第56話 アンの狩猟大会…アン・バンズ視点

 ★★★アン・バンズ視点★★★


「君の為に、沢山仕留めてくるから。必ず五位以内に入るよ」

「ミカ様、お怪我だけはしないでください」

「ああ、行ってくる」


 立派な馬に上等な乗馬服、背負った弓は引いたことがあるのかしら……というか、矢が前に飛ぶかも怪しいもんだわ。ほんと、見た目だけ男よね。


 なんて考えていることを微塵も出さず、私は両手を胸の前で組んで、狩猟大会に参加するミカエル様を送り出す。


 真っ先に森に入って行ったミカエル様だけれど、別に狩猟は早い者勝ちっていう訳じゃない。大会広場には、まずは大会の雰囲気を楽しもうと会場をうろついている男性や、几帳面に装備を確認している男性など、まだ沢山の大会参加者が残っている。


 そんな参加者達を眺めながら、私は彼らの衣服や馬などを品定めしつつ歩く。


 学園は制服だし、華美な装飾品の携帯は禁止されているから、全員が全員似たように見えた。貴族名鑑なんてものもあるみたいだけど、顔と名前だけじゃ、誰にどれだけ資産があるかなんてわからないし、第一全員がヘノヘノモヘジに見えて、誰が誰だかさっぱりわからなかった。

 そんなんで、学園では誰がより金持ちかなんかわからないから、この狩猟大会は金持ちに目星をつける良いチャンスだと思うわけ!


 やっぱり男は金よ!次に体かしら。顔はより良い方がいいくらいね。


 本当はね、エドモンド第三王子が一番狙い目なんだけど、何故か私に靡かないのよね。ステファン王子は顔だけはミカエルレベルだけれど、やっぱり体にたくましさが足りないのよ。クリストファー様はつかみどころがないし……。


 数撃てば当たるじゃないけど、保険はいくらあってもいいじゃない?

 という訳で、お金を持っていそうな男を物色しないとだから、ミカエル様が早々に森に入ってくれて助かったわ。


 数人と接触して、ちょっとニッコリ笑ってボディータッチ多めにしたら、すぐにデレデレになって、男って本当にちょろいわよね。胸を強調する為に、ウエストを絞ったドレスを着て、ちょっとボタンを多めに外しただけで、視線はそこに釘付け。腕を組んで上目遣いで見上げれば、鼻の下が伸びっぱなしで、視線は顔と胸を行ったり来たり。


 とりあえず、十人くらいとデートの約束をとりつけ、さらに十五人くらいは私に狩った獲物をプレゼントするって約束をしてくれた。その中の誰かが五位以内に入れば、私も壇上に上がれるじゃない?

壇上に私が上がれば、きっと沢山の男が私に釘付けになるわ。そんな称賛の眼差しを集める私を見れば、エドモンド様だって改めて私の価値に気がつくわね。


 さらに金持ちの男を捜していると、超一流の馬具を付けた名馬の前にたたずむ男を発見した。男は後ろ姿だけしか見えないけど、馬にあれだけお金をかけられるなんて、かなりのお金持ちに間違いない!


「あ……ごめんなさい」


 よろけたふりをして、男の背中にしがみつく。さりげなく男の背中に胸を押し付けることは忘れない。


「大丈夫ですか、お嬢さん」


 ゲッ!


 振り向いたのは、馬鹿デカイ顔で顔面ニキビの男。


「なんだ、アン・バンズじゃないか」

「こ……こんにちは」


 完璧な笑顔が初めて崩れそうになった。


 いくらお金を持っていそうだって、こいつだけはないわ。あることないことホラを吹く嘘つき男で、自分の自慢ばかりして女子にうざがられてる奴。しかも、粘着質な視線とかマジキモイのよ。


「おまえも狩猟大会に招待されたのかよ」

「ええ、まぁ……。マーシャル君も大会に参加するの?随分立派な馬を連れているのね」

「ああ、そりゃ、俺の弓の腕前があれば、駄馬を連れていたって優勝間違いなしなんだけどな。何せ、百メートル先の林檎だって百発百中の腕前だからな」


 マーシャルは馬の首を叩いて自慢気に言うが、馬に威嚇されて慌てて飛のいていた。


 それ、本当にあんたの馬なの?


「そ……そうなんだ。じゃあ、早く狩りに出た方が良くない?」

「いや、他の奴にハンデをやらないとだからな。俺は午後くらいに森に行くつもりさ」

「そっか……。じゃあ、私はこれで」


 他の男には、媚びて獲物をプレゼントしてくれるようにお願いしたりもしたけど、こいつにだけは無理!


 そそくさと退散しようとしたのに、馬を放置(やっぱりあんたの馬じゃなかったんでしょ!)して、私の後をついてきてしまう。


 止めてよ!超迷惑だから!


