第3章 答え合わせ編

第42話 二人の朝

 動けない……。


 高めの枕が好きだけれど、さすがにこれは高過ぎる。しかも硬い。

 寝返りをうちたいけれど、体は金縛りに合ったように動かない。おかげで狭いベッドから落ちずにはすんでいるけれど、圧死寸前だよ。

 この状態で眠れた私、凄い偉い。図太いっていうのかな?


 目を開けると、目の前に静かな寝息をたてて眠るエドがいた。


 目つきが悪いからさ、目を閉じていると、その整った顔立ちが際立って見える。鼻筋は通っていて男らしいし、唇は薄くて少し大きめな口はいつもは小憎たらしいことしか言わないけれど、たまに甘々な言葉を紡ぎ出してくれるから好きだ。男らしい喉仏も好き。この鎖骨の窪みもいいよね。

 たくましい胸筋も、割れてる腹筋もナイスだ!


 上半身はエドに抱き込まれているから、動く下半身だけをモゾモゾと動かす。

 足が何か硬いモノにぶつかる。


 これはいわゆる……朝勃ちというやつですね!

 元気だな!


「……おまえ、さっきからモゾモゾ何してんの」


 目覚めたばかりだから、いつもより柔らかい視線を向けられ、さらに抱き込まれた。


「……ギブ、ギブ!あんた自分の腕力考えなさいよ!」


 さっきですら圧死寸前だったのに、本当にお花畑が見えそうになる馬鹿力で抱き締めるのは止めて欲しい。


 お互いにスッポンポンではあるけれど、昨日かなり恥ずかしいところまで見られたし見たから、恥ずかしくは……ない訳ないじゃん!やっぱり恥ずかしいよ!


 私はエドを引き離すと、シーツで体をグルグル巻きにした。


「おい、俺が寒いだろ」

「なら早く洋服着なさいよ」

「……んだよ、今更」


 エドはブツブツ言いながらベッドから下りると、逞しい裸体を堂々とさらして立った。


 エドが洋服を身に着けている間に、私は素早くワンピースをかぶって着た。下着はつけていないけれど、今は良しとしよう。

 振り返ったエドは、ワンピース姿の私を見て、明らかにテンションを下げる。


「なんだ、残念。もう着たのかよ」

「当たり前でしょ。いつメアリーがくるかわからないのに」

「今日はこねぇよ」

「え?」


 エドは汚れたシャツを丸めてゴミ箱に捨てると、素肌に上着を着て椅子に座った。(何で汚れたかは……内緒です)


「昨日の晩は帰ってこないように言っておいたからな」

「なんで」

「そりゃ、聞かれたら困るだろ。アレやコレやしてる声や音とか」

「バカ!」


 私は枕をエドに投げつけた。枕の下には、使用されていない避妊具が出てきて、私はそれを慌ててシーツで隠す。


「次こそは、そいつを使用できるといいな。なんなら今から……」

「痛いから無理!」


 昨日はなんだかんだと最後まではできなかった。サイズ的に無理があるのよ。でも、最後まではできなかったけれど、全くの未遂という訳でもない。


 あれ?呪いってもう発動しているの?どの段階で発動するもの?


 昨日は勢いというか、好きって気持ちが溢れちゃって、途中まではエドと最後までする気持ちはあった。まぁ、諸々の理由(主には体格差かな?それともお互いの経験値不足?)で、途中で断念することになった訳だけど、王家の呪いのこと、すっぽり頭から抜けていたよ。


「あのさ、私ってエドの唯一になったの?」


 私の問いにエドも首を傾げる。


「まだ……だと思うけど、発動してようが、してなかろうが、アンネ以外はいらないから別にどうでもよくないか?」

「そんなもの?」


 どうやら呪いがかかっているかどうかは、自分でもわからないようだ。


「それに、確かめるには違う奴とやらないとだから、ちょっと嫌だろ」

「それは絶対に駄目!」


 想像もしたくない!第一、「ちょっと」ってなんだ?!私以外はいらないとか言いながら、ちょっとしか嫌じゃないんかい!


