第45話 カースト上位令嬢ズ

 新年も過ぎ、学園に久しぶりに登校した初日、私が教室に入るとざわついていた教室がピタリと静まり返った。


 居心地が悪いくらい注目を浴びる中、私は誰に挨拶することなく席につく。クラスに仲の良い友達なんかいないし、学園に再入学してからは、平民扱いで貴族からは無視されていたから、午前中は誰とも話さないなんてザラだった。だから、挨拶しないなんて普通のことなんだけれど、これだけ注目されてしまうと、教科書を開いて読んでいても気になってしょうがない。


 なんか、イライラする!

 これなら、普通に無視されていた方が勉強に集中できるんだけれど。


「あの……アンネ様」


 アンネ様?そんな呼び方されたことないし。


 教科書から視線を上げると、上位貴族令嬢を筆頭に華やかなご令嬢が三人、私の目の前に立っていた。以前の私と同じ伯爵令嬢であるビビアン・マクガイアさん、子爵令嬢のカサリナ・グレイズさん、子爵令嬢のイライザ・ベルさん。クラスの中心的女子の三人で、正直面倒くさい系女子である。


「何か?」

「アンネ様、私達、毎週仲の良いお友達を呼んでお茶会を開いていますの。クラスや学年関係なく、子爵家以上のご令嬢が参加しますのよ」


 伯爵令嬢だった時も、招待されたことはありませんでしたけどね。何を今更感が半端ないんですけど。


「そうですか」

「来週は私の持ち回りですので、アンネ様をご招待しようかと思いまして」

「ほら、学園では社交を深めるのも私達のお役目ですものね。家格の釣り合う方々と顔を繋ぐのも、将来の為に必要なことだと思いません?」

「ビビアン様のお茶会は、上級生の方も多くいらっしゃいますし、絶対に役に立つこと間違いありませんわ」


 家格ねぇ。公爵令嬢になったから、そりゃ家格は高いというか、王族抜いたら最高位だよ。でも、そんなことよりも、色物枠で呼ばれているとしか思えない。噂好きな彼女達にとって、私の存在は良いカモだろうから。根掘り葉掘り聞いてやろうという魂胆なんだろう。そして、私の話を社交界ですることで、彼女達は話題の中心になることもでき、さらに顔を売るきっかけになる……と。


 ビビアンさんは、ショッキングピンクのカードを取り出して私の机に置いた。


「いや、悪いけど行けないかな」


 これは嘘じゃない。学園での勉強に加えて、王子妃教育とやらも組み込まれ、とにかく暇がないのだ。最近では生け花教室とやらも開いて、私の後継者を育成中で、そっちの方でもやたらと忙しい。


「まぁ!ビビアン様のお誘いを断るんですか?!」


 え?断っちゃ駄目なの?

 びっくり顔の子爵令嬢達に、私の方がびっくりだよ。

 一応公爵令嬢だよ?ちょっと前まで平民だったけどさ。


「うん。そんなもんに出るくらいなら、やりたいこといっぱいあるし」


 これも本音。だって、最近忙し過ぎて学園以外でエドに会えていないんだよ。しかも、会ってるって言っても、お昼を一緒に食べるくらいで、後は選択授業で一緒にいるってだけ。

 彼女達とお茶するくらいなら、エドと一緒にいたいじゃん。初彼だしさ。


「お茶会は、情報収集の場所でもありますのよ。例えば、アンネ様に関係するお話も聞けるかもしれませんわ」

「私に関することを他人に聞いてもね」


 もう、勉強に戻ってもいいかな?


「元ご実家がどうなったのか、ご存知かしら?あなたの代わりに養女になったアンという娘のその後とか」


 実家に関しては、王都の屋敷を手放して領地に戻ったと聞いている。あの、田舎嫌いな伯爵夫人が、田舎で暮らさなければならなくなったのだからご愁傷様なことだ。アンがどうなったかは興味はないが、ミカエルがなんとかしているだろう。アンはヒロイン、ミカエルはヒーローなんだから。これが、二人をさらに結びつける良い障害になっているかもしれないよね。知らんけど。


「興味はないかな」

「まあ!ご自分のご実家なのに?!」

「今は無関係だから」

「そうは言っても、実際は本当のご両親だったんでしょ?あのアンって女に騙されたんですよね」


 お茶会に来ないだろうからって、ここで話を聞き出そうとするのは止めてくれないかな。クラス中、聞き耳を立てているじゃないか。


「さあ?わかりません」


 アンがそういうふうに誘導したのかもだけど、ミカエルが率先してアンを伯爵令嬢に仕立て上げたのだから、彼女だけが悪いということはないだろう。


「あの娘、ミカエル様を誘惑しただけじゃなく、学園の色んな男子に色目を使っていたんですよ。特に王族には酷くて、クリストファー様やエドモンド様にはやたらとベタベタしてましたわ」

「そうそう。エドモンド様とは同じクラスでしたから、本当に見るに耐えない感じでしたのよ」


 エドがなんだって?!


 私の眉がピクリと動いたことで、彼女達は私が話にのってきたと判断したのか、さらにアンとエドのことをあることないこと話し出す。


「しょっちゅう二人でデートしていたようですし、中庭の裏に消えたのを見た人もいますわ」

「そうそう。二人がキスしていたとかいう噂もありましたわね」


 キスだぁ?!


 勢い余って、鉛筆がバキッと折れた。


「あら、私は保健室で二人が破廉恥なことをしていたとか聞きましたわ。部屋の中から、あられもない声が響いてきたとか」


 一旦落ち着こう。


 私は心の中でクールダウンクールダウンと唱えながら、やや引きつり気味ではあるが笑顔を浮かべる。


「なるほど、そういう話をあなた方から聞いたと、エドに伝えておきますね。真実じゃなければ、王室侮辱罪になるかもしれませんけど」


 私以上に、彼女達の表情が引きつる。


「いえ、本当にただの噂で、そんな話もお茶会では聞けますよってだけで」

「そうですわ。そういえば、アンという娘、ゴールドバーグ伯爵家から追い出されて、本当の家族と再会したそうですわ。なんでも男爵家の娘だったらしく、厚顔にもまた学園に戻ってくるようですわよ」

「は?」


 いくらなんでも、それはないでしょ。平民のおじいちゃんの後妻になるんじゃなかったっけ?取り違えられた娘と交換で。


 ヒロインの図太さからか、はたまた学園に戻らないとストーリーが進まないからかは知らないけれど、この話だけは噂話ではなく本当だということを、私はすぐに知るようになる。


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