第48話 十九歳になりました。
春が来て、新しい学年になった。
クリストファー様とミカエルは最高学年の六年生に、私は四年、エドは三年……、アンもかろうじて進級できたらしい。
そして私は誕生日を迎え十九歳に。いまだに衰弱もしていないし、病気にもなっていないから、今の目標は元気に一年過ごすこと。勉強も無理なく進めているし、誰かの過度な期待に押し潰されることもなく、ストレスもなく過ごせている。
まぁ、エドに婚約を急かされているのだけが、ストレスと言えばストレスと言えるかもしれない。別に不眠症にも摂食障害にもなるレベルではないけれどね。
ただ、二十歳が近づくにつれ、怖さを感じるようになった。多分、アンネローズも私も、ジワジワと死を意識するような死に方をした記憶が強いからかもしれない。
もし、私が二十歳で死ぬという運命を変えられないとしたら……。
そんな想像が最近は常に頭をよぎる。そんな時に思うのはエドのことで、気軽に彼の唯一になってはいけないんじゃないかって考えるようになった。
怖いとか痛いとか、そういうこと以上に、エドのことが大切で、もし私に何かあった時、エドはそれから長い人生を一人で生きないといけないのだから。
せめて二十歳を超えれたら……。
色々理由をつけてアレやコレや延ばしているから、そろそろエドがブチ切れそうな気がしないでもない。
「ねぇねぇ、あの方よね?素敵ねぇ」
学食で先にお昼を食べつつエドを待っていた時、ざわついた中に女子生徒達の声が聞こえてきた。
あの方?
うちの学園の一番人気はミカエルだ。二番人気はクリストファー様。ちなみにエドは圏外なんだよね。私には一番格好良く見えるけどさ。
女子達がキャーキャー騒ぎながら指差す先に目をやると、そこにはなんとエドがいた!
ただし、キャーキャー言われているのはエドではなくて、エドの横を歩いている男性で、ミカエル並みにヒョロッとしていて、女性に見間違えそうなくらい整った顔立ちをしていた。プラチナブロンドの髪の毛はやや長めでキラキラとうねり、空色の瞳は澄んだ春の空の色をしていた。
「アンネ、紹介するよ。ステファン・シャンティ。シャンティ国の第二王子だ」
「初めまして、可愛いお嬢さん。ステファンと呼んで欲しいな」
ニッコリと手を差し出され、その軽い感じに既視感を覚えた。このチャラさ、クリストファー様だな。見た目がミカエル並みのイケメンで、態度がクリストファー様とか、最強にモテ要素しかないよね。私は苦手だけれど。
そんなステファン様の手を、横からサッととったのはエドだった。
「僕は男と手をつなぐ趣味はないんだが」
「それは俺も激しく同意だ」
エドは私の前の椅子を引いてステファン様の肩を押して座らせると、エドは私の横にやってきて座った。
「こいつは四年のアンネ・サンドローム。俺の恋人だ」
「ふーん、恋人かぁ。婚約者ではないんだね。じゃあ、僕がアプローチしても問題はないよね」
エドを徴発するような口調は、私に気があるというよりも、ただエドをからかうのを楽しんでいるようだった。
私はウンザリとしつつ、エドの頬をムニッとつねった。
「何すんだよ?!」
「ムッツリし過ぎよ。初めして、ステファン様。私のことはサンドローム嬢でお願いします」
「え?アンネちゃんじゃ駄目?」
「駄目です。エドに無用なヤキモチをやかせたくないので、適切な距離でお願いします」
「ええ?みんな僕には名前で呼んで欲しいって言うのに」
「他人は他人、私は私です」
そう、ステファン・シャンティ。彼は小説ではアンに求愛するうちの一人だ。クリストファー様がふられた後に登場する当て馬王子。あれ、この人が出てきたということは、いつの間にクリストファー様ふられたんだろう?それとも、なかなか恋愛に発展しないから、時間切れで次が投入されてきたとか?
この人はなんでふられるんだっけなぁ?
そうそう、国にちゃんと婚約者がいるんだよね。で、側室になって欲しいとか言うんだったかな。しかも、婚約者はまだ十歳で手が出せないから、彼女が成人するまでって時間制限付きで。
最低だな、おい。
この留学の目的が、側室捜しだったかな。婚約者を大事にしたいなら、あと六年くらい我慢しろよって話だよ。
「本当に大事にしたい人がいるなら、やり方を間違えたらいけないと思いますよ」
「え?」
「女の子は小さくても女だから、子供だと思って侮らない方がいいですよ」
「ええ?」
あ……、婚約者の存在はまだオフレコだったっけ?
