第55話 狩猟大会三日目…後半R15

 目の前には、クリストファー様とそれを取り巻く親衛隊の皆様。


「アンネ嬢、怪我の具合はどうだい?」

「クリストファー様のおかげで、腕にちょこっと刺さっただけですし、高価な傷薬を処方してもらいましたから、もう痛みとかはないんです。すみません、大会中なのに呼び出したりして」


 とりあえず、中庭が見える応接間に通し、円卓に皆様お通しする。クリストファー様の右側に三人、左側に四人、私は向かい側に座る。


 うん、皆様クリストファー様の元彼女達だけあって、見た目麗しい人ばかりだ。まぁ、私につかみかかってきたり引っ掻いたりしてきた時は、鬼のような形相だったけどね。


 もう和解したから、今更蒸し返さないけどさ。


「まあ、上位二人が馬鹿みたいに獲物を狩っていて、今更追いつけないからね」


 上位二人とは、ロイドお父様とエドだろう。最初、怪我をした私の看病をするんだと、大会を棄権しようとしたエドだったが、私の思いを聞いていたロイドお父様が、上手にエドを煽って大会を続けさせたのだ。

 その代わりに、私の怪我が治るまでという期間限定で、サンドローム邸に泊まる権利を得たエドは、毎晩私の部屋に忍びこんでは、ロイドお父様に撃退されている。

 それなりにイチャイチャする時間があるから、ロイドお父様が何気に絶妙な時間を見計らって部屋に突入してきている気がしないでもないけど。


「ただ……この状況は何かな?」


 クリストファー様の笑顔が珍しく引き攣ってみえるのは、どうやら気のせいじゃないらしい。


「この状況ですか?ファンサービスですかね」

「ファンサービス……ちょっと意味がわからないな」

「アンネさん、実は私達、全員揃ってクリストファー様にお会いするのは初めてなんです」

「え?そうなの?」


 いつも七人一緒にクリストファー様の追っかけをしているから、そういうもんだと思っていたけど……よく考えたらそうだよね。彼女達はみんなクリストファー様の彼女だったんだから、全員で会うことがあったら、そりゃただの乱パだよな。

 この全員を同じだけ好きだったとか……いや、無理だよね?


 逆に全員を同じだけ好きじゃない……ならいけるか?うわッ最悪じゃん。彼女達は本当にクリストファー様のこと好きなのに。


「アンネ嬢……心の声が表情に出ているよ。言いたいことはわかるけど、とりあえずは本題から頼むよ」


 なぜかグッタリしてダメージを受けたっぽいクリストファー様は、この集まりを早く終わらせたいようだった。


「私が矢で射られる少し前、そうですね……クリストファー様が王室のテントにやってきたくらいの時に、テントの周りにいた人間を思い出して欲しいんです」

「ビビアンさんよね。あと、その取り巻きの二人。なんか、あの三人言い争っていたわよ」


 最初に答えてくれたのは、親衛隊三位(クリストファー様の付き合った順番らしい)の伯爵令嬢であるルーテシアさんだった。一年上の五年生だが、同じ伯爵家だからかビビアンさんのことを知っていたらしい。

 それを肯定するように頷いたのは、私と同じ四年生の子爵令嬢のマリアーナさんと男爵令嬢のタニアさんだった。彼女達は親衛隊五位と六位と聞いている。彼女達の言う順位は、つまりは第一夫人、第二夫人とかの代わりのようだ。


