第57話 大会四日目

「それで、この状態は何?」


 目の前には背中を丸めてガタガタ震える物体が一つ。

 エドが爪先でそれを突つくと、震えはさらに酷くなり、聞くに耐えない嗚咽が響く。


 顔が見えないからなんとも言えないが、エドが連れて(引きずって?)きたのは、マーシャル・マンセットで間違いはなさそうだ。独特の髪色からもそれ以外ないだろう。


「こいつが犯人だったんだよ」

「え?」


 同じ学園の生徒のようだが、今まで話したことも関わったこともない。全くの赤の他人に恨みをかってたの?


「こいつ、初日しか大会に参加してなかったらしくてさ、大会会場捜してもいなくて、屋敷にまで行ったら、部屋に引きこもっていやがった。俺の顔を見ただけで、泣いて土下座してきやがって、どついたら自分がやったって白状したんだよ」

「でも何で?まさか、私じゃなくて、クリストファー様を狙ったとか?!女性を奪われた逆恨みとかで」

「め……滅相もありません。王族に矢を射るなど……そんな」


 顔をガバッと上げてオドオドと弁明を始めたけれど、鼻水と涙でグショグショの顔は見られたものじゃないから、隠しておいてくれないかな。


「アンネはサンドローム公爵令嬢だぞ。サンドローム公爵は前国王の弟で、サンドローム家は準王族だって知らねぇのかよ」

「当てるつもりはなかったんです!俺の……私の腕前で当たるとも思いませんでしたし、それに的当ての矢ならば当たったとしとも、軽く当たるくらいかと……」


 いや、刺さりましたけどね。


「矢は、私を射ろうとして持ち歩いていたの?」

「いえ、たまたま落ちていた物で……」

「弓は?」

「それは自分のを……」


 そりゃ刺さるでしょ。的当て用の弓ならば威力もない矢も、殺傷能力抜群の弓を使えば十分凶器だよ。


「私を狙ったのはなんで?私、あなたと面識ないんだけど」


 ここが一番重要だよね。エドは、ぶん殴りたい気持ちを抑えてか、いや、すでに何発か殴っているみたいだけれど、凄い形相でマーシャル・マンセットを睨みつけている。


「……言われて」

「言われて?!誰に?」

「……ビビアンさんに」

「ビビアン・マクガイアさん?」

「そう!そうです!伯爵令嬢の彼女に命令されて仕方なく。最初は狩猟用の弓矢を使うように言われたんだ。でも、それじゃ万が一当たったら危な過ぎるから、矢を的当て用にすり替えて。当てるつもりがなかったのは本当で、矢を射た事実さえあれば、彼女が満足してくれると思ったんだよ。ちょっと手が滑って、真ん中に矢が……。本当だ!」


 まるで用意しておいた弁解のように、マーシャル・マンセットはベラベラと喋りだした。


 万が一当たるような腕前で、よく私を狙ったな。隣にいるクリストファー様に当たるかもとか、考えなかったのかね。


「あなたとビビアンさんは学年違うけど、どうやって知り合ったの?」

「それは……たまたま……声をかけられて」

「ビビアンさんが、たまたま声をかけたあなたに命令したとして、あなたがそれを受けなきゃならなかった理由は?その報酬は?いくら高位令嬢の命令でも、さすがに無償で言う通りになる?」

「それは……」


 マーシャル・マンセットは答えられなくなってしまった。


 私がメアリーに耳打ちすると、メアリーは頷いて応接間から出ていき、しばらくするとドレスを着た令嬢を三人連れてきた。その後ろには、令嬢達の専属侍女が付き従っている。総勢、六人の女性がマーシャル・マンセットの目の前に立った。


「ビビアンさんと面識があるんですよね。この中のどなたかわかりますよね」


 ちなみに、五人はうちの侍女で、一人はまだ隣の騎士団詰め所に監禁されていたビビアンさん本人だ。


 マーシャル・マンセットはドレス姿の女性達をガン見すると、一番派手目なドレスを身に着けた令嬢を指差した。髪色も、目の色も、もちろん顔立ちだって、ビビアンさんにかすりもしていない、うちの侍女の一人だった。


