第44話 サンドローム公爵邸
「お嬢様、お帰りなさいませ」
王宮に近い場所というか、ほぼ王宮の中だよね?……にあるサンドローム公爵邸は、大きさこそ大きくないが、騎士団詰め所の隣とか、凄い立地にあった。超防犯!
しかも、出迎えてくれたのが、私が生まれた時からいたような古参の侍女や侍従ばかり。料理長のケントまでいて、少人数ながら精鋭粒ぞろいという感じだ。
この大きさの屋敷ならば十分足りる人数ではあるが、なにせお年寄りばかり。プロフェッショナル感は十分だけれど、腰は大丈夫?と心配にもなる。
よし!自分のことは自分でやろうと、決意した初顔合わせだった。
「よろしくお願いします」
私が頭を下げると、侍女頭だったルーシーが涙をハンカチで拭う。
「お嬢様がいきなりいなくなって、どんなに心配していたか!メアリーから毎日報告は受けていましたけれど、みな涙を流して聞いていたんですよ。お休みの日は、お嬢様の護衛を買って出たりして、私も何回も及ばずながら見守らせていただきました」
え?
エドも護衛をつけていたって聞いたけれど、屋敷の人達も?
アンネローズは愛されていたんだなと実感する。私は二年間のなんちゃってアンネローズだから、彼らに愛されていたのは以前のアンネローズだ。もし、アンネローズが衰弱死する前に彼女達がアンネローズの居場所を知っていれば、アンネローズは保護されていたかもしれない。
「ルーシー、私は全然平気。ほら、元気でしょ?」
「お嬢様〜」
両手を広げて元気アピールをしたが、着ている洋服の粗末さが目立ってしまい、さらにルーシーを泣かせることになってしまった。
屋敷に通されると、古いながら手入れが行き届いて住みやすそうだった。
新しい人がいないこともなく、執事長が現れて深々と礼をとった。
「アンネお嬢様、お初にお目にかかります。執事長のランドルフと申します」
真っ白い髭が特徴のランドルフは、よっぼよぼのおじいちゃんながら、背筋はピンと伸びて、ザ・執事という風体の男性だった。ロイドお父様が子供の時から仕えているというから、まさにアンモナイト的に化石な人物だろう。
「初めまして。アンネです。よろしくお願いします」
年齢と経歴に敬意を払ってお辞儀をすると、ランドルフは元から皺で隠れて開いていない目をさらにクシャリとさせて頷いた。
「はい。なるほど、エド様がお気に召した女性だけあって、お可愛らしい方ですな。私がお部屋までご案内しましょう。ルーシー、屋敷の案内をしつつ私がお嬢様の案内をするから、君は先にお部屋を暖めておいてくれないか」
「かしこまりました。お嬢様、後でお好きなお紅茶をおいれいたしますね」
「ルーシーさん、お嬢様のお世話は私の仕事ですよ」
私の荷物を持って後をついてきていたメアリーが不機嫌そうに言うと、ルーシーはメアリーの持っていた荷物を一つ持つと、「今日くらいはみんなでお嬢様をお世話させてちょうだいよ」と言った。
あれ?私の専属侍女はメアリーだったから、てっきりそれ以外の侍女は私のことには我関せずという感じなのかと思いきや、そうではなかったのだろうか?
「後で、伯爵家からきたみんなに挨拶したいな。もちろん、そうじゃない人達にもだけど」
「はい。皆喜びます」
私は一時メアリー達と別れ、ランドルフについて屋敷の案内をしてもらった。
食堂は小ぢんまりしていたが、私とロイドお父様二人で食事をするには十分過ぎる広さがあったし、談話室や遊戯室もちゃんと整っていた。
「シガールームはないんですか?ロイドお父様はヘビースモーカーと聞きましたけど」
「この屋敷は全面禁煙です。万が一吸いたい人間は、隣の騎士団詰め所のシガールームを使うようにとの厳命がありまして」
それは、ロイドお父様もだろうか?
