第61話 エドの覚悟

「もう食えねえ……」


 ベッドに大の字に寝転び、エドは満腹なお腹をさする。


 確かによく食べて、よく飲んだ。飲んだと言っても、二人共葡萄ジュースなんだけどね。

 こっちの世界では、私もエドもお酒を飲むことができる年齢だ。元からお酒はあまり飲みたいって思わないし、何よりも今日は素面で話したいなって思ったから私はジュースを飲んでいたんだけれど、エドはなんで最初から葡萄ジュースだったのかな?


「確かに、よく食べたよねぇ」


 私達が宴会から抜け出した時は、ロイドお父様と国王様は祝い酒だと言って、ひたすら乾杯を交わしていた。きっとまだ飲み続けていることだろう。

 王族は酒豪の家系らしく、みんなしれっとした顔でグビグビあけていた。多分エドも強い筈だけれど、誰も主役の片割れであるエドにお酒をすすめなかったことも謎だ。


 私はベッドの端に腰を下ろし、エドの髪の毛をクシャリと撫でた。


 最初会った時はまだ線も細くて、まだまだ少年っぽさが抜けなかったのに、今じゃ立派に男の人だね。


 この男らしくてかっこいい王子様が、今では私の婚約者様だ。まぁ、口は悪いし、目つきは悪いし、態度はでかいんだけど、誰よりも私には男前に見えるんだよな。


「小さい手だな」


 エドは、髪を撫でていた私の手をとり、左手の薬指にはまった婚約指輪をクルクルと回す。


 シンプルなプラチナの輪に、キラキラ光るダイヤモンドが一周グルリとついている指輪は、大きな石がついたようなゴージャスな指輪ではないが、どんなドレスとでも相性が良くつけられそうだ。


 この指輪をつけてもらった婚約式を思い出し、つい笑いが溢れてしまう。

 だって、エドったら最初、人差し指に間違えて指輪を入れたのよ。しかも、入らないから凄く焦っててさ。


「指輪見る度に、エドのあの時の顔を思い出しちゃいそう」

「思い出しゃいいじゃん。つうか、いつでも俺のこと考えとけよ」

「え?無理」

「んだと、こら!」


 ベッドに引きずり込もうとするエドと、それをブロックする私。しばらく攻防は続いたが、今日だけはなし崩しにイチャイチャタイムに突入するわけにはいかない。


 立ち上がって物理的にベッドから距離をとると、エドは不満気に口を尖らせた。


「ね、今日の婚約式、エドが準備してくれてたんでしょ?凄く良いお式だったよね」


 王族はもちろん、大会に参加した貴族や祭りに来た平民達に見守られ、私とエドは国王様の前で婚約証明書にサインをした。オープンな場所で、色んな人から祝福される婚約式は、粛々とした厳かな式とは言い難いが、温かくて笑いが溢れる式だった。


 その後、狩猟大会で狩られた獲物が調理され、大宴会へと発展した。さすがに王族と平民がお酒を酌み交わすことはなかったが、平民達にも無料で料理と祝酒がふるまわれ、すでに誰もアンの断罪のことは忘れて楽しんでいた。


 宴会も中盤になると、エドはソワソワし始め、私が「お腹いっぱい、もう入らないよ」と言ったタイミングで、「なら、もう退出でいいな?十分食ったよな?」と、誰に挨拶するでもなく、私を連れて宴会を抜け出してサンドローム公爵邸に帰ってきてしまったのだ。


「それにしてもさ、今日、なんか静か過ぎない?」


 最小限の召使いしかいなかった公爵邸ではあるが、私達の就寝の準備が終わると、どこに行ったの?というくらい静まり返り、人の気配が全くなくなった。


「そうか?そんな日もあるさ」


 怪しい。視線が泳いでいる気がする。でも、私も実は今の状況はありがたい。周りで侍女達が出入りしてしていたら、話したい話もできないから。


「怒らないから、正直に行ってみ。何か企んでない?」

「企んでるっていうか、俺等付き合って一年になんだろ」

「そのくらいかなぁ」

「しかも、今日婚約した」

「そうだね」


 エドがベッドから起き上がり、私の前に立つ。


「ならさ、今日こそは練習じゃなくて、先に進んでもいいんじゃないか?」


 練習は……確かに着々とステップアップしたと思うよ。私も、もう絶対に無理とまでは思わないし。何がって、エドのエドモンド君を受け入れることだよ。


 でも、先に進む為には、先ずは私の話をしないとなんだよ。


「エド……ちょっとここに座って」


 私はエドの手を引いて、窓際の椅子に座らせた。私もその向かい側に座る。しっかり顔を見て話したかったということもあるけれど、いつもみたいにすぐに触れられるような距離に座って、流されてしまうのも怖かったから。だって、これからエドが私としようとしている行為は、エドの一生を左右するんだから。