 私がプンプン怒っていると、エドはクツクツ笑いながら、私の横に移動してくると、頭や頬にキスをしてくる。


「他でなんかしねぇよ。だって、練習もアンネがさせてくれるんだろ?な、機嫌直せって」

「もう!チューくらいで騙されないからね」

「騙されろよ」

「騙してんのかい!」

「騙してないって」


 顔中にキスされ、私もクスクス笑う。


 なんだろうね、このイチャイチャ具合。昨日の夜は、本当に殺意が湧いたんだよ。死ぬかと思ったしね。何が?って、ナニがだよ!途中でリタイアしたしけどね、二度とするか!とまで思ったけれどさ、落ち着いたら私も反省するところは……ないんだけど、怒り過ぎたかなってのはあったからさ。誰に見られてる訳じゃないし、エドのイチャイチャも受け入れた。


 エドは見た目がキツめというか、甘さがないから、このギャップがまた可愛くって、自分からも唇を尖らせてキスを強請っちゃったりしてさ、浮かれていたんだと思うよ。


 チュッチュッなんてしていた時、メアリーの部屋と繋がっている壁の穴のカーテンが大きく開かれた。


「おはようございます、お嬢様」

「☆◇♀♂○□?!(メアリーいたの)」


 思わず飛び出たのは日本語だった。


「何?」


 エドがびっくりしたように私を見ている。


「お嬢様語ですね。昔はたまに話されてましたね。夢の中で見る世界の言葉なんだって、私が侍女になりたての時は教えてくれました。その時のガヴァネスに、変なことを言ったらいけないとかなり強く叱られてから、その話はなさらなくなりましたが」


 驚くことなく説明するメアリーに、私までびっくり。


「それは……覚えてないんだけど、その時の私、他になんか言ってた?」


 メアリーは顎に手を当てて思案する。


「そうですね、信じられないくらい高い建物があったとか、空に大きな物体が飛んでいたとか、見たことのない乗り物が沢山あったとか言っていましたね。お嬢様は、空を飛んで色々見て回ったそうです」


 夢……。


 私的には、アンネローズが私の前世で、私は前世までタイムリープしてしまったんだと思っていた。

 そもそも、アンネローズと私が一個人であるって認識が間違っていたとしたら?


 異次元である日本に、夢の世界でくることができたアンネローズ。死ぬ直前か死んでからかはわからないけれど、そんな彼女がたまたまこの世界のことが書いてあるウェブ小説を読んでいた私に憑依しただけだとしたら?


 私の不眠も摂食障害もただの病気で、同じように衰弱していた状態の体だから、アンネローズをすんなり受け入れてしまえたのかもしれない。じゃあ、向こうの私は?私って魂をなくした私の体はどうなっているの?


 悪くて死亡、良くて植物状態?


 私は、アンネローズが二十歳で死ぬという未来を塗り替えられたら、私もあの原因不明の病気を乗り越えられると思っていた。だって、同じ魂だと思っていたから。


 でも違うのなら……。


「……アンネ、どうした?顔が真っ青だぞ」


 エドに肩を叩かれた瞬間、私は人生初の気絶とやらを体験した。


 ★★★


 私は夢を見ていた。


 あれは高三の初冬、不眠と摂食障害の症状が一番辛かった頃だ。誰にも言えなくて、辛くて、でも親の期待と先生の期待に答えなきゃって、がむしゃらに勉強していた時。


 うん?


 わたしがスマホ見てケラケラ笑ってるよ。勉強は?

 え?なんで私立の願書が机にあるの?


 私はわたしを上空から観察していて、私はわたしと視線が合った気がした。


 部屋がノックされて、ママが部屋に入ってきた。


「瑠奈、本当に○大は受けないの?」

「受けない受けない。病院の先生にも言われたでしょ。過度のストレスによる不眠と摂食障害だって。薬飲むより、ストレスの除去が重要なんだって」


 病院?病院にかかったの?


「でも、あなたの学力なら、受ければ受かるって担任の先生も……」

「それがストレスなんだって。お母さん、わからない?お母さんのそういう期待が、小さい時から私にストレスを与えてきたんだよ?」


 そうだ。私は昔からよくできる子供だった。でもそれは、元からできた訳じゃなくて、「○○ちゃんよりはできるでしょ?」「クラスで一番になれるよね?」「○○さんのうちは△△を受験するらしいから、瑠奈ならそれよりも格上の☓☓に当然合格できるでしょ?」なんていう、ママの期待に答えようとしてきたから。

 ママが、ママ友とかに私のことを自慢気に話すのを聞いて、ママを嘘つきにしたくなくて、必要以上に頑張っていたんだった。


「……でも、○○さんにもあんたが○大受験するって言っちゃったのに」

「しないよ。お父さんにも了承とったし、私はこの大学に行きたいから」

「そう?でも、いつ気が変わるかもしれないし、願書くらい出しておいても……」

「お金の無駄よ。ほら、勉強するから邪魔しないでよ」


 わたしはママを部屋から追い出すと、ドアに鍵をかけてしまう。


 そして、なぜか大学願書と一緒に置いてあった大学のパンフレットを、私に向かって見えるように掲げて見せた。


「わたし、この大学に行くわ。わたしはわたしの好きなようにする。だから、あなたもあなたの好きなように生きて」


 え?どういうこと?


 ヒラヒラと手を振るわたしがどんどん遠ざかって行き、私はまた気絶したように真っ暗な世界に戻った。











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