第62話 あのね、私ね……

「……わかった」

「だから諦め……、え?わかった?!」


 私が了承すると思わなかったのだろう、エドは椅子を蹴倒して立ち上がった。


「うん。でも、まずは私の話を聞いてくれる?それでもエドがまだ私を唯一にしたいのなら……」

「したいのなら?」


 エドは瞬きもせずに私をガン見している。いや、三白眼の白目部分がさらに大きくなって怖いですから。


「その時は……まぁ」

「ッシャ!」

「待て待て待て待て!だから、まずは私の話を聞くんだってば」


 テーブルを払い除けて(いや、テーブル吹っ飛んだけど?!)私に突進してきたエドは、軽々と私を抱き上げて、大股でベッドに運ぶ。

 その勢いでベッドに投げ出されるかと思いきや、壊れ物みたいにベッドにソッと置かれた。


「話は手短に頼む」


 あ……話を聞く気はあるんだ。


 ギラギラした目は野獣のようだが、私の気持ちを尊重する気持ちはあるらしい。全く持って余裕は感じられないけれど。


「あのね、私ね……(何から話すべき?!)」

「なんだ!さぁ話せ!」

「……そのテンション、無茶苦茶話し辛い」


 エドは、大きく何度も深呼吸して気持ちを落ち着けたようで、瞑想でもするように目をつむり、私の手を握った。


「いいぞ」

「私ね……アンネローズじゃないの!」


 エドは目を開いて、怪訝そうな表情を浮かべる。


「だろうな。おまえはアンネじゃんか」

「そうなんだけど、そうじゃなくて……。そうだ!メアリーが前にしていた話を覚えてる?私が全然違う世界の夢を見て、その世界の言葉を喋っていたってやつ」

「そんなことあったか?」

「あったの!アンネローズの夢の世界は、私の現実だったの。私はそこで△◇△○◁▽(川上瑠奈)って名前で生活してたんだよ」

「△◇……なんつった?」


 エドには発音が難しいのか、私の名前を言う事はできなかった。

 メアリーが日本語のことを、アンネローズの夢の言葉だって言うまでは、私も違う言語を話しているって意識がなかった。頭の中でどう変換しているのかわからないけど、私は日本語を聞いて日本語を話しているって思っていたんだよね。何より、この世界が日本のウェブ小説の世界なんだから、言語も日本語の筈って固定観念があったからかもしれないけれど。


 私ってバイリンガル!……なんて喜んでいる場合じゃない。


「名前はこの際重要じゃないの。アンネローズっていうこの世界の人物と、別世界にいた別個の人格の私がいて、私達は魂が入れ替わったみたいなの。……多分」

「多分?」

「だって、わかんないんだもん。最初は前世にタイムリープしたのかと思ったのよ。私とアンネローズは同一人物で、同じ二十歳で死んじゃう運命が……」

「ちょっと待て!」


 エドにガッシリと腕をつかまれて、至近距離からガンを飛ばされた。エド的にはガンを飛ばしたつもりはないんだろうけれど、真剣に見つめられているだけで、睨まれているようにしか思えない。


「な、何よ?」

「今、なんつった?!」

「前世にタイムリープ?」

「その後だよ。二十歳がどうした?!」

「死ぬ?」

「なんでだよ?!理由は!」


 あれ?違う世界とかタイプリープとかって、けっこうなパワーワードだと思うんだけど、それはスルーなんだ。


「二人共、衰弱死?」


 自分が死んだって自覚はないけど、状況的にそうなんだと思う。


「なんで衰弱なんかすんだよ」


 なんで……って言われてもね。この世界ではなくはない話だとは思う。貧富の差が激しい世界だから。


「私と入れ替わる前のアンネローズの人生では、私みたいに備えもなくいきなり家から追い出されちゃうの。お金もなくなって、生きる気力もなくなって、それで……。誰も彼女がどこに行ったかわからなかったみたい。だから、誰も彼女を助けられなかった。私の方は、病気でご飯が食べれなくなって、栄養失調からの衰弱……」


 言い終わる前に、エドに強く抱き締められた。


「毎食食え!死ぬ気で食え!っつうか、おまえ宴会でちゃんと飯食ったかよ?!」

「食べた、食べた。苦しいくらい食べたから、力緩めて。リバースしちゃうよ」

「駄目だ吐くな、飲み込め」

「無茶苦茶ね。とりあえず、今の段階では、食事がとれなくなるくらいのストレスもないし、アンネローズみたいに生きるのを諦めたりしないから大丈夫。たださ、私もアンネローズも……二十歳の誕生日に死んだっぽいの。だから、エドと結ばれるんなら、二十歳の誕生日が過ぎてからがいい……って、ちょっと!」


 あと八ヶ月くらいだし、私の話を聞いたら、それくらいならば待ってくれるんじゃないかと思いきや、いきなり唇を塞がれて本気のキスをされた。


「おまえは死なない。二十歳の誕生日なんか関係ない」


 ベッドに押し倒されて、エドの黒い瞳に私が映っている。


「いや……、確かに衰弱死はないと思うよ。私だって正直、八割はないなって思ってる。でも、もしそれが運命なら、衰弱死はないとしても何か他のことがあるかもしれないじゃん」

「何かって?」

「事故とか……病気とか?」


 エドの顔が苦悶に歪む。


「それでさっき……。わかった」


 わかってくれた?というか、異世界やタイムリープとかはいまだにスルーでいいのかな?それとも、そもそも私の言うことを信じてない?


「護衛をさらに倍に増やして、毎日王宮医師に健康診断をさせる。でもな、医者は絶対に女限定だからな!あと、住まいは王宮の俺の部屋に移す。一緒にいる間は俺が守るから、二人っきりの時間は断固として死守させてもらう!で!俺はおまえをむざむざ二十歳で死なせる気なんかないから、今日、ここで、おまえを俺の唯一にする!」

「ストップ、ストップ」

「なんだよ?!話は聞いたろ」


 グイグイとエドを押して、なんとか起き上がることに成功する。


「護衛をそんなに増やしたら、周りが見えなくなりそうで嫌。あと、毎日健康診断って、毎日血取られたりするの?嫌よ、貧血になりそうじゃん」

「でも!」


 うん、エドが私の言うことを無条件で信じてくれて、しかも私を絶対に死なせるもんかって意気込みはわかったよ。しかも、それを聞いても私を唯一にしてくれるんだね。


「私が言いたかったのはさ、もし万が一ってことがあった時のことを話さないで、エドの唯一になるのは違うかなって思ったの」

「何があっても、おまえが、アンネだけが俺の唯一だ」


 やばい、泣いちゃいそうだよ。


「私も……エドだけが唯一だよ」


 もう、待てはなしかな。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る