第60話 断罪からの……

 会場にいるミカエルに目をやると、さすがにこの展開に顔色を悪くしてしまっている。彫刻のように美しい顔が歪み、目を見開いてアンを凝視していた。


 そりゃそうだよね。自分のことをミカエルの彼女だって公言しつつ、じゃあおまえが今擦り寄っているその男は何だ?!って話になるよね。しかも、他の男のテントに行くってことは、そういう関係を匂わせてるようなものだ。女子のお茶会でテントを行き来するのとは、意味合いがかなり異なる。


「ビビアン・マクガイアだが、確かに失言は認めたが、マーシャル・マンセットと面識がないことは、すでに確認済みだ」


 エドが冷ややかな口調で告げると、アンはさっきまで涙を浮かべていたというのに、ピタリと涙を引っ込めて思案するように唇に指を持ってきた。そして、パアッと笑顔を浮かべる。


「そうだわ。きっとその男がビビアンさんをに片思いしていたんじゃないかしら?だから、ビビアンさんの言葉を聞いて、彼女の為に行動を起こしたんじゃ?」


 エドはうんざりした表情を浮かべる。


「おまえ、さっき、マーシャル・マンセットの告白を断ったとかほざいていたよな。おまえを好きだったこいつが、ビビアン・マクガイアに片思いって、意味わかんねぇだろ」

「あら、恋なんて急に堕ちるものですわ」


 ある意味凄いな。ここまで罪を認めないとか。


「アン・バンズの尻には黒子が三つある」


 マーシャル・マンセットがつぶやいた。


「え?何だって?」


 エドが聞き直すと、マーシャル・マンセットは喚き散らすように叫んだ。


「アン・バンズの尻には黒子があんだよ!しかも三つ並んで!俺がその女を抱いた証拠だ。不細工な男に抱かれてアンアン言ってたくせに、人に罪をなすり付けてふざけんなよ!おいそこの色男!おまえも知ってんだろ?この女の黒子をよ。いや、おまえだけじゃなく、この会場にいる男の何人かは知ってるんじゃねえの?!」


 マーシャル・マンセットが、会場にいるミカエルを指差してゲラゲラ笑う。

 エドが騎士に指示して、マーシャル・マンセットを壇上から下ろした。


 こんな下品な内容をいたいけな少女に聞かせては……とカナリア様の方を慌てて見ると、ステファン様がしっかりとカナリア様の耳を塞いでいた。


 グッジョブです!

 それにしても、またしても黒子ですか。


「ミカエル・ブルーノ、アン・バンズの恋人なら、黒子の有無は知っているんじゃないか」


 エドが会場にいるミカエルに問いかけると、ミカエルは無言で背中を向けて会場を去って行った。会場にいる人間は、それを「イエス」という意味だと受け取る。


 最後にアンに向けたミカエルの表情は、愛しさとか信頼とかではなく、ただただ汚物を見るような嫌悪感に溢れていた。


「ミカ……ミカエル様!」


 アンはハッとしたように去って行くミカエルを追いかけようとしたが、そんなアンの行動を抑制したのは、アンの肩を抱いていたニール・ガッセだった。


「ちょ……離してくださらない」

「あの様子だと、さっきの男の言っていたことは正しかったようだな」


 国王様は静かに頷くと、手をサッと上げた。


「その女を拘束しろ。公爵令嬢の殺害未遂の首謀者のようだ」

「ちょっと止めて、触らないで!私はそんなことしていない。ねえ、信じてちょうだい。ミカエル、ミカエル様助けて!」


 すでに会場にいないミカエルを呼ぶが、それに答える人物はおらず、アンを捕まえる為に騎士達が壇上に上がる。アンを真っ先に取り押さえたのはニール・ガッセで、アンに縄をかけたのも彼だった。

 どうやら、彼は騎士としてアンを捕まえる為にアンを壇上に上げただけだったようだ。


「確かに私には言われた場所に黒子があります。アンネさん。あなたも知っていましたよね?それを理由に私達が取り違えられたと、ミカエル様が嘘の報告をしたんですから」


 いきなり私にその話を振るってことは、あの時のことを謝罪でもするつもりなのか、自分のしたことを後悔しているのか……と思って、縄をかけられて地面に座らされているアンの様子をうかがった。


