第47話 同類…アン・バンズ視点

★★★アン・バンズ視点★★★


「冗談……ですよね?」


 私は涙を潤ませてお母様の手を握った。今まではしっかりと握り返してくれていたお母様が、まるで汚い物にでも触られたかのように、私の手を振り払った。


 本当に血は繋がっていなくても、あんなそばかすだらけのチンチクリンよりは可愛がられる自身はあった。だから、万が一バレたとしても同情を引けるように、愛らしい娘を演じてきた。


「お父様……」


 お母様よりは距離はあったけれど、結局は男性だもの。お父様の方が落としやすいかもしれない。

 ちょっとしなだれかかって女を見せれば、私を違う意味で側に置きたいって思うかもしれないし。


「出て行ってくれ」

「でも、私はお父様とお母様の子供になりましたよね?さっき、養子縁組の書類にサインしてくださったじゃないですか。アンネさんも養女になってしまったし、私以外に娘はいないですよね」


 お父様に手を延ばそうとして、その手を叩かれた。


 は?


「そうだ、すぐに王宮に行って、さっきの書類を撤回しなくては!まだアンネの方も書類は受理されていない筈だ!」

「あなた!」

「おまえはパーティの客を頼んだ。私は王宮に行ってくる」

「わかりました」


 お父様はマントを羽織り、すぐに屋敷から出て行ってしまい、お母様は蒼白ではあったがクリスマスパーティの会場に戻って行ってしまった。


 貴賓の間に置き去りにされた私は、会場に行くべきか自分の部屋に戻るべきかわからず、貴賓の間でウロウロとしていた。


「アン様」


 部屋に入ってきたのは、元私付きの侍女のメアリーだった。

 彼女は、顔を合わせた瞬間から気に食わないことばかり言うから、この屋敷に来たその日に解雇してくれと、お母様に泣きついた侍女だった。長く努めているから辞めさせられないと、とりあえずは私付きは辞めさて、客間侍女に落としてもらったのだ。


「とりあえずお部屋に戻りましょうか」

「部屋……そうよね。お父様もお母様も冷静になったら、私のことを考えてくれる筈よね。ええ、部屋に戻るわ。私付きの侍女のリラを呼んでちょうだい」

「リラはパーティの方に駆り出されてます」

「じゃあ、あなたでいいわ。寝る支度をしてちょうだい」


 部屋に戻り、ドレスを脱がせてもらったが、ネグリジェを用意するでもなく、メアリーという侍女は部屋から出て行ってしまった。


「本当に使えない女ね!」


 私は下着のままベッドに横になり、そのまま寝てしまった。


 朝……というよりは昼に近い時間、化粧も落とさずに寝てしまったせいで、顔がゴワゴワして気持ち悪くて目覚めた。起き上がってベルを鳴らしたが誰もこない。ガウンを羽織り、部屋から出てみた。いつもならば、誰かしらいる筈の廊下は静まり返り、まるで人がいないかのようだった。


「誰か!誰かいないの?!」


 誰も出てこない。

 色々歩き回り、玄関のところまで行くと、執事のセバスがいた。


「ちょっと、誰もこないんだけれど、何をしているの?!」

「侍女も侍従も退職いたしましたので、誰もいないのですよ」

「は?」


 セバスの言うことが理解できないでいると、一晩でゲッソリやつれたお父様が帰ってきた。


「お帰りなさいませ、旦那様」

「マリアは?」

「まだお休みです」

「お父様!」


 私がガウン姿でお父様に抱きつくと、思いっきり振り払われた。


「セバス!この女を叩き出せ!!養子縁組は解消した」

「お父様……」

「うるさい!たかだか男爵家の娘の分際で、馴れ馴れしくお父様などと呼ぶな。おまえのせいで、私は、ゴールドバーグ家は、跡継ぎを失ったんだぞ!」

「では、アンネお嬢様は……」

「朝まで、我が王に謁見は叶わなかった。朝には、アンネローズの公爵家との養子縁組が纏まっていたよ」


 セバスの問いにガックリと肩を落としたお父様は、とぼとぼと階段を上がって行く。私の方など、一度も見ることはなかった。


「アン様、旦那様のご命令です。いますぐにこの屋敷をお出になってください」

「は?着のみ着のまま追い出すというの?」

「何をおっしゃいますか。アンネお嬢様も、何もお持ちにならず屋敷を追い出されたではないですか」

「私はガウンしか着ていないのよ!」


 セバスは、侍女達の支度部屋からメイド服を持ってくると、私にそれを手渡した。


「ではこちらをどうぞ。侍女達がいなくなった今、これを着る人間もおりませんし、返却しなくてもけっこうですから」

「な……」


 私は、ガウン姿がでメイド服を片手に、ゴールドバーグ邸から追い出された。

 行くところのなかった私は、とりあえず前に住んでいた家に戻ろうとした。家の近くまで戻ると、ちょうど私が住んでいた長屋に人が集まり、フリーマーケットのような状態になっていた。


「ちょっと、人の家で何してんのよ!」

「この部屋に住んでいた娘さんが引っ越すとかで、荷物はほとんどいらないから、好きな物を貰っても良いって言われたんだよ」


 まさに私が住んでいた部屋から、色々荷物を運び出している真っ最中で、私は慌てて彼らを止めた。


「止めて!ここは私の部屋よ!あんた達、荷物を返さないとただじゃおかないから!」


 群がっていた貧乏人達を、落ちていた箒を振り回して蹴散らしたが、家の中はほとんど物がない状態になっていた。

 ベッドさえも運び出された後で、どうやってここで寝たらいいのかもわからない。


「もう……なんなのよ」


 私は、床にペタンと座り込んでしばらくボーッとしていた。


 こんなことなら、前のままの生活の方が良かった。

 貧乏男爵の五女?

 この私が?完璧な美貌の私が?

 あのそばかす女が公爵令嬢になって王子に愛されているのに、私は平民の老人の後妻になって、他人の子供の母親になれですって?


 いや、それはないわ!ミカエルが私をそうはさせない筈。


 それから、年末は震えながら何もない部屋で過ごした。

 ミカエルがうちに来たのは新年明けて三日目だった。泣きながら、私がこんな酷い目に合っているとは思わなかったって言ってたけれど、あの時は抱き合って泣いたけれど、正直激怒して張り倒したかった。


 すぐに家財道具や衣服その他を購入してくれたけれど、そんなことぐらいじゃ絶対に許さない。吸い取れるだけ吸い取って、利用し尽くして捨ててやる。

 まだ、ミカエルの助けが必要だから、それまではせいぜい甘えてあげる。好かれてるって信じさせてあげる。


 そして二日がたち、いきなり私のところに血が繋がった両親がやってきた。


 ヤコブ・バンズ男爵に、ナザリア・バンズ男爵夫人。父親はくすんだ金髪に地味な茶色い瞳をしており、母親は白髪まじりの黒髪に濁ったような緑の瞳をしていた。痩せぎすの父親に小太りで体型の崩れた母親、自分の遺伝子はどこにあるんだろうというくらい実の両親には見えない。ゴールドバーグ伯爵夫人の方が、よほど親子らしかったかもしれない。


「おお!昔の君に良く似ているよ、ナザリア」

「ほんとね。サーシャみたいな冴えない娘、私の娘だなんて思えなかったのよ。上の娘達みたいに貴族に嫁がせられる見てくれじゃなかったから、金持ちの後妻にやったけれど、これだけの美貌なら、あのジイさんにやるのはもったいないわね」


