第39話 新しいお父様?
なんだろうね、この綺羅びやかな集団は……。
正面には銀髪銀の瞳のこの国の王が座り、和やかに絶世の美女と会話している。この美女が王妃様なんだけれど、とても五人の子供を産んだとは思えない美魔女で、長女のアイラ様と並ぶと、姉妹にしか見えない。
王妃様の横には、七歳の末っ子王女様が座っていて、アニメキャラとしか思えない。ピンクブロンドの髪と目なの。しかも、凄いニコニコしていて可愛くてね、目が合うと手を振ってくれるのよ。将来は王妃様似の美人ちゃんになるんだろう。
エドの兄弟は、比較的王妃様の遺伝子が強めだ。エドは王様似ね。王様も渋めでかっこいいんだけれど、ちょっと目つきが鋭いのよ。
エドの黒は置いておいて、王様が銀、王太子が紫、アイラ様が赤、クリストファー様は金、カナリヤ様がピンクブロンド。他にも、緑やオレンジ、空色なんて髪色もあって、なんともカラフルだ。
王族の皆様が集まると、色合いも華やかながら、美男美女が多くて目に楽しい。あと、男女問わず大柄なのもキングストーン王族の特徴かもしれない。
つまり、そんなキラキラしい人達にまざった私は、いつも以上にチンチクリンで冴えなく見えるという訳だ。
クリスマスは、年に一回、王族だけが集まり会食しているらしい。親族同士ほのぼの近況報告というよりは、政治的な会議の場に近い。
「ねえ、ここって私がいちゃまずくない?」
「なんで?サンドローム公爵令嬢になったんだから、いたっていいだろ。サンドローム公爵に挨拶しないとだしな」
食事もほぼ終わり、小さな子供達は寝る為に退出し、まだ眠くない子供達は場所を移動して遊び部屋に行くようだ。気分的には私も遊び部屋に行きたいけれど……。
大人達はお酒を片手にスモーキングエリアで政治について語らったり、妃達はデザートエリアに移動して、自分達が後援している芸術家や劇団などの話に花を咲かせているようだ。
「スモーキングエリアにいるかな?あの人、ヘビースモーカーだから」
タバコかぁ。あまり得意じゃないんだよね。気管支が弱いのもあるけど、煙いのが苦手なんだよね。あの少し甘めの匂いは好きなんだけどさ。
スモーキングエリアに足を踏み入れると、人々の中央で王様と話しているガタイの良い老人がいた。グレーの髪色にグレーの瞳、顔つきはエドに似ていて、険しい表情は人を寄せ付けない類のものだ。エドに皺を足して頑固そうにした感じの老人で、私達に気がつくと、王様との話の途中だろうに、足早に私達のところへやってきた。その後ろから王様もニコニコしながらついて来たが、サンドローム公爵の顔が怖過ぎて、王様に挨拶とか言っている場合じゃない。
「エドモンド!なんで娘をここに連れて来た!!」
エドを叱責する低く響く声を聞いて、私はすでに泣きそうだ。
やっぱり、私なんかがこんな席に来たら駄目だったじゃん。家族になったその日に嫌われるとか、養子縁組解除されたりして……。私は全然平民として生きて行くのでもいいけど、エドとの婚約のことを考えれば、暗雲立ちこめる状態って言うんじゃない?
「じいちゃん、アンネが怖がるから、デカイ声出すなよ」
「このアホンダラ!じいちゃんではなく、ちゃんと家名で呼ばんか」
「はいはい」
「はいは一回!」
「叔父上、あまり怒鳴ると頭の血管が切れますよ」
「ライオネル!わしは怒鳴ってなどおらん」
王様をファーストネームで呼ぶとか、それだけでどれだけ偉い人がわかるというものだ。
「年とって、耳が聞こえにくくなってんじゃねぇの?」
「わしはまだそこまで年ではない!」
エドの言葉に思わず顔面蒼白になる。なんて悪態をつくかな?!
「あ、あの!初めてお目にかかります。私、アンネと申します」
これ以上エドが口を開かないように、エドの前に進み出てカテーシーをして挨拶する。
私が頭を下げると、エドの「気持ち悪ッ!」という言葉に、パカーンという音が重なる。
えっ?何?
