第35話 言いがかり
「ちょっと、あなた!」
午前中の授業と授業の間の二十分休み、私の机を女の子が七人取り囲んだ。
「何か?」
いかにも貴族のご令嬢というような彼女達、同級生もいるけれど上級生もいるようだ。
「話があるからいらしてちょうだい」
「なんの話ですか?私にはないですけど」
知らない顔ばかりだし、学年が違ければ接点だってない。選択授業を取っていれば、学年関係なくクラスメイトになることもあるが、この中に選択授業を取っている人もいなかった。
「生意気ね!あなた、実は平民だったんですって?」
「いつまでも伯爵令嬢のつもりなんじゃないの?」
「平民のくせに、貴族である私達を立たせて、自分が座ってるとか、本当に礼儀を知らないのね」
「だから追い出されるのよ」
ここは私の席なんで、立たなきゃいけない理由がないし、第一、学園は身分不問を掲げてますよね。
そんなことを言えば、さらに生意気だなんだの煩いことを言われるだろうから、黙りで押し通す。
同級生達は、遠巻きに見ているだけで、止めに入るでもなく、先生を呼びに行くでもない。女子達の視線は、明らかに面白がっていた。
「ちょっとあなた、私達の話を聞いているの?!」
一人の令嬢に髪を強く引っ張られて、髪を結んでいたリボンが解けてしまう。
「とにかく来るのよ!」
髪をつかまれたまま教室から連れ出される。連れてこられたのは中庭のあの木の裏、エドとキスしたあの場所だ。
「私が平民で、生意気で、礼儀知らずだからって、それがあなた達に何か関係でもありますか?」
木に向かって突き飛ばされ、私は木の幹で頬を擦ってしまった。
「本当に生意気!」
目を吊り上げた女子生徒達が、前から横から手を伸ばしてきて私の髪の毛を引っ張ったり、小突いてきたり、制服を引っ張られたりする。
集団リンチだ。
貴族女子だから力はないが、爪が伸びているから引っ掻かれて、地味に傷だらけになる。
「痛い!何するのよ!」
「あなたが平民の癖に生意気だからでしょ!」
「目障りなのよ!」
「平民のくせにクリストファー様に取り入るとか、身分をわきまえなさいよ!」
クリストファー様?なんでここでクリストファー様の名前が出てくるの?
「あなたなんか、第三王子がお似合いよ!そっちで我慢して、クリストファー様から手を引きなさいよ」
「ちょっとあんたら!我慢って何よ!」
目の前にいた女子生徒を突き飛ばすと、非力な女子生徒は後ろによろけて尻もちをついてしまう。
「あなた!貴族に手を出して、ただですむと思っているの!」
「集団リンチするような卑怯な奴が何をほざいてんのさ!あんたらが先に手を出したよね?正当防衛って知ってる?頭ん中、男とお洒落くらいしか興味ないからわかんないか」
「あなたなんか、学園にいられないように、お父様に言いつけてやるわ。私のお父様は、学園に多額の寄付をしているんだから」
「私もよ!」
私は尻もちをついた女子生徒の前に仁王立ちで立った。
「やれるもんならやってみなさいよ!あんた達、さっきエドのことそっち扱いしたでしょ。エドと付き合うのが我慢ってどういうことよ?立派な王族侮辱罪だからね!」
「な……何よ、みんな言ってるじゃない。第三王子は悪たれ王子だって。第一、クリストファー様と比べたら……」
「比べたら何だっての?!クリストファー様よりもエドのが裏表なくて信用できるし、努力家だし、ちょっと口は悪いけど、私にだけ甘々でいてくれるし、流行らない筋トレしているのだって、私に何かあった時に助けられるようにだし、少し強引なところもあるけれど、ちゃんと待てだってできるし、それにそれに……」
いっきに捲し立てたら、息切れた。
私を囲っていた女子達が、ポカンとして私を見ている。
いやね、私もビックリなんだよ。エドのこと悪く言われたって思ったら、なんかエドへの愛情がね、ドバーッて溢れたというか……。自分が思っていた以上に、エドのこと大好きなんじゃない?って感じで。
「あなた……クリストファー様との関係は?」
「ただの知り合い……いや、彼氏のお兄さんかな」
エドが彼氏って、初めて言っちゃったよ。テレテレ。こんな場面だけれど、照れて顔が赤くなる。
「じゃあ、なんで私達はみんなクリストファー様にふられたんですの?!あなたっていう彼女が出来たからじゃないんですか?」
「そんなの知らないよ。もしかして……皆さん、元クリストファー様シスターズ?」
七人全員?
