第36話 もうすぐクリスマス

 もうすぐ、クリスマスか……。


 この世界には、正式なクリスマスという文化は存在しない。作者が無宗教だったのか、神様や宗教の存在もあやふやだ。少なくとも、王国が定めている宗教はなく、結婚式は人に誓う人前式だし、葬式も自然に還る散骨スタイルだ。

 ただし、イベント好き日本人が作者なだけあり、クリスマスは冬の祭りとして存在する。クリスマス同様、木(モミの木ではない)に飾り付けをし、プレゼントを贈り合う。本来は、厳しい寒さで食べ物が少なくなる冬を乗り切る為に、地方領主が飾り付けをした木の元で炊き出しを行ったのが始まりとか。


 まぁ、色々と理由付けをしつつ、クリスマス行事を取り入れたに過ぎないのだろう。呼び名も、クリスマス地区から広まったからクリスマス。クリスマス地区がどこかは、私は知らない。現存の地理には存在しないからね。


 そしてこのクリスマス近くに……解禁になる!

 何がって、お触り禁止令だよ。


 ここは、イベントの力に乗っかって流されちゃうべき?


 覚悟は決まった……と言っても、行為自体に対する覚悟じゃなくて、エドの一生を貰うってやつ。だって、私もそこそこ……いやかなり?エドのこと好きだって自覚は持てたし、エドも一生私以外とHできなくなるってわかってて、私を選んだ訳でしょ?アンの存在がいまだに引っ掛かるけど、今更心変わりはないと信じたい。ただ、行為そのものに対する覚悟が……ね。


 そういえばアンだけれど、学力の問題で、一学年下のエドの学年に入学したけれど、それでもかなり落ちこぼれているらしい。しかも、元が平民故のフレンドリーさからか、色んな男子と仲良くなって、女子から総スカンくらっているとか。


 エドに手を出さなければ、問題はないんだけれど、エドにもちょこちょことちょっかいを出しているようで、かなり心配ではある。


 小説では、口の悪いエドにあまり良い印象を持たず、そのことをクリストファー様に相談して……って流れがあったようだけれど、今はエドに冷たくあしらわれてなんでかわからないと、クリストファー様に言ったらしい。さほど親しくもないのにだよ?


「こういうところじゃないかな?距離が近くて不愉快だ」


 と、笑顔で言い捨てたらしいクリストファー様。毒舌キャラに変貌してしまったのか、今までの八方美人キャラは封印して、女子とも距離を保つようにしたらしい。


 今のところ、エドもクリストファー様もアンとの関わりは最小限みたいだけれど……。


「これ、招待状です」


 なぜか、アンが三年生の教室に来ていて、私の目の前に立っていた。その手にはゴールドバーグ家の蝋封のついた手紙を持ち、私に差し出してくる。


「何で私に?」


 見る限り、クリスマスパーティの招待状のようだが、そもそも貴族のパーティに平民を呼ぶことがおかしい。学園の外は、身分社会なのだから。


「あら、毎年パーティに出ていたんでしょう?今年も出たいんじゃないかと思って。それに、あなたのせいでお父様達が悪く言われているのご存知?」

「は?」


 アンは後半をわざと大きな声で言うと、さも辛そうに目を伏せる。周りにいる男子達がアンをチラチラ見ているのを意識しているのか、目に涙まで浮かべている。座っている私からは、うつむきながら微妙に悦に入っているアンの表情は丸見えだ。


 ウワァーッ、質悪ッ!


 なんとなくそうかなとは思っていたけど、小説に書かれていた純粋で天然な感じのヒロインとはどうやら性格が違うようだ。悪い方に……。


「あなたが《勝手に》出て行ってお父様達がどんなに心配したことか。それなのに特待生で学園に戻ってきたことで、お父様達はあなたを追い出したって言われているのよ」


 は?追い出したよね?しかも着の身着のままで。まぁ、住まいは提供してくれたから、そこまで恨んではいないけれどね。


「だから、あなたの元気な姿を見せて、お父様達を安心させてあげて」


 安心もなにも、隣にはメアリーが住んでいるんだから、メアリーに確認すれば私の様子なんかすぐにわかるだろうに。

 私が学園に特待生で入学してしまったから、行方不明という話が信憑性に欠けてしまったんだろう。学園にいる貴族達から私が学園にいることが社交界に広まり、面白おかしく噂されるようになったのかもしれない。


「あと、これクリストファー様とエドモンド様への招待状。ついでに渡してくれるわよね」


 え、何で?ついでもわからなければ、私が渡す意味もわからない。


「ゴールドバーグ家が王子様達の覚えが良いって周りに知らしめたら、お父様の格が上がるってわからないの?今まで育ててもらった恩くらい返しなさいよ」


 アンは私に招待状を渡しながら、私にしか聞こえないように囁く。


「あ、王子様達を他の招待客と同じ扱いはできないから、特別に私がお二人のお相手をするわ」


 私の手に三通の招待状を握らせ、アンは爽やかに微笑んでみせた。


「まぁ、ありