第43話 新しい一日
「アンネ!」
目を開けると、眼前にエドとメアリーの顔があって、思わず悲鳴を上げそうになった。
「エドモンド様が無理させるからですよ!」
「いや、でも……最後までは……」
「こんなことになるなら、いくら取り引き条件が良くても、お嬢様と鬼畜王子様を一晩一緒に過ごさせるんじゃありませんでした!」
取り引きってなんのこと?
メアリーは、クリスマスパーティの後片付けで帰ってこなかったのではないだろうか?
鬼畜王子様は、新しいあだ名だね。悪たれ王子様が進歩した感じかな。
「お嬢様、お水を飲めますか?」
「大丈夫よ。ちょっと寝不足……だったせいかな」
エドに支えられてベッドから起き上がると、メアリーがくんできてくれた水を一口飲む。
あの夢が本当かはわからないけれど、もし本当ならば、私とアンネローズは時を逆上って入れ替わったのかもしれない……魂が。アンネローズの記憶があるから、てっきり流行りの転生物かと思ったけど。アンネローズの記憶は、脳が覚えているのかな?体に染み込んだ記憶?
どんな現象で今私がここにいるかわからない。わからないけれど、私の好きなように生きろと言ったアンネローズ。
あっちのわたしも人生を変えているようだし、私もこっちで違うアンネローズとして頑張るしかないよね。
普通なら、これで気持ちを新たにした私は新しい人生を歩み出した……みたいなエンディングになるんだろう。しかし、あいにくウェブ小説の世界かもしれないけど、私にとっては現実世界だ。
まずは……。
「お腹減った。朝ごはんにしようよ」
食べる物食べて、出すもの出さなきゃ、一日元気に生活できないもんね。あ、まずは下着を着ないと表にも出られやしない。
メアリーが持って帰ってくれた昨晩のパーティの残りを包んでもらったものを机に広げ、かなり豪華な朝食になる。
「そうだ、お嬢様。私、転職しました」
「はい?」
朝食を食べ終わった頃合いで、メアリーは新しいお茶をいれながらシレッと爆弾発言をする。
「私だけじゃないですね、料理長のケント、庭師のダラス、それ以外にも侍女や侍従の大半が昨日を持ちまして、ゴールドバーグ伯爵家との契約を破棄したようですよ」
「ああ、うちでもかなりの人数の再雇用を受け入れたよ」
エドの言ううちって、王宮だよね?そりゃ、王宮専属侍女になれるんなら、みんな伯爵家なんか秒で見限るよね。
「それじゃ、屋敷が回らなくなるんじゃない?」
「なるでしょうね。人手も問題でしょうけれど、全員に退職金を支払わないとですから、一時的な出費も馬鹿にならないでしょう。特に、勤続年数の長い料理長や古参の侍従や侍女には、それなりの金額が必要になりますからね」
そりゃ、うちは貧乏な方ではなかったけれど、特別に裕福な貴族でもなかった。
王都以外は人の住む場所じゃないと、田舎を毛嫌いしていたゴールドバーグ伯爵夫人は、私が覚えている限りは一度も領地に帰ったことがなく、それに付き合う形で伯爵もほとんど領地には帰っていなかった。領地経営は人任せで、領地での事業展開など考えてもいなかった為、裕福になりようもなかったよね。
私とミカエルの婚約だって、総資産的にはうちよりも何十倍もあるブルーノ子爵家とだから成り立った婚約とも言える。もちろん、実際のお金のやり取りなんかはなかったけれど、ブルーノ子爵家の事業に名前だけ連ねて共同経営者を名乗っていたから、そこから上がる収益は領地から上がる税金よりも大きかった筈だ。
私達の婚約破棄で、事業の協力経営者からは外され、さらには雇用者への退職金……。それでなくても物入りな年末に頭が痛いことだろう。
「もしかしてセバスも?」
「いえ、セバスさんは旦那様の為に残りましたよ。セバスさんまで辞めてたら、伯爵家は崩壊してましたね」
「ほぼ崩壊だろう。アンネの状況を聞いてね、俺以上にじいちゃんが激怒しててさ。手を回したのはあの人だから。それに、アンネが昨日会ったうちらの親戚一同いるじゃん?あの人達も、今回の話を話したらみんなアンネに同情してさ、なんか色々動いてくれそうだしな」
「ちょっとそれ怖いんだけど」
エドの親戚って、つまりは王族やそれに準じる人達でしょ?ゴールドバーグ伯爵家、取り潰しになりそうな勢いじゃない?