そういえば、私が学園に戻ってきたタイミングで、クリストファー様は彼女(達)と別れてフリーになったって聞いたような……。もしかして、誤解されて逆恨みされてる?
「変な呼び名をつけないでください!」
尻もちをついた女子生徒が立ち上がり、スカートについた土をはらう。
「あなたは、第三王子とお付き合いしているので間違いはないのね」
「何よ、平民のくせに生意気だとかまた言うわけ?!」
「いえ、それなら私達には関係ありませんから、問題はありませんの」
オホホホと笑っているが、こちらには問題ありありだっつうの。だからって、伯爵令嬢だったら抗議もできるかもだけれど、平民だったら泣き寝入りだもんな。
髪はボロボロだし、腕や顔は引っ掻かれて傷だらけ、木に擦ってできた頬の傷は、ジンジン痛いからけっこう大きい気がする。
そういえば、こんな場面、小説にもあったな。私が退場したしばらく後、アンが学園に入ってから、クリストファー様の今までの彼女達に詰め寄られるって話。あの時は囲まれて突き飛ばされた……くらいだったよね。こんな怪我したとかは書いてなかったな。たまたま通りがかったエドがアンを助けて、少し良い雰囲気になるんだっけ?
ウワッ、思い出しただけでムカついた!
「もう行っていいよね?!」
私は頬の傷を手の甲で拭うと、イライラ全開で女子生徒達を睨む。
女子生徒達はコクコクと頷き、私はわざとらしくため息を一つ吐いて立ち去ることにした。
どうせ私が訴えても握り潰されるだけなんだから、嫌味な態度の一つや二つ、この傷の代償だと思って甘受して欲しいものだわ。
木の幹の後ろから顔を出した時、中庭に面する渡り廊下を歩いていたエドと、バッチリ視線があった。
あ……近付いてくる。
エドは早足というより駆け足で私の元までくると、私の顔の傷の部分に指を当てた。
「……誰にやられた」
地を這うような低音が、空気をビリビリと震わせる。
エドが木の後ろに目をやり女子生徒達を見つけると、エドが木の幹を拳でドカッと殴った。ミシミシという音がして……凄い、木がえぐれてる。しかも、上からバラバラと何かが……。
女子生徒達は真っ青になり、お互いに手を握り合っていたが、上から降ってきた物が何かに気がつくと、大パニック状態に陥る。
そりゃそうだ。私も嫌だよ、頭から毛虫をかぶるのは。
女子生徒達は、悲鳴だか奇声だかわらない声を上げて逃げ出した。
阿鼻叫喚。
「あいつら、全員顔覚えたからな」
「顔覚えてどうすんのよ」
「社会的に……抹殺」
その顔マジじゃん。うん、私の為だよね。
「十分、今ので衝撃は大きいと思うよ。それ以上は止めておこうか。彼女達、失恋のせいで自分を見失っちゃったんだよ」
「失恋?」
「そ、全員元クリストファー様シスターズだったらしいし」
さ○姉妹ってね、下品過ぎるからね、言い方変えてみたよ。
「シスターズって……。ったく、アンネに迷惑かけるような別れ方しやがって」
「クリストファー様のことだから、匂わせるような言い方しただけでしょ。勘違いしたのは彼女達だし。それに、これで一つクリストファー様に貸しだね」
エドの真似をしてニヤリと笑ってみせると、エドは呆れた表情になる。
「おまえ、クリス兄様に抗議したっていいんだぞ」
「いや、百倍にして貸しを返してもらった方がいいもんね。それに、私の彼氏はエドだって言ったし、誤解は解けたと思うな」
「マジか?!」
「あ、駄目だった?」
「いや、ジャンジャン言えよ!」
ぶっきらぼうながら照れた様子のエドは、私の髪の毛を整えたり、引っ張られてよれた制服を直したりしてくれる。少し手付きが乱暴なのは、照れ隠しのようだ。
「ほら、保健室行くぞ」
腰を抱かれて促される。
「一ヶ月間お触り禁止だよ」
「これはエスコート。お触りってのは……」
お尻をさらりと撫でられ、エドがニヤリと笑う。
「こういうことだろ」
「こら!」
だから悪たれ王子って呼ばれるのよ!
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