第58話 狩猟大会最終日
狩猟大会最終日は、一般市民にも一部広場を解禁してのお祭り騒ぎになる。
ただ、今回の狩猟大会は、私の襲撃事件があったこともあり、警備が半端なく厳重で、入場制限やボディーチェックまで行われた。
「ねぇ、私もお祭り見て歩きたい」
市民の屋台も出ているのだ。これは食べ歩かないって選択肢はない。もちろん、料理長のケントの作る食事は間違いなく美味しい。でも、平民暮らしをした時、屋台の素朴な肉串や、ケバブサンド、クレープ……貴族をしているとなかなか食べられない物を食べる機会があり、その美味しさを思い出すと……。
「しゃあねぇな。俺と一緒だぞ」
「うんうん、行こう」
私がエドの手をとって王族のテントから出ようとすると、私の警備を担当している騎士達が慌て出した。
「エドモンド様、さすがに危険過ぎます」
「とりあえずは、あの女も監視してるんだろ。なら、問題ないんじゃないか。俺も一緒だしな」
あの女とはアン・バンズのことで、彼女は今はミカエルと祭りを見て回っていると報告を受けていた。
狩猟大会会場から出るようなことがあれば、すぐに確保するようにとの伝令が出ているが、彼女は自分が見張られていることも知らずに、大会最後に催される諸々の授与式までいるつもりなんだろう。そのおかげで、いまだに大会を楽しめているようだが。
この後の事を考えると気が重くなる。だって断罪だよ?爵位剥奪とか、終身刑で終わればまだマシだけど……。いや、実行犯であるマーシャル・マンセットに正直に話せば死刑にはしないって言ってたから、死刑はないよね?
さすがに、私のことが原因で死人が出るのは嫌だもの。
そんなドンヨリしそうになる気分を上げる為にも美味しい物を……と、大好きなケバブサンド屋を捜していたら、まさかのアン&ミカエルペアに遭遇した。
「アンネ……嬢、怪我をしたと聞いたけど」
私の周りの物々しい警備の騎士達にビクつきながらも、ミカエルの方から声をかけてきた。ミカエル達が気がついていないだけで、この騎士達の数倍の騎士が二人を包囲してるんだけどね。
よく私に声をかけてこられるなと、呆れるしかない。
「ああ、うん。ちょっとね」
私は腕にまいた包帯に手をやって答える。
「以前に、僕に嘘の報告をした従僕だけれど、しっかりと僕の方で処分しておいたから。一応ゴールドバーグ伯爵家には通達は送ったんだが、君には伝わっていない気がして」
処分……。貴族が平民に行う処分と言ったら、ただ解雇しただけとは思い辛い。
その従僕になされた処分を思い眉を顰めると、ミカエルは何故かそれを軽い刑罰で解雇したと私が受け取って気分を害したと理解したらしく、慌てて私に処罰の内容を弁明し始めた。
その内容があまりにグロくて、私はエドの手にしがみついて顔を背けた。
食欲なんかどっかいったよ。
「ストップ。それは俺が報告を受けている。アンネに知らせる内容じゃないから知らせていないだけだ」
「いや、しかし子爵家としての誠意を……」
「それは誠意とは言わないよ。エド、行こうよ」
「あ、待ってください」
エドと先に進もうとすると、アンに引き止められた。
「エドモンド様、あのよろしかったら四人で回りませんか?」
エッ?!
ちょっと理解できない申し出なんですけど。頭おかしいのかな?
ミカエルも驚愕の表情になっちゃってるじゃん。
「何で?」
「私達、お互いに誤解が大きいんじゃないかって思うんです。ミカ様もアンネさんと幼馴染のようなものじゃないですか。婚約といっても、恋愛関係ではなく、友情の方が強かったって聞いてますし、婚約がなくなったからって、お友達関係までなくなってしまうのは忍びなくて……」
は?
私……ではなくてアンネローズだけど、100%恋愛だったと思うよ?