「あなたはビビアンさんですか?」

「いえ、違います。私はケティです」

「いや、見間違えただけだ!こっち、こっちが本物の……」


 マーシャル・マンセットが再度指差した女性が「マーサです」と答える。


「私がビビアン・マクガイアよ!いったい、これは何事なの?!」


 メイド服を着させられ、絶対に喋るなと言われて連れて来られたビビアンさんは、両手を組んでイライラしたように叫んだ。


「実はね、この人があなたに命令されて、私を弓矢で射たと言っているのよ」

「ハァッ?!こんな気色悪い男、見たこともないわよ。っていうか、何?!私はこいつのせいで、無実の罪で監禁されてたってこと?有り得ないんだけど!あんた、いったい私に何の恨みがあるっていうのよ!」


 つかみかかる勢いのビビアンさんに、マーシャル・マンセットは床を這って逃げようとする。


「おまえ、準王族の殺人未遂だけでも死罪だけど、ついでに偽証罪まで追加されっと、簡単な死刑にはなんねぇよ。鞭打ち、爪剥ぎ、火炙り、水攻め……あとなんかあっかな?とりあえず、殺してくれって思うくらいの拷問の後に、チョン……だな」


 エドが首をはねる動作をすると、マーシャル・マンセットは歯をガチガチ鳴らして懇願してきた。


「拷問も死刑も勘弁してください。本当のことを喋ります!喋りますから!」


 マーシャル・マンセットは、アン・バンズに言われて私に弓を射たこと、思った以上に大事になったから、もしバレたらビビアンさんに罪をなすりつけるように言われたことまで話した。ビビアンさんが人前で私に矢が当たればいいのにと叫んだのは何人も聞いているから、誰もが彼女のことを首謀者だと思う筈だからと。


 ……彼女って、ウェブ小説の主人公じゃなかったっけ?誰もが羨むような美貌をもちつつ、謙虚で頑張り屋で少し天然。そんな愛されキャラの彼女が、王子様達に求婚されながらも、一途(途中流された場面も多々あったけどね)にミカエルとの愛を育むとかいう、バリバリの恋愛小説のヒロインだったと思ったんだけど……。


 悪役令嬢の間違いじゃないかな?


「あの女……許さねぇ」


 ドカッと音がして音がした方向を見ると、壁に大穴が開いていた。


「エド!手、手!メアリー、薬箱」


 壁も被害甚大だけれど、エドの手も真っ赤になって血が滲んでいるじゃないか。


 メアリーがすぐに薬箱を持ってきてくれて、エドの手を濡らしたタオルで拭ってから薬を塗り、包帯をまく。


「おまえ、今のことを証言しろ!」

「はい!それはもう!それであの……俺……いえ私の刑は?」


 マーシャル・マンセットがおずおずと聞いてきて、エドにギロッと睨まれる。


「ヒッ……」


 マーシャル・マンセットはチビリそうな勢いで恐れ慄いている。いや、ここでチビらないで。侍女達が可哀想過ぎるから。


「エド」


 あまり脅かさない方がいいよと、エドの拳を撫でる。


「禁固刑は確定だ。普通なら死刑だけど、禁固刑だけですむかどうかはおまえがどれだけ正直に話せるかによるな」

「はい!正直に話します!」


 エドが指示を出すと、応接間の前で控えていただろう騎士が現れてマーシャル・マンセットを連れて行く。


「ちょっと!私は無実でしょ。家に帰れるのよね?!」


 騎士に両腕をつかまれそうになり、ビビアンさんがジタバタと暴れている。


「あんた、暴言吐いただろ。言ったろ、アンネは準王族扱いなんだって。王族に暴言吐いたら禁固刑だっつうの」

「エド、さすがにビビアンさんが可哀想だよ。それに、王族に暴言吐いたら禁固刑って、私、最初からエドにけっこうズケズケ言ってた気がするけど」

「おまえのは……愛情があるからいいんだよ」


 悩んだね。

 お互いに暴言を吐きあった自覚はある訳だ。ちなみに、最初から愛情があったわけではないからね。


「その女は、自宅謹慎だ。それでいいよな」


 ビビアンさんに目をやると、うんうんと頷いているので、騎士にビビアンさんを家に送るように頼んだ。


「明日、大会最終日だからな。あの女、壇上に上げて断罪してやる」


 エドがボソリとつぶやいた。


 え?小説にはなかったけれど、断罪イベントが発生するの?




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