 母親の視線は、会えなかった娘に対する愛情が溢れるものではなく、商品を値踏みするようながめつい商人のようだった。


「そうだな。これなら、高位貴族どころか王族にだって求められるだろうよ」

「でも、あのジイさんはこの子を見たら、こっちを後妻に寄越せと言ってくるわよ」


 鳥肌が立った。

 再会を喜ぶよりも、私の商品価値を値踏みするような両親に。

 でも、こんな人達だからこそ、私の価値を高く評価すればするほど、私をより条件の良い相手に売ろうとする筈。


「お父様、お母様、お会いしたかったです」


 私は涙で潤んだ瞳で二人を見つめ、膝をついて二人の手を握った。

 この角度だと、涙で揺れる長い睫毛とか、上目遣いの眼差し、高い鼻筋に艷やかな唇、全てがより美しく相手に見せることができるのよ。両親だから意味はないかもだけれど、自慢の胸の谷間もくっきり見えるしね。


「私……実は子爵家のご令息様から求婚されているんです」

「子爵家?」

「ブルーノ子爵家のミカエル様です。キングストーン学園では、第二王子様や第三王子様とも懇意にさせていただきました。特に第三王子様は同じクラスで。残念です。もっと学園に通えるなら、さらに親しくなれたでしょうに……」


 さも好意を持たれていたんだというような口調で言うと、やはり両親は食いついてきた。


「王子様方と懇意に?!」

「はい、とっても」


 両親は目を見合わせて、ニンマリと笑うと頷いた。


「せっかく学園に入学していたのなら、やはり勉強は続けた方がいい。ジャズダラさんには私の方から断っておこう。サーシャもあちらで子供を二人も産んだのだから、今更離縁するのも可哀想だ。あのままジャズダラさんの妻でいた方が、裕福に暮らせるだろうしな」

「でも、学園はもしかしたらもう退学になっているかも。ゴールドバーグ伯爵家に追い出されてしまいましたから」

「もし退学になっていても、暮れまでは通っていたんだろ?入学金はまけてもらうように交渉しよう。学費は……なんとかなるさ。王子に見初められれば良し、最悪はその子爵家の息子だっているんだから」


 つまりは、学費を肩代わりしてくれるような男をつかまえてこいということだ。


「ええ、お父様。ここの家賃や生活費もミカエルが出してくれているの。私が学園に戻る為なら、学費くらいなんとかしてくれるわ」

「そうか、そうか!」

「さすが私の娘ね。私達も、来月には王都に出てくるから、これからは親子水入らず過ごせるわ」


 笑顔が引き攣るのを隠すように口に手を当てる。


「まぁ!お父様達も王都に?王都にセカンドハウスがおありになるの?」

「ハハハ、そんなものある訳ないじゃないか。うちはしがない貧乏男爵家だ。しかし、さすがにこのボロ屋に親子三人はな。一応爵位もある訳だし」

「そうね。さすがに豪邸まではいらないけれど、五部屋以上ある一軒家がいいかしら。侍女も数人欲しいわね。アン、私達が出てくるまでに用意しておいてちょうだいね」


 何をほざいているのかしら?貧乏男爵家が、王都に侍女が必要なくらいの一軒家って、どれだけ維持費がかかるかわかっているのだろうか?


 頬が引き攣るのを、もう隠せなかった。


「まぁ、無理なようなら、やはりアンにはジャズダラさんのとこに後妻に入ってもらって、今まで通り彼に援助を頼むしかないかな」


 その二択しかないの?

 両親の王都での生活を面倒見るか、金持ちの色ボケジジイの後妻に入るか。


 マジで、本当の両親なんか見つからなきゃ良かったのに!


「……わかりました。ミカエルに相談してみるわ」


 私はミカエルに泣きついて、学費の援助と、ブルーノ子爵家で所有している王都外れにある小さな一軒家を使わせてもらうことになった。侍女についてはミカエル付きの侍女を一人、日替わりで寄越してくれることを頼み……。


 そして冬休みが明けて、私はアン・バンズとして学園に通うことになった。






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