頭を上げると、エドが頭をさすっており、サンドローム公爵は真っ赤な顔で激怒していた。
「じいちゃん、じじいの癖に筋トレしてんのかよ。力強過ぎだろ」
私がオロオロしてエドとサンドローム公爵を交互に見ていると、王様はクツクツと笑い出した。
本当、何が起こっているの?
「エド、あまり叔父上を怒らせると、結局は困るのは自分だよ」
「なんでだよ」
「今は叔父上が彼女の父親だからね。お嫁にくれないかもしれないよ」
「そうじゃ、そうじゃ!おまえみたいな悪たれに大事な娘はやれんわい」
サンドローム公爵……、イメージが全然違うんですけど。エドにベロベロベーとかしているよ。
「大事な娘って、今日が初めましてじゃねぇか」
「フンッ!サインしたからの!もうわしの娘だ」
「まだ提出してねぇだろ」
「早く出せ!ライオネル、承認印は持ち歩いているか?さっさと押さんか」
あれ?なんかウエルカムっぽくない?
私がサンドローム公爵をジッと見上げると、サンドローム公爵は強面の顔を赤らめて咳払いをする。
「じいちゃんは、昔から小さくて可愛いのに目がないんだよ。俺等も、小さい時は可愛がってもらったけど、大きくなったらこの扱いだぜ」
「おまえなんか、小さい時も可愛くなかったわ!」
「酷えな、おい」
「悪戯ばかりしおって、叱るとピーピー泣いてた鼻垂れのくせに」
サンドローム公爵とエドがディスリ合っていると、王様が私の横に移動してきた。
「この二人は昔から仲が良くてね、会うといつもこんなんだけど、エドが君のことを真っ先に相談に行ったのも叔父上のところだし、叔父上も二つ返事で了承していたよ。まぁ叔父上は、子供が欲しくてもできないから、自分に子供ができるって浮かれている面もあるんだがね」
あの顔面で浮かれてる?
エドとのやり取りで青筋立っちゃってますけど。
「うちの事情はエドから聞いてるよね?」
「呪い……ですか?」
「そう。叔父上は若い時に結婚を考えた恋人がいたんだが、呪いの話をしたら重過ぎるって叔父上を拒絶したそうだ」
「それは……唯一とやらになった後にってことですか?」
「まぁ、相手は軽い思いで叔父上を受け入れたんだろうね。叔父上が呪いの話をしてすぐに、違う男と婚約してしまったから」
王様は渋い表情で頷く。
それは……悲惨だな。普通の人ならば、失恋したら次の恋で忘れよう!とかなるんだろうけれど、次に好きな人が現れても……Hできないんだもんね。やっぱり、好きな人ができたら触れたいし触れて欲しいって思うだろうし。
私だって、思わなくはないんだよ。エドとのキスは気持ち良いし、その先に興味だってある。ただ、怖さのが勝ってるだけで……。
「叔父上は彼女に裏切られてから、一時期人間嫌いになってしまってね、特にいかにも女女した女性を毛嫌いするようになったんだよ」
「わかる気がします」
アンネローズだって、ミカエルに裏切られた上に追い打ちをかけるように両親に捨てられて、何もかもが信用できなくて、生きている意味すら見つけられなくなった。最後は食べることにすら無気力になって……。
そんな記憶もある私だから、サンドローム公爵の話には共感が持てた。
「そういう感じだったから、今までこの集まりにも顔を出さなかったし、社交なんて全くされてなかったんだ」
「そうなんですね」
「子供好きな人だから、子供にはまだ心を開いていたんだが、なにぶんあんな感じだから怖がられることが多くてね。エドくらいかな、泣かされても寄って行って悪戯を仕掛けていたのは」
「クスッ……なんか、想像できますね」
小さなエドが、厳しいサンドローム公爵にちょっかいをかけては、捕まってこってりお説教を受けている姿が目に浮かぶ。きっと最後には、涙を浮かべながら、捨て台詞を吐いて逃げて行ったりしたんだろう。
可愛いじゃん……。
「叔父上の娘なら、僕の従妹になるね。よろしく頼むよ」
王様から手を差し出され、私はプチパニックだ。
そうか!前国王の弟だから、私の立ち位置は国王の従妹になるんだ。それってありなの?
