨てなんだよ!?俺のアンネに馴れ馴れしくすんな」


 クリストファー様の挑発に見事にのっちゃってるよ。クリストファー様は、エドが浮気なんかしていないって知らしめたかっただけなんだろうけど、さらに上行く溺愛っぷりを丸出しにしないで欲しい。元からあまり隠したりとかはしないけど、学年も違うからそんなに周知はされていなかったと思うんだよね、強面のエドが私にだけデレアマなとことかさ。

 そんなエドのギャップに萌えちゃう女子が現れたらどうしてくれるのよ!……って思ってしまう私も大概か。


 エドの溺愛ぶりに、周りのザワザワがさらにヒートアップしちゃってるじゃん。


「アンネの許しは得たよ」


 クリストファー様はシレッと人のせいにする。


「アンネ……今日、お仕置きな」


 え?何度目のお仕置き?エドのご褒美の間違いでしょ。

 今晩が憂鬱でしょうがない。窓に釘でも打っておこうかな。


「そのお仕置き、僕も混ざりたいな……」

「誰が混ぜるかよ!」

「ってのは冗談で、授業が終わったら二人で談話室に来てくれる?話はその時ね。エドも早く教室に戻りなね。アンネも後でね」

「おいこら!だから呼ぶなって!」


 クリストファー様は、ひらひらと手を振って教室から出て行ってしまい、エドも文句を言いながらクリストファーを追いかける。


 この教室の雰囲気……どうしてくれるんだよ!




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