第49話 アンの主張…後半クリストファー視点
「えっと……ミカ……ブルーノ子爵令息じゃ駄目なの?プロポーズされてるんだよね」
アンはプッと笑い出した。
「彼、見た目は最高だけど体はいまいちじゃない?それに子爵令息って言っても次男だし。今は色々してくれてるけど、結局は貴族じゃなくなったら……ねえ?ただ顔がいいだけじゃない?」
そうそうなんて頷けないんだけど。一応、前の婚約者だし、その顔がいいだけの男を、婚約者がいるのに寝取ったのは誰よ?って話にならない?
「クリストファー様は、前の感じならいけたかもしれないけど、今は少し近寄り難いというか、つかみ所がない感じがするのよね。ステファン様はミカエルと同じで、やっぱり体がねぇ。流行りじゃないけど、私的にエドモンド様はイケてると思うのよね。顔はアレだけど、体は最高じゃない?」
最高だよ!顔だって最高だけどね!
って……ちょっと待って、アンが狙ってるのって、消去法でエドにならない?
「エドと……付き合ってるんだけど」
けっこう有名になったかなって思ったんだけれど、知らなかったかな。
「知ってるわ。付き合ってるだけでしょ?それに、王族は一夫多妻じゃない?貴族は一夫一婦制なのにね」
「協力は……無理かな」
「え?何で?」
何で?!そこに理由なんかいらんだろうが!
「何が無理なんだ?」
エドとステファン様がお昼のプレートを持って戻ってきた。
エドはさっき座っていた私の隣に、ステファン様は、なぜかお誕生日席に椅子を移動させて、私の横に座った。
「アンナさんたら酷いんです……」
「え?(私?)」
「皆さんを独り占めしたいみたいで、私も仲良くなりたいですって言ったんですけど……無理って」
目を潤ませて俯く仕草は、男性ならばグッと心をつかまれることだろう。その濡れた長い睫毛が揺れ、ポトリと涙が机に落ちる。
完全に私を悪者にしていない?ここにいたのがミカエルだったら、確実に私のこと怒鳴り散らしているよね。
エドに目をやると、肩を震わせて横を向いてしまっていた。
「……エド?」
アンのあざとさに騙されちゃった?
エドの肩に手を置くと、振り向いたエドに手を振り払われ……はしなかった。逆にギューギューとハグされる。
いや、だから、ハグ禁止だってば!
「独り占め……最高だな」
感動かよ?!……って、そう思いながらも、心の底ではホッとした自分がいる。
「皆さんって言ってたよね?その中には僕も入っているのかな?」
「入るか!俺だけだよな?」
「僕も入れて欲しいなぁ」
呑気な声は、ステファン様だ。
「アンネさんは狡いわ。アンネさんのせいで、私は今凄く辛い目に合っているのに、私に意地悪なことばかり……」
私を抱き締めて離さないエドを攻略するのは諦めたのか、アンはステファン様の方に向き直って訴える。
「アンネのせい?ハァッ?!おまえ頭おかしいだろ!」
「エドモンド様まで酷いわ。アンネさんのおうちの事情に巻き込まれて、勘違いから養女になんかされなければ、知りたくもなかった本当の親とやらは現れなかったし、あの毒親に無理難題をふっかけられることもなかったわ!私は、地道に花を売りながら、平凡な幸せがあれば良かったのに……」
その、平凡な幸せとやらは、人の婚約者に手を出すことで得られたもののことかな?
アンはポロポロと涙をこぼしながら、ステファン様と視線を合わせ、それから勢い良く立ち上がって走って学食を出て行った。
アンの座っていた椅子は倒れ、大きな音をたてたことで学食にいた人達から注目を浴びる。
「あー……追いかけないんですか?」
明らかにステファン様を見てから走り去ったアンは、彼が追いかけてきてくれるだろうと思っているに違いない。
わざとらしさは否めないが、悲壮感はアピールできていたし、あの美貌にクラクラこない男子は、エドくらいのものだろう。エド偉い!