冷や汗が出てきたよ。
「エド、エドから聞きました。ね、エド。ステファン様の婚約者のこと」
「え?ああ、うん?」
ここは話合わすとこだよ!
エドの太腿をつねると、エドはビクッと肩を震わせる。
その、「なに?なんで?」みたいな顔は止めなさい。
ステファン様の表情が、笑顔が消えて胡乱げになっちゃってるじゃん。
「とにかく、ステファン様が婚約者ちゃんのことを大事にしているように、私もエドが大事なんです。だから、エドをあまりからかわないでくださいって言いたいだけです!」
「大事……」
エド、そこは感動している場合じゃないんだって。
「アンネちゃん、君、珍しい子だね」
「はい?」
「僕を見て嫌そうな顔をしたのは君が初めてだよ」
「すみません、私の美意識はエドが一番格好良く見えるんで、ちょっと特殊な感性していると思ってくれていいです」
「アンネ……って、特殊な感性ってなんだよ?!」
はいはい、そこは気にしないで感動していてくださいね。
「アンネちゃん面白いな。僕、アンネちゃんのこと気に入っちゃったよ」
「ハァッ?!だから俺の彼女っつってんだろ」
「エド、トーン下げようか。あんたがガンを飛ばすと、洒落にならないからね」
「何がだよ?!」
「顔」
エドがショックを受けたように黙り込む。単純なとことか、可愛いから止めて欲しい。
「君達、仲が良いんだな」
「普通ですよ」
「当たり前だろ」
ちょっと沈黙。
あまり苛めると、本当に面倒くさいことになるので、私は机の下でエドの手を繋いで、キュッと握り締めてみた。
「仲が良いのなんて普通でしょ。付き合っているんだから」
「アンネ……抱き締めていい?」
「止めて、人前でイチャイチャ禁止って言ったでしょ」
片手ではハグしてこようとするエドの胸を押してブロックしつつ、見えない机の下の手はエドのしたいように放置する。エドはしっかり机の下の手を恋人繋ぎにすると、それでなんとかご機嫌が直ったようだった。
「あら、ステファン様にエドモンド様、こちらにいらしたんですね」
いきなり背後から甘ったるい声がして、振り返るまでもなくその人物を把握する。
「やぁ、アンちゃん。君もお昼かい?」
ステファン様が気楽に返事をしたせいで、アンは勝手にステファン様の横に座ってしまう。
「アンちゃんはサラダしか食べないの?」
「ちゃんとお肉も乗ってますよ」
鶏のささみね。それだけスタイル良くて、まだ美容に貪欲ですか?
「エド、お昼取りにいっといでよ。ステファン様のも取ってきましょうか?」
「ううん、僕が行くよ。何があるか見たいから」
エドとステファン様が席を立ち、私とアンが斜向かいに座って取り残される。喋ることもないから、私は食事の続きを食べ始めた。
「ミカエル様が最高学年になったじゃないですか」
いきなりのミカエルネタに、私は口をもぐもぐさせたまま頷いた。
口に物を入れたタイミングで話しかけないで欲しいわ。
「今年こそは婚約して欲しいってお願いされてるんですけど、私……迷っていて」
「……(モグモグゴックン)」
私の反応をチラチラ見ながら話していたが、私が気にせずご飯を食べ出すと、ベラベラ話しだした。
「ほら、アンネさんのせいで、私は伯爵家に間違って引き取られて、その挙げ句、会いたくもなかった本物の両親に引き取られることになっちゃったじゃない?」
「……」
噛むの忘れて、飲み込みそうになっちゃったじゃない。
「そのせいで、上位貴族か王族に嫁げって言われてるの。できなかったら、平民のじいさんの後妻にやるって言われたの。しかも、そのクソ両親が王都に出てきて、その生活費までたかられてるんだから。全部アンネさんのせいよ」
誰のせいだって?
耳がおかしくなったかな?
「だからね、アンネさんは私に協力する義務があると思うの。だからね、王子様のどっちかか……ステファン様でもいいわね。彼らとの仲を取り持って欲しいの」
なんか、ここに異世界人がいるよ。何言っているか理解できないんだけれど……。いや、私の中身が日本人だから理解できないのかな?日本人が書いた小説のヒロインの筈よね。
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