「確かに、アンネ……嬢のことは、妹のように思っていたかな。また、昔みたいに気軽に話せるようになれれば良いなとは思っているけれど……」
ヤバイ!私がこいつに殺意しか感じない。ここに弓矢があったら、至近距離から撃ち込んでやるんだけど。
自分がしたこと、全く悪いと思っていないじゃん。
「ですから、アンネさんはミカ様と誤解を解く時間が必要だと思いますし、私もエドモンド様に誤解を解いていただきたいの」
アンは良い考えでしょ?とでもいうように、瞳をキラキラさせてエドを見上げる。自分が一番綺麗に見える角度を知り尽くしてるのだろう。言っていることの不自然さを、完璧な美貌でねじ伏せようとしているとしか思えない。しかも、露出が多い訳じゃないのに、体にピッタリしたドレスは、ヌーディーな色合いのせいか色気が半端なくて、沢山の男性の視線を集めていた。
まさか、エドまでフラフラっとしたりしないよね?
「誤解?」
エドの眉がピクリと上がり、視線がアンに向かったことで、アンはエドの関心を買えたと思ったのか、さらに極上の微笑みを浮かべて畳み掛ける。
「エドモンド様はアンネさんの立場からしか見ていないから、私が凄く嫌な女に思えるんだと思うんです。でも、私の話も聞いていただけたら、その誤解も解けて、学園でも親しくしていただけるんじゃないかと。ほら、せっかくクラスメイトになったんですし」
「一緒に回るのはいいが……」
まさか、小説の強制力?ここにきてアンを受け入れちゃうの?!
「エド?!」
思わず声をかけてしまった私に、エドはニヤリとした笑みを浮かべると、私の腰を引き寄せてピタリとくっついてきた。
「いや、別にこの女と馴れあいたくないし、アンネに元婚約者と仲良くして欲しい訳じゃないから。ただ、アンネが俺の女だって、ちゃんと正しく理解させたいだけだ。それと……」
一緒にいれば見張りやすいしなと、私に耳打ちする。
アンがエドの隣にこようとしても、騎士達がそれを遮り、一緒に回っているというよりも、私達を護衛している騎士達の後ろをついてきているだけにすぎない。
アンはなんとかエドに近付けないかとウロウロしているが、結局最後まで話しかけることもままならないまま、大会修了のドラが鳴り響き、閉会式の時間になった。
閉会式は、正面の壇上に王族が上がり、会場に参加した貴族達が並ぶ。騎士達がその後ろに警護に立ち、一般市民達はさらにその後ろでガヤガヤと騒がしく眺めていた。
木に登って王族を見ようとした市民が騎士達に引きずり降ろされていたり、酔っぱらい過ぎて騎士に喧嘩を売る市民がいたりする中、五日間で獲られた獲物の総数が発表された。
それは、王都の森にいる動物を全て狩り尽くしてしまったのではないかと心配になる程の数だった。
「生態系が壊れないのかな」
会場の一番前でロイドお父様と並んでいた私のつぶやきを拾ったロイドお父様は、この大会の必要性を話してくれた。
王家の森は基本狩りは禁止されており、森にいる生き物は全て王家の所有物とされている。しかし、肉食獣のような獣だけは例外で、山から降りてくるような肉食獣は討伐対象になるらしい。そして、天敵がいない王家の森では草食動物が増え過ぎ、その結果森が破壊されていく。だから、年に一度の狩猟大会で草食動物の数を減らすのは、森を維持する為に必要なことらしい。
「まぁ、今年はちいとばかり多過ぎるがな」
「ですよね」
主に私の横にいる老人と、壇上にいてガンを飛ばしているかのような鋭い視線で会場を睨みつけている誰かさんのせいだろう。
続いて、成績の五位から発表される。同立一位がエドとロイドお父様だった。驚いたのは、三位がステファン様だったこと。あとは、五位にニール・ガッセの名前が入っていたのもびっくりだった。ニールって名前……あれだよね?カースト上位女子の一人の婚約者じゃなかったっけ?
「フン!まだ若造には負けんつもりだったがな」
ロイドお父様は、壇上に呼ばれて上がって行く。すでに五人並んだ中に、ロイドお父様がエドと並んで立つ。
表彰が行われた後、各自プレゼントする獲物が壇上に運ばれてきた。
熊……ちょっといらないかも。
エドの後ろに置かれた熊に、会場のざわつきはマックスになった。
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