「お嬢様、しょうがありませんよ。旦那様も奥様も、非人道的な振る舞いをしたのは間違いないんですから、ちょっとそれが社交界で噂として広まったり、事業がうまくいかなくなったとしても、自業自得というものです」
メアリー、はっきり言い過ぎ。
「まぁ、何かしらの制裁はあるだろうし、王都にはいられなくなるだろうな」
「……マジで?」
エドとメアリーは当たり前だと頷く。
「できるだけ、穏便にすむといいんだけど」
それは本心だ。
アンネローズにしたことは許せないし、そこからアンネローズが辿った人生は寂しく短かった。でも、私からしたら彼らがしたことは大したことじゃなくて、別に貴族にこだわりもないし……って今は伯爵令嬢どころか公爵令嬢になって、しかも王子が恋人とか、ちょっと意味がわからないことになっているけれどね。だから、そこまで彼らのことは恨んでないし、それこそストーリー通りだなくらいの感想なんだよね。
「それは……どうだろう」
エドのニヤリとしたたくらんでいるような笑みは、いつもと変わらないと言えば変わらないんだろうけど、やっぱりそこはたくらみまくりだよね。怖いから、それ以上は聞かないことにした。なので、話を変える意味でも、メアリーのことに話を振る。
「メアリーも、王宮で働くの?」
メアリーならば、王宮でも完璧に働けるだろう……口さえ開かなければ。
メアリーはさっさと食事の後片付けをし、さらには何故か私の部屋の荷造りまで始めていた。結局、昨日は一切荷造りはできていないし、有り難いと言えば有り難いんだけれど、仕事が早過ぎてビックリだよ。ほとんどの物はご近所さんにあげようということになり、絶対に必要な学園の物から詰めているようだ。
「まさか!」
まさかのまさか?
王宮侍女だよ?凄いレベルアップだよね?
「まさかって。他にどこかからスカウトでも来てるの?」
「いえ、売り込みました。エドモンド様には推薦状も書いていただきましたし、一発合格です」
もしかして、さっき言っていた取り引き条件って、推薦状のことだったんだろうか?紙一枚の為に売られたみたいで、なんかショックなんだけど……。でも、王宮以上にステータスの高い仕事場なんてあるんだろうか?
「ちなみに、どこのおうち?」
「サンドローム公爵邸の、お嬢様の専属侍女です」
え?もしかして、私ってメアリーに愛されてる?そんな素振りは一切感じられなかったけれど。
「お嬢様の専属侍女が一番お気楽ですし、給金も倍以上です。王宮で堅苦しく働くよりも、断然お得ですから」
「そ……そう。まぁ、よろしくね」
お気楽って理由で一生私の専属侍女でいるつもりかな?嫌……ではないんだけど、理由が微妙過ぎる。
「それでお嬢様、昨晩はこちらは使用なさらなかったようですが、まさか……」
ベッドを整えていたメアリーが、枕があった場所を探って避妊具を見つけ出して聞いてきた。
「使うようなことをしてないだけ!」
「まぁ……エドモンド様はヘタレですか」
「おまえ、言い方な?!」
エドは微妙に傷ついたのか、「お膳立てされたのに完遂できなくて悪かったな……」と、ブチブチ文句を言っていた。
「エドモンド様、公爵邸のお嬢様の枕の下にもご用意しておきますから」
「よろしく頼む!」
さりげなくエドに言ったようだけれど、全部聞こえてますからね!
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