「なんだよ。なんか余計なことグルグル考えてるんじゃねぇだろうな」

「余計なこと……ではないんだけどさ」

「どうせ、自分とHすることで、呪いが発動したらとか、そんなくだらないことだろ」


 不機嫌そうなエドは頭をガリガリかきながら、心底どうでもよさそうに言う。


「でも、大事なことだよ。万が一、万が一なんだけど、私が早死にするようなことがあったらどうするの?病気や事故とかで」


 エドはブッ!と吹き出し、さっきまでの不機嫌な表情が霧散した。


「バッカだなぁ。そんな心配してたのかよ。てっきり、将来アンネに別に好きな奴ができて、別れることになったらどうすんだって話かと思ったじゃん。まぁ、絶対に別れないけどな」

「いや、それは私も心配はしてないけど……」


 どんな大恋愛だって別れる時は別れるし、絶対にないよとは断言できないけれど、その心配は……してなかったな。

 うん、ないな。

 積もり積もって、長年の小さな積み重ねが……ということがあったとしても、その時はうちらは老人になってるだろうし、勃つ勃たないの心配をする必要もないだろう……って、ちょっと男性の生理がわからないから推測だけどさ。


「エドは、どれくらいまで頑張るつもり?つまり、閨事についてだけど」

「死ぬまで現役!」


 それは無理!私が嫌。


 あまりに私が嫌そうな表情をしたからか、エドは戸惑いながら言葉を足す。


「……が理想だけど、元気なうちはできれば。で、その質問の意図は?」

「それくらいまでは、別れないだろうなって思ったから」

「いや、死ぬまで離す気はないぞ?!」

「お互いに嫌なことは嫌、相手に我慢させないで、思いやって生活していけば、そこまでは拗れないとは思うの。私だって死ぬまで添い遂げるってのは理想よ。だから、まぁ、もし私達が離れるとしたら、病気とか不慮の事故ってやつかなと」

「アホだな。そんなあるかどうかもわからないことを心配してたら、いつまでたっても好きな女を抱けないだろ」


 好きな……。


 喉の奥が詰まったような感覚がして、言葉が出てこない。


「それにさ、万が一おまえが不治の病にかかったら、世界中の医者を集めても絶対に治してやるし、今回みたいな事故は二度と起きねぇよ。護衛騎士だって、三倍に増やしたからな」

「護衛騎士?」


エドに護衛騎士がついていたのは知っていたけれど、三倍に増やしたということは、前にも私に護衛騎士がついていたということかな?


エドは、頬をカリカリとかく。


「そりゃ、あんなとこに住んでるってわかれば、二十四時間体制で監視……じゃない護衛をつけるだろ。公爵令嬢ともなれば護衛の二~三人ついてて当たり前だしな」


監視って言ったな。


ジトッとエドを睨んだが、エドは素知らぬ顔で話を続けた。


「あの時もいたの?私が矢で撃たれた時」

「いた。ただ、会場内での護衛は一人だったんだ。しかも、護衛の後ろから矢を撃ったらしく、犯人確保よりもおまえの安全を優先して、次の矢に備えて盾になったらしい」


盾?そういえば、誰かに地面に押し倒されて、乗りかかられたような。「危ないから頭を下げて!」って言われて、誰だか見えなかったから、てっきりクリストファー様だと思っていたけれど。あれが護衛の人だったんだね。

その後は、腕の痛みと血を見たショックであまり覚えていない。


「今までは、護衛といえどもおまえの近くに男を近寄らせたくなくて、距離を置いて護衛するように言ってたんだが、これからは近距離護衛で何があっても盾になるように言っておいた」


いや、盾になる前に襲ってきた相手を捕獲してほしいかも。


「護衛がいなくても、エドがいたら安心安全だけどね」


エドの筋肉は伊達じゃない。剣術も体術も学園トップクラスだ。


エドは胸を叩いてニカッと笑う。


「おう!死んでも守ってやる」

「死んじゃ駄目でしょ」

「そのくらいの覚悟だっつうの。だから、おまえも変な心配しないで、素直に俺の唯一になりやがれ」


 私だって、エドの唯一になりたいよ。エドが大好きなんだもの。

 だからやっぱり話さないとだと思った。信じてもらえるかわからないけれど……。

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