 嘘八百な自慢話をしながら後ろを歩かれ、耐えられなくなった私はトイレに逃げ込んだ。しばらくトイレにたてこもり、マーシャルがよそ見をしたすきに入口とは反対側の出口から脱出し、とにかくマーシャルから離れようとしたんだけど……、どんだけあの男しつこいのよ?!


 目ざとく見つけて走ってきやがった!


「アン・バンズ、お腹をくだしたのか?」


 違うわよ!


「いい薬を持っているぜ。俺のテントに来いよ」

「大丈夫。ちょっと目眩がしただけですから。トイレで座ったらもう目眩も治りましたし」

「なら、余計に休憩した方がいいじゃんか。遠慮すんなよ。俺とおまえの仲じゃないか」


 どんな仲だよ?!


 やんわりと、でも頑として動かずに断っていたら、ヒステリックな声がテントの向こうで聞こえてきた。


「あんな子、間違って矢に当たればいいのに!」


 こいつを先ずは射て欲しいわ!


 テントの向こう側を覗いて見ると、派手に着飾った女子が凄い形相で去って行くところだった。


「なぁ、アン・バンズ、俺のテントにさぁ」

「ちょっと黙って!」


 さっきの女子は、四年で威張りちらしている貴族女よね?誰に怒ってたのかしら。あんな不穏なことを、周りに聞こえるように言うなんて、馬鹿な女。


「おい、これ王族のテントだぜ。覗いてるなんて思われたら洒落になんねぇよ」

「王族の?」


 もしかして、あの女の言ってたあんな子って……。


 しばらくテントを見張っていると、クリストファー様とステファン様と一緒にアンネの奴が出てきた。なんであんなチンチクリンが王子に囲まれてんのよ?あの場所は美しい私にこそ相応しいのに!


 そうだ……。


「……グズン」

「どうした?!いきなり泣き出したりして」

「マーシャル君だから言うんだけど、私……彼女のせいで酷い目にあっているの」

「か……彼女って?」


 マーシャルに擦り寄り、その胸に顔を埋めるようにして肩を震わせる。


 ウゲッ!香水つけ過ぎでしょ。しかも、体臭と混ざって鼻が曲がりそう。そのあまりの臭さに、本物の涙が出てくるのは良いけど。


「さっきのそばかすだらけの女子よ。彼女のせいで、間違われて伯爵家なんかに引き取られたせいで、酷い目に……。無理やり養女にさせられたばかりか、勘違いだったって放り出された挙げ句に、知りたくもなかった本当の親を押し付けられたの」

「ああ、そんな話は聞いて……」


 私は、マーシャルに抱きついて胸をグイグイ押し付けた。


「しかも、その親は本当に酷い人達で、子供を金のなる木としか思っていない毒親に寄生されて、今は善意のある人に援助を受けて生活しているけど、いつ金持ちの老人に売られることになるか……。全部、彼女がいたからこんなことに……」


 涙で濡れた瞳でマーシャルを見上げると、マーシャルは私の顔と、さらにその下の押し付けられた胸の谷間を凝視して唾を飲み込む。


 私はマーシャルの手を握って胸の前に持ってきて、それを胸に押し当てるようにする。


「彼女が憎くてたまらない。辛いの。私をこんなに酷い目に合わせておいて、幸せそうにしている彼女を見ると……。せめて、少しでも痛い目に合わせたい。こんなことを考える私を、マーシャル君は駄目な子だと思う?」

「い……いや、普通の考えだよ。俺だったら、相手に仕返ししてるだろうな。ああ、そうさ!殺してやるかもしれない」


 私はうつむいてマーシャルの手にキスをすると、ポロポロと涙を零した。


「マーシャル君ならそう言ってくれると思った。少し驚かすくらい、してもいいと思うでしょ?」

「ああ、おまえにはその権利があるさ」

「嬉しい!じゃあ、マーシャル君が代わりに彼女を驚かしてちょうだい。そうね……その背中に背負った弓を使って」

「え?……いや、これはさすがに」

「別に、当てなくていいのよ。少し掠めるくらいで。あなたの素晴らしい技術があれば、そんなこと造作もないでしょう?」


 それでも、骨も砕くような矢に射られたら、かなり大怪我になるでしょうけどね。


「そりゃ……でも……」


 あと一押しね。


「あなたが私の代わりに彼女を少ーし脅かしてくれれば……」


 マーシャルの胸元に指を這わせ、そのまま爪でひっかくようにクルクルと円を描く。


「くれれば?」


 マーシャルの声が裏返り、私はマーシャルの首に両手を回すと、その顔を引き寄せて耳元で囁いた。


「あなたのテントに行ってもいいわ」


 本当、男ってちょろい。

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