一応元伯爵令嬢だけれど、今はただの平民だよ。
「私なんかで……いいんでしょうか?」
王様はニヤリと笑うと、私の手を取ってブンブンて握手する。この笑い方、エドとそっくりだ。
「私もね、息子は可愛いからエドには唯一と一生添い遂げて欲しいと思うんだよ。だから、サンドローム公爵令嬢という肩書きは、君につける足枷みたいなものだね。絶対に逃さないぞっていう。うちの家系の愛情は凄く重いんだ。君には申し訳なく思わないでもないが、諦めてこの足枷を嵌めて欲しい」
エドの愛情自体はどんとこいなんだし、唯一の存在になるっていうのも問題はないんだけど、唯一になる方法がな……。まぁ、一生避けて通れないものでもあるし、エドの言う通り覚悟を決めるか?!
私は自分からも王様の手を握った。
「よろしくお願いいたします」
「うん。早く娘になってくれると、さらに嬉しいよ」
王様って、いつも厳しい表情で口数も多くなく玉座に座っているイメージがあったから、こんなにフレンドリーでしかも家族仲が良いとは思わなかった。うちの見せかけだけの仲良し親子とは全然違うね。もう他人だけれどさ。
「アーッ!アンネの手を握って何をやってんだよ!やらしいな」
私達が握手しているのに気がついたエドが割り込んできた。しかも、無理やり私の手を取り返して、私を自分の後ろに隠してしまう。
「そうだぞライオネル。わしもまだ親子の挨拶をしとらんというのに!アンネ、わしのことはお父様でもパパでも良いぞ。年齢的にはお祖父様かの?いや、できれば父親として……」
「じいちゃん、気持ち悪いぞ!パパとか、他人が聞いたら違うパパと勘違いされるから止めろ」
「違うパパってなんだ?パパには色んなパパがおるんか?」
「いんだよ。若い娘がジジイをパパって呼んだら、大抵は愛人だと思われるだろ」
まぁ、否定はしない。どこの世界でもパパ活はあるようだし、最近は貴族令嬢でも年上の貴族と食事などをして、アクセサリーなどをプレゼントして貰うパパ活令嬢も増えているとか……。
「ロイドお父様……でよろしいですか?」
サンドローム公爵改めロイドお父様は、感動したように厳つい顔を緩ませた。それでも長年の厳しい表情がしみついてしまった顔は、強張った笑顔にしか見えないのだが、それが逆にエドのニヤリ顔に似ていて、私には親近感が湧いた。
私が手を差し出して握手を求めると、サンドローム公爵は少し乾燥気味の皺のある温かい手で、私の手を包み込んでくれた。
「……娘がこんなに可愛い存在だとは知らなかった。ライオネル、おまえよくアイラを嫁にやれたな」
「まぁ、他国なら無理ですが、うちの貴族ですしね」
無理……なんだ。即答だったよね。他国との政略結婚とか、王族なら有り中の有りだと思うんですけど。
「まぁ、すぐにアンネは俺んとこに嫁に来るけどな」
「アホか。しばらくはやらんぞ。そうだな、学園を卒業せんとな。二人共だが」
「は?俺が卒業すんのあと三年以上かかるぞ」
「ふむ。ちゃんと、勉学に励め。色恋は卒業してからじゃな。婚前交渉などももっての外だ。婚約は……まぁ許さんでもないが、それ以上はわしの目が黒いうちは許さん」
あれ、まだ覚悟しなくてもいい感じ?ラッキー!
私はエドの後ろから飛び出して、ロイドお父様の腕を取った。
「私も、学生の本分は勉学にあると思います。……ケホッ」
風でタバコの煙が漂ってきて、思わず咳き込んでしまう。
「すみません。ちょっと気管支が弱くて、煙が……」
「それはいかん!こんな場所にアンネを連れてくるとは、エドの奴は本当に気がきかん」
「いや、じいちゃんがここにいるからだろ」
「うるさい!タバコなど百害あって一利なし!ほら、ここから早く出んとな」
ヘビースモーカーなのでは?
ロイドお父様は私の手をつかんで、スモーキングエリアから外に出た。
新しいお父様は強面だけれど、どうやら優しい人のようだ。
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