第78話 勘違い伯爵令嬢
「エド様、おはようございます」
エド様!?
キャピキャピっとした元気な声に、私もエドも驚いて立ち止まる。エドが険しい表情で振り返り、つられて私も振り返ると、そこには朝から元気いっぱいのアンリが鞄を抱きしめるように持って立っていた。私達が馬車から下りたのを見て走ってきたのか、頬が赤く上気しており、普通に見れば可愛いんだろうが、エドを「エド様」呼びする非常識さに、つい表情も険しくなる。
エドは気さくな性格だし口調も砕けてはいるが、まぎれもなく王位継承権を持つ王族なのである。許されてもいないのに愛称呼びをするのは、さすがに学園内だとはいえ常識がなさ過ぎる。
「アンリさん、許しもなく王族を愛称呼びしたら駄目よ」
アンリはキョトンとした表情になり、それからムッとしたように唇を尖らせた。
「何でですか?友達なら愛称呼びくらいしますよね。王子様だから、ちゃんと様をつけてますよ。アンネさんだってエド様のこと呼び捨てじゃないですか。婚約者だからって、エド様の交友関係を狭めるようなことを言うなんて……」
うわぁ……、この娘私が公爵令嬢でありエドの婚約者だって知ってたよね?それなのに、わざと大きな声で私を非難するようなことを言うってどうなの?
鞄を胸の前でギュッと抱きしめ、目を潤ませている姿は、思いっきり弱者を演出している。
通学途中の生徒達が、何事が起こったのかと立ち止まって遠巻きから私達を見ている。なんか、私が平民出身のアンリのことを虐めているみたいな絵に見えない?
きっと、私がここで何を言っても、悪役令嬢にしか見えないよね。生徒達もザワザワ言っていて、私に向ける視線が剣呑な雰囲気を醸し出していた。
「……ハァ」
エドが深いため息をついて、アンリに向かい合うように一歩前に出た。その広い背中で私の視界はいっぱいになる。
「ここが学園じゃなかったら、あんたは牢屋行きだな」
「やだ、エド様ったら冗談ばっかり」
「俺はあんたに愛称呼びを許してない」
「昨日、一緒にお昼食べた仲じゃないですか。エド様の……」
「だから、愛称を呼ぶな」
「エドモンド様のお昼を半分こしましたよね。あ、これってアンネさんには内緒でした?だから怒ってるんですね。ウフフ、アンネさんてエドモンド様の女友達も許せないくらいやきもちやきなんだ。エドモンド様可哀想。あ、私日直で早く行かないとでした。エドモンド様、先に教室に行ってますね。またお昼一緒しましょうね!」
「おい!」
アンリは手をブンブンと振って、自分の話したいことだけ言って走って行ってしまった。
「……なんか凄い娘だね」
見た目が可愛いだけに残念過ぎる。
アンリがいなくなると、生徒達もまた登校し始めた。
「俺、心底あいつに関わり合いたくない。面倒臭い」
エドはため息を吐くと、気合を入れるように頬をパンと両手で叩いた。そして、私の腰を抱き寄せて歩き出す。
「ちょっと、さすがにくっつき過ぎよ。みんな見てる」
「見せてんだよ。このままだと、あいつに付き纏われて、くだらない噂がたつかもしれないだろ。俺にはアンネだけだって見せつけないとな」
「みんな、そんな暇じゃないでしょ」
しかし思っていた以上に暇人の集まりだったらしく、その日のうちにエドとアンリの噂が拡散されていた。
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