「知ってたけど、それが?」

「お聞きになりましたよね!アンネさんは私に黒子があることを知っていたと言いましたね?!アンネさんは、私にミカエル様をとられた仕返しをしたんですわ!マーシャル・マンセットに私の黒子のことを伝え、私に頼まれたと言うように言い含めて、自分を射るように命令した。ねえニール様、私は無実でしょう?エドモンド様、あなたは狡猾なアンネ様に、復讐の道具として利用されたんですわ。目を覚ましてください」


 普通の人間ならば持っているだろう罪悪感を期待した私が馬鹿だった。私が冷ややかにアンを見下ろす中、アンは縄に縛られた状態で地べたに泣き崩れた。

 

 美人が悲壮感を煽って泣きながら訴える様に、会場にいる何人かは騙されたかもしれない。しかし、多くの女性や、アンに色目を使われたことがある男性は、ある程度はアンの本質を理解していたから、ただ呆れるばかりだった。


 エドなんかは、カッとしてアンに殴りかかろうとしちゃうものだから、ロイドお父様と二人で必死で止めなければならなかった。


「見るのも聞くのも耐えない。その女を地下牢の最下層へ連れて行け」


 国王様の一声で、騎士達はアンを抱えるようにして壇上から連れて行く。


「彼女、どうなるのかな?」

「良くて終身刑だろ。あんま考えるなよ。おまえのせいじゃないんだから」

「でも……」


 アンが素直に認めて心からの謝罪をしていれば、少しは刑も軽くなった筈だ。最悪の結果を招いたとしたら、それは自分のとった行動のせいだからと、ロイドお父様も私の肩を叩きながら言った。


 その後、このまま閉会式を終わらせては、気分の悪いまま会が終わってしまうからと、簡易婚約式を行おうと国王様が提案してきた。もちろんエドと私ので、私が答える前にエドが即座に了承し、私は侍女達に連れられて浴室のついた王室専用のテントに連れてこられた。


 用意なんて何もないから、人前婚約式みたいな感じで、婚約証明書にサインしてみんなにお祝いしてもらうだけかなって思っていたのに、いきなりお風呂に入れられ、頭の先から足の先までピカピカに磨き上げられた。王室侍女のスペシャルマッサージでムクミも全て取れ、用意されていたドレスに手を通す。


「これって……」


 体に馴染んて動きやすいのに、ドレープ一つ一つから計算し尽くされたこの美しいフォルム。丁寧に縫い付けられた宝石は、動く度にキラキラと光を反射して、大きさから形まで厳選された物が使われていた。


「まぁ、お直しは必要なさそうですね」


 やっぱり!


 テントに現れたのはベルモント夫人だった。お針道具を持って私の回りを一周回ると、「素晴らしいわ」と手を叩く。


 ドレスを褒めたんだよね?


「クリスマスの時に採寸したのと僅かな誤差があるんですけれど、エドモンド様がおっしゃった通りの誤差でしたわ」


 は?


「75-55-75。バストが二センチ成長なさいましたね」


 それをエドが指摘したと?

 あのドスケベ王子め!


 俺のおかげだなとドヤ顔する姿が目に浮かぶ。


 まだ完全にエドの唯一にはなっていないけれど、それなりに毎晩イチャイチャしている賜物かなと思わなくもない。ノロマな亀並の進歩しかないけれど。


 衣装も合い、髪型も化粧もバッチリ決まったところで、メアリーが私を呼びに来た。


「お嬢様……馬子にも衣装ですね」

「いや、それ褒め言葉じゃないからね」

「冗談です。とてもお似合いですよ。エドモンド様が会場でお待ちです」

「うん」


 ただいま十九歳と四ヶ月。二十歳のカウントダウンまであと八ヶ月と三日。私とアンネローズの運命を、変えることができるって信じたい。


 だから、今日、私はエドと婚約式をした後、全部話をしようと思う。




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