「お嬢様のおかげで、四十年言い続けてきた禁煙を、ようやく実行していただけるようで、お嬢様には感謝しかございません」
「それは良かったですけど、ご無理させていたりしないですかね」
「健康の為には多少の無理は必要ですから。さて、こちらが図書室でございます」
「ウワァッ……」
ランドルフが重そうな両扉を開くと、二階まで吹き抜けになっている空間に壁一面の本棚、さらに可動式の書庫が並んでいた。窓が大きく南向きにある為、部屋の中はとても明るく、王宮の庭園に繋がって……って、やっぱり王宮の中にあるじゃないか。
「こちらの庭園は、王族専用のプライベート空間になっておりますから、窓を開け放して読書なさっても問題ございません。あと、こちらの棚はお嬢様が学園でお勉強なさっている内容に沿った専門書になっております。随時入れ替えていきますが、もしご入用の書籍がありましたら、おっしゃってください」
「学園の図書室よりもよく揃っているかも……」
「こちらの書庫の本は、エドモンド様の推薦された物が多く取り揃えられております。あと、こちらはメアリーが推薦した女性向けの小説ですね。お嬢様の趣味を網羅したと言っておりましたが、いかがでしょうか」
これまた、今まで読んでいたものの新刊がズラリと並んでいた。また、お気に入りだった小説もちゃんと全巻揃っている。ちょこちょこメアリーの趣味の本も入っているようだが、それも楽しく読めそうだ。
「完璧です。ヤバイです。年末はここに入り浸りそう」
「それもよろしいかと」
次に案内されたのは、部屋の真ん中に大きな水場がついた机があり、壁にガラスケースがある部屋だった。
「この部屋は?」
「はい、まだ花を仕入れてはいませんが、お嬢様は生け花が趣味と聞きましたので、生け花をする部屋でございます」
趣味というか、仕事だったんだけど。近所の主婦のおばちゃん達とも仲良くなれたし、契約してくれたお店とも親しくなれた。そのおかげで、凄く住みやすかったんだよね、あの一帯。一応挨拶もしてきたけれど、仕事の引き継ぎとかもしないとだし、私じゃないとって言ってくれている数軒はどうしようか?できれば続けたいとは思うんだけれど、公爵令嬢がアカギレ作って仕事するのは許されるだろうか?
「ララ・ベル衣装店とか、カサリナ靴店、他にも数軒で花を生けていたんですけど、続けることは可能ですか?」
「お嬢様がしたいことでしたら、誰もお止めする人間はおりませんよ。旦那様も、このベランダから出てすぐの場所に、お嬢様専用の温室を作ろうと計画してますし。伯爵家にいた庭師を温室担当に任命いたしましたので、温室に植える花で必要な物は、ダラスにご相談ください」
自給自足で仕事ができるとか、丸儲けじゃん。
次は私の部屋に通された。それこそ、南向きの一番良い部屋で、普通は主人の部屋を持ってくるところじゃないのかな?
「私がこんな良い部屋を貰っちゃって良いんですか?」
「もちろんでございます。旦那様は、領地とこちらのお屋敷を行ったり来たりになりますから、月の半分は屋敷にはおりません。毎日いるお嬢様に快適に過ごしていただけるよう屋敷を整えろというのが、旦那様の命令でもありますから」
それにしても気が引けるレベルで良い部屋だ。しかも、調度品もシックで派手ではないけれど、最高級品だというのは聞かなくても分かる。
長屋の部屋に慣れてきたところだったから、ここがモデルルームみたいに立派過ぎて、あの手作りの机や壁に開いた穴を少しだけ懐かしく感じてしまう。
「こちらの衣装部屋に、お嬢様のお洋服をご用意させていただきました。もしよろしかったら部屋着にお着替えになっておくつろぎください。何かありましたら、そちらのベルを鳴らせば、部屋付きの侍女が参ります。では、私はこれで失礼させていただきます」
「あ、あの、ロイドお父様は?」
「旦那様は王宮に呼ばれて外出なさっております。ご夕飯にはお戻りになりますから、一緒に夕飯をとろうとのご伝言を承っております」
「そうですか、わかりました。楽しみに待ってます」
ランドルフは礼をして出て行き、私は一人部屋に残された。
さて、部屋着に着替えると言っても、部屋着がすでに私の今着ている一張羅よりも遥かに高級そうだ。手触りもよく、どれも新品のようだが、ちゃんと一度洗濯されているようで、良い香りまでする。
「お嬢様、お洋服は頬擦りするものではなく、袖を通すものです」
「ワァッ、びっくりしたァ」
いきなり背後から話しかけられ、思わず飛び上がってしまう。
淡々とした口調から、振り返らなくてもメアリーだとわかるが、せめてまずは声をかけて欲しいなと思わなくもない。
「お着替え、お手伝いいたします」
「うん、よろしく」
平民の服は前開きで自分で着やすいものだかりだが、貴族の服は基本手伝ってもらわなければ着れないような作りになっている。
部屋着に着替える前に、まずは使用人達に挨拶しないとだし、さっきのルーシーみたいに号泣されても困るから、一応ちゃんとした格好をしとかないとだしね。
用意された洋服は、まさに私にジャストサイズだった。
そして後で知ったのだが、この部屋にある洋服の半数はエドが用意してくれたもので、私が選んだ一枚もエドが私の為に選んでくれた物だった。
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