「他には?」


 皆、顔を見合わせてあれは誰だったかと話し合う。凄く協力的なのは、目の前にクリストファー様をぶら下げているからか。


「男子生徒ですけど、三年のマーシャル・マンセットを見ました」


 三年の伯爵令嬢ナーニアさんと侯爵令嬢のカイリーンさんが手を上げた。


「マンセットって、ニキビヅラの男の子?毛先だけ金髪の」

「そう、そうです。茶髪を金髪に脱色してて、顔がやや大きめの」

「その子なら私も見ましたわ」

「私も。女子と一緒にいたわよね?顔は見えなかったけど」

「いたいた。金髪っぽい女子かな。なんか抱き合っているように見えたけど」

「あのマンセットと?どこの奇特な女よ。私だったら無理」

「私も無理。だってマンセットでしょ」


 三年生女子二人は、最悪!というように顔を顰めて「無理、無理!」を連発する。


 そこまで無理なマーシャル・マンセットっていったい……と思いつつ、そんなマーシャル・マンセットと抱き合っていた疑いのある金髪っぽい女子のことが気になった。


 それからも数人女子の名前があがり、クリストファー様の神経をゴリゴリ削ったお茶会は終了となった。


 ★★★


「ねえ、マーシャル・マンセットって知ってる?」


 狩猟大会から戻ってきて、お風呂に入ってさっぱりしたエドは、髪もまだ乾かないうちから、私の部屋でくつろいでいた。

 座っているエドの肩からかけたタオルを取り上げ、後ろから頭をゴシゴシと拭いてあげると、気持ちよさそうに目を細めている。


 大型犬を飼った記憶はないんですけどね。


「マーシャル……、マーシャル……誰だ?」

「同じ三年生らしいけど、クラスが違うのかな。ニキビヅラでちょっと顔が大きい」

「ああ!あいつか。毛先だけ金髪の奴な」


 他にニキビの男子はいないのかな?名前よりも特徴で把握されてるって、よっぽどパンチのある見た目なんだろうな。


「そいつがどうした?」

「ほら、ビビアンさんがうちらのテントを出た時に近くにいたらしいんだわ。ビビアンさんのつぶやきを聞いてる可能性があるのよね。その彼と、金髪の女子が一緒にいたみたいなんだけど、誰といたか聞きたいの」

「女子ねぇ。あいつ、女子に嫌われてるみたいだけど、話してくれる女子なんかいんのかな」

「そこまで?」

「話したことないから知らんけど、女子はガン無視だな。しつこいからキモイとか言われていたのは聞いたぞ」

「話せるかな?」


 エドは少し考えた後に頷いた。


「俺が明日連れてきてやる。ただし、会うなら俺も一緒だ」

「もちろんよ」


 エドは椅子の向きを変えると、私と向かい合った。膝と膝の間に挟まれ、エドが座っているから、いつもは見上げる視線が同じくらいになる。


「なあ、今日、クリフ兄様を呼び出したのって、それを聞く為だったのか?」

「まあ、そうね。ビビアンさんのつぶやきを聞いた人が、ビビアンさんに罪をなすりつけようとしたのかなって思って。だから、その時に周りにいた人が知りたかったの」

「だからって、二人で会うのは、いくら召使い達がいても……、いや、変な勘ぐりしてる訳でも、アンネを信用してない訳でもねぇぞ。相手はクリス兄様だしな。でもだな……」


 二人?何か勘違いしてない?


 言い辛そうに口ごもるエドは、私に男性と二人っきりになって欲しくないけれど、それを言ったらヤキモチ焼きで、器の小さい人間だと思われるんじゃないかと葛藤しているようだった。


「私が男の人と二人っきりで会うのが嫌なの?」

「嫌……な訳あるか!俺はアンネのこと信用してるし、変なことにはならねぇってわかってるからな!ただ、相手はわかんねぇじゃん。不埒なことしようとするかもしれねぇじゃん?だから、俺も同席した方がって……」


 私はエドの首に手を回すと、チュッとキスをした。


「不埒って、こんな感じ?」

「バッ……」


 エドの顔が真っ赤になる。いつもする方だから、されるのには慣れてないのかな?

 やだ、可愛いじゃん……と思ったのは最初だけだった。


「もっとだよ」


 ウエストを引き寄せられ、頭の後ろを押さえられた状態で唇が塞がれ、熱い舌がヌルリと口腔に入ってきた。

 傍若無人って、エドの舌使いを指す言葉じゃないの?!


 しばらくされるがまま口腔内を蹂躙されていたが、あまりの激しさにクテッとなってしまい、エドの膝にポスッと座り込んでしまう。


 酸欠よ!酸欠!気持ち良すぎて腰が砕けた訳じゃないからね。


「やらしい顔」


 エドは、ニヤリと笑って私の口の回りを親指で拭き取る。


「失礼ね!そうさせたのは誰よ」

「オ・レ」


 満足気にチュッとキスしてくる。


 いつもならば、これくらいのタイミングでロイドお父様が殴り込みに来るのだが、今日はまだこないようだ。


 エドがメアリーを買収して、ロイドお父様を引き止めていることなど知らない私は、エドにクリストファー様と二人っきりで会っていないと言うことをすっかり忘れて、いつもよりも少し長いイチャイチャタイムを楽しんだ。








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