第38話 クリスマスパーティ2

「こちらにご使者様がいらっしゃいます」


 エドを案内する関係でか、ゴールドバーグ伯爵家でも一番格式高い貴賓の間に使者を通したようだった。


 セバスが貴賓の間の扉を開けると、旅装の男が中で待っていた。


「マルコ、さっそくだが調べたことの報告を頼む」


 エドと私が上座に座り、ゴールドバーグ伯爵夫妻がその前に座った。夫妻の後ろにアンとミカエルが立つ。使者のマルコは片膝をつき、封書をエドに差し出した。


「詳しい内容はこの中に」


 そして立ち上がると、報告書の内容を口頭で話しだした。


「まず、カエデ地区のアリ病院に、リリア・ガッシの出産記録がありました。カエデ地区はリリア・ガッシの生まれ故郷で、彼女の幼馴染から話を聞くことができ、十八年前リリアは故郷に戻り、金髪の女児を出産したそうです。そして、同じ病院で金髪の女児を出産したのは一人で、バンズ男爵夫人でした。夫人の赤ん坊の特徴として、尻に黒子があると書かれておりました」


 淡々と話すマルコの報告に、ゴールドバーグ伯爵夫妻の顔色が悪くなっていく。


「しかし、マリアの出産の時に付き添ってくれた看護婦の証言があるんだ。娘にも同じく尻に黒子が……」

「そんなものは、病院の出産記録にはなかった。髪色すら記載がなかったから、生まれた時のアンネは髪がツルツルだったんじゃないのか?」


 エドの言い方にカチンときて、思わず言い返してしまう。


「赤ん坊は生まれた時はだいたいがツルツルかうっすいでしょ。あんただってツルツルだったんじゃないの?!」

「残念ながら、フサフサだったようだ」

「早い時期からフサフサなら、なくなるのも早いかもね」

「別に、ツルツルになっても、アンネさえ気にしないなら問題ないな。俺は自分の毛量には関心がない」

「私は別に……気にしないけど。エドはスキンヘッドも硬派っぽくて似合いそうだし……」

「なら、問題ないな」


 言い合いが、いつの間にか甘い雰囲気になり、マルコが咳払いして話を元に戻した。


「ザワ地区の看護婦ですね。しかし、マリア様に付き添った看護婦は、ただいま入院してまして、王都まで旅などできない状態ですよ」

「えっ?!じゃあ、あれは?」

「ダリルの従妹でゲーテという女性です。彼女がお金をもらい、ダリルの代わりに証言して欲しいと頼まれたそうです。ゲーテは、ダリルの言ったことだからと騙され、嘘の証言をしてしまったようです。本物のダリルに会いましたが、髪色も黒子のことも記憶にないとのことでしたので」

「それでは……」


 ゴールドバーグ伯爵夫人の声がかすれる。


「アンネさんがゴールドバーグ家の令嬢かどうかはわかりませんが、アンさんがゴールドバーグ家の令嬢ではないことは確かです。子沢山で有名らしいバンズ男爵家の五女のようですよ」

「バンズ男爵家の五女……」


 アンの頬がヒクリと歪む。伯爵令嬢だと思いきや、男爵家の五女だったなんて。貴族であるだけマシととるべきか……。


「取り違えられたあちらの五女の方ですが、金銭的な援助を得る為に金持ちの平民に嫁いでます」

「お相手は……?」

「六十過ぎの老人の後妻のようですが。あちらは、アンさんが代わりに嫁にくることに問題はないと言っています。アンさんと取り違えられた娘さんにも、ぜひに元に戻ってくれと懇願されました。お子さんを二人産んでいらっしゃるようですが、子供は置いて行くから代わりに育てて欲しいとのことです」

「いや……いやよ。お母様、私をそんな老人の元にやらないでしょう?」


 ゴールドバーグ伯爵夫人は、アンに腕を引っ張られても、ただ放心したようにされるがままで反応しなかった。


「お父様?!」


 アンは救いを求めるようにゴールドバーグ伯爵を見る。


「……」


 しかし、ゴールドバーグ伯爵は、苦虫を噛み潰したような表情で黙りを決め込む。


「ミカ、ミカ様は私をお嫁さんにしてくれるのよね?約束したよね?」

「も……もちろんだとも!僕は君を老人になんか渡すものか!」


 アンはミカエルに抱きついて、ホッと一息ついた。老人の後妻など、冗談じゃないのだから。


「一つ問題が」

「そうだな、問題があるな」


 マルコの発言に、エドは大きく頷いてさらに言葉を続けた。


「ゲーテに嘘の証言をさせた人間だよな」

「そうだ!あれがなければ、アンネを追い出すようなことには!誰だ?!誰なんだ!」


 マルコの視線がミカエルに向かい、ミカエルは端正な顔を歪ませて一歩後退る。


「僕では……」

「ブルーノ子爵家から使いの人間が来たと聞きました」

「知らない!僕じゃない!僕は、アンがゴールドバーグ伯爵の娘だという絶対的な証拠をつかんでくるまで帰ってくるなとは言ったが、嘘をでっちあげてこいなどと命令はしていない!」


 マルコはそれにも頷いた。


「それも確かなようです」

「ほら!僕は悪くない!」


 甲高い笑い声を上げるミカエルに、ゴールドバーグ伯爵が立ち上がってつかみかかる。


「おまえが持ってきた嘘のせいで、私達は娘を……娘を!」

「決断したのは伯爵じゃないですか。それに、あんなに立派な諜報組織を持っているんだから、自分でもちゃんと調べるべきでしたよね」


 確かに!ゴールドバーグ伯爵の負け。


 ミカエルは、ゴールドバーグ伯爵の手を振り解くと、衣服を整えて咳払いをする。


「もちろん、僕に嘘を申告した者はブルーノ家で厳罰を与えます。では、僕はこれで」


 そそくさと立ち去るミカエルを、アンは唖然として見守るしかなかったようだ。


「……アンネローズ」

「血の繋がりは関係なく、今のあなた方の娘は、アン・ゴールドバーグだ。今頃、あなたが書いた書状は受理されているだろうから。アンネ、後は君がこの養子縁組届にサインをすれば、サンドローム公爵名前が君を守るよ」


 エドは、サンドローム公爵のサインはすでに入っている養子縁組届を机に出した。いつの間にか後ろに控えていたメアリーが、グッドタイミングでペンを差し出してくる。


 私はペンを握りサインをした。


「じゃ、アンネ行くぞ」


 エドは証書を畳んで胸ポケットにしまうと、私に手を差出してきた。私は立ち上がってその手を握り、お父様達の横を通り過ぎる。


「アンネローズ!」


 私は立ち止まることなく、貴賓室を出た。


「これで良かったか?」

「う〜ん、大まかにはね」


 アンネローズの記憶を探れば、優しかった両親との思い出などは沢山出てくる。でも、私は最初から捨てられると思って接していたから、両親に対して思い入れとかはないんだよね。情に薄いって思われるかもしれないけれど、彼らが私の両親という認識すら薄かったかもしれない。


「大まかにってなんだよ」

「だって、私、会ったこともない人の娘になったんだよ?しかも、年齢的にお父さんというより、おじいちゃんだよね?」

「まぁ、そうだな。よし、これから会いに行くぞ」

「会いにって、いきなり行ったら迷惑でしょ」

「大丈夫大丈夫。今日はみんな集まってるし、アンネを連れて行くってのは言ってあるし」


 みんな……って?なんか、嫌な予感しかしないんだけど?!


 馬車に乗り、ついた場所は王宮だった。




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