「なんで?僕が?」
ステファン様は、そう言いつつも倒れた椅子は直してくれるらしい。アンが倒した椅子を元の位置に戻すと、そこに座り直して食事を始めてしまう。
「いや、なんか、ねえ?」
この三人だったら、追いかけ枠はステファン様しかいないというか、女子に甘々なステファン様ならば、追いかけて慰めるくらいはしそうだからだが、本人にはそんな気はさらさらなさそうだ。
「だってさぁ、なんか面倒くさそうじゃん?」
「まんまですね」
「それにさ、確かに僕は婚約者ちゃんが一番大事なんだよ。彼女をたててくれて、それこそ姉のように彼女を見守ってくれるような側室を捜しているのは本当。あの娘は無理そうだよね」
虐め尽くすと思います……と、私もエドも、素直に頷いてしまう。
「じゃあ、いらないなぁ。関わる意味ないよね」
婚約者ちゃん以外の女性は、彼女にプラスにならない人間はゴミくらいに思っていそうだな。
なら、彼女一途でいればいいのに。
「アンネちゃんならさ、婚約者ちゃんの立場に立った立ち居振る舞いができそうだよね」
「それは好きじゃない相手だからでしょ。もしエドに婚約者ちゃんみたいな人がいたら絶対に無理だよ。ヤキモチやいたら意地悪しちゃうかもだから」
何故でしょうか。男性二人が悶えているのは?
「うちのアンネ、可愛いだろ」
「うん。僕の婚約者ちゃんを除いたら、一番可愛いかも。新しい扉が開いた気がするよ」
「そんな扉は瞬時に閉じてください」
「無理かもぉ。アンネちゃん、まじで僕の側室にならない?二人で婚約者ちゃんの成長を見守ろうよ。すっごく純粋で可愛い子だから」
「無理です」
この時、すっかりアンの存在を忘れていたのはしょうがないと思う。
★★★クリストファー視点★★★
最終学年になり、僕はほぼ学園には顔を出さなくなっていた。それでも学園に来た時には、エド達の顔を見に学食に顔を出すようにしていた。
今日も一週間ぶりに学食に向かう途中、角を曲がった途端に走ってきた生徒にぶつかられた。
「ごめんなさい」
そこまで痛くなかったのは、そんなにスピードがでていなかったからか、僕が来るのを見定めて飛び出して来たからか。
後者みたいだね。
僕の胸に飛び込んでくる形になった女子生徒は、涙で濡れた瞳を隠すことなく、わざとらしく目をパチパチさせて涙を零して見上げてきた。
女性慣れしていない男子ならば、一発で騙されて親身になってどうしたのか聞くかもしれないね。あわよくば……ってのを期待してさ。
「……クリストファー様。あ、ごめんなさい。涙が制服についてしまったかも」
「大丈夫だよ」
女子生徒はアン・ゴールドバーグ、いや、名前を戻したんだっけ?さらに代わったとかも聞いたかな。興味がなかったから記憶にないけど。
「クリストファー様……」
胸に縋られそうになり、さりげなく肩に手をかけて距離をとった。
「これからは気をつけてね」
彼女の涙は見て見なかったふりをして通り過ぎようとしたら、横から腕にしがみつかれた。腕に当たる感触はなかなかの物だが、別に大きな胸が好きというわけじゃないし、最近はささやかくらいの方が好ましいかな……って、いや、誰のとかじゃないんだけど。
「何?」
嫌悪感が隠しきれなかったよ。かなり冷ややかな声が出たが、腕に絡みついた手は離れなかった。
「あ……あの、実はお話があって」
「はあ……、学園は身分不問を掲げているけど、さすがに王族の体に気軽に触るものではないよ」
「ごめんなさい。私、最近まで平民だったから、礼儀とか疎くて」
アン嬢は、僕の腕にしがみつくのは止めたが、相変わらず距離が近くて、甘ったるい香水の匂いが鼻につく。
「悪いけど、不愉快だから止めてもらえると嬉しい。あと、君の相談事を聞くほど、君と親しかった記憶もないな」
「エドモンド様のことなんです」
「エド?」
エドとアン嬢はクラスメイトではあるが、そこまで親しい友人ではない……というか、アンネ嬢のことがあったから、どちらかというと毛嫌いしている筈だ。
「あの……」
言いにくそうにチラチラ上目遣いで見られ、心底ゲンナリする。何だかんだ言いながら、人目のない場所へ誘っているのだ。
「いいよ」
「じゃああっちの……」
「ここで話してくれて」
袖を引かれて、空き教室に連れ込まれそうになったが、わざと壁に寄りかかって腕を組み、さぁ話してくれと急かす。
「さっき、エドモンド様とアンネさん、ステファン様とお昼を一緒にしたんです」
「へぇ、意外な組み合わせだね」
「アンネさん、エドモンド様というお付き合いをしている方がいるのに、ステファン様にも色目を使っていて、それに気付いていないエドモンド様が可哀想で」
「アンネ嬢がステファン殿下に好意を示したってこと?」
アン嬢はコクコクと頷く。
「しかも、私のことを悪者にして、男性に媚びるような態度を取るんです。彼女のことを昔から知っているミカエル様などは、彼女のそういう小狡いところが嫌だったって言ってました」
「ふーん」
嫌ならすぐに婚約破棄すれば良かったのに。僕みたいにオープンに多数と付き合うならまだしも(一夫多妻の王族だから可)、婚約者に黙って他の女性と関係を持つような男に小狡いと言われてもな。
「ミカエル様の気が引きたくて、物事を大袈裟に言ったり、嘘ばかりついたり、挙句の果ては人を貶めるようなことをしてまで自分を良く見せようとしていたそうです」
「ふーん」
少なくとも、アンネ嬢に仕えていた侍女や侍従からは、そんな話は聞かないけどね。彼らのうちの数人は僕についてもらってる人もいるけれど、アン嬢の悪口は聞いても、アンネ嬢の悪口は聞かないね。
「エドモンド様に取り入ったのだって、自分をふったミカエル様に仕返しをしたかっただけなんです。だから、次はステファン様に色目を使ってるんですわ。ほら、タイプ的にはステファン様ってミカエル様に似ているから。アンネさんはミカエル様を忘れられないんです」
それなら、僕でもいいよね?あそこまで中性的じゃないけど、エドよりはあっち寄りだと思うんだけどな。
呪いなんてものがなければ、弟の彼女でも全力でアプローチするんだけれど……。まぁ、アプローチしたところで、あの二人の間に割り込めるとも思えないけど。
「アンネ嬢がミカエル君を忘れられないとして、それをミカエル君を奪った君に言われたくはないと思うよ」
アンネ嬢は、なんだかんだ言いながら、エドにべた惚れってのは、見ていればわかるんだよ。彼女を見ていればよくね……。
「あれは……。お互いにどうしようもないくらい惹かれ合ってしまう、そういう出会いってありますよね?急速に燃え上がった恋は、持続するのは難しいですが……」
おいおい、一人で冷めちゃいましたみたいな言い方をしているけれど、ブルーノ子爵家所有の家に住んでるって報告受けてるけど?なんなら、生活費全面子爵令息のポケットマネーから出てるらしいとも聞いてるんだがな。
もう、相槌をうつのも馬鹿らしくなった。
「僕は、僕の目に映った物だけを信じるよ。多分、エドも同じだろうね。君が言っていることは、公爵令嬢を誹謗中傷していることになるんだが、その自覚はあるんだろうか?」
「え?」
「平民が貴族を罵った場合、鞭打ちだっただろうか?王族が相手なら極刑かそれに準じる刑罰だったかな。それは元平民の君の方が詳しいよね。ちなみに、元平民の君に教えてあげるよ。公爵ってね、ほとんどが王族なんだよ。アンネ嬢の父親になったサンドローム公爵は、祖父の弟でね、アンネ嬢は父の、国王の従兄妹になるんだよ」
「……」
「今聞いたことは、聞き流しておいてあげるよ。でも次、君の口からアンネ嬢を陥れるような内容の話を聞いたら、その時は僕も大叔父様に報告しないといけないだろうな」
アン嬢の顔色がサッと悪くなる。
平民にとって、貴族は絶対的権力者だった。平民の時の植え付けられた記憶や、育ての母親から聞いた残虐な刑罰の記憶が蘇ったようだ。
「私はそんなつもりでは……。ただエドモンド様が心配だっただけですわ」
「うん。そうだろうね。じゃあ僕は行くけど、まだ何か話があるかな?」
「ありません」
ニコヤカに問いかけると、アン嬢は横に避けて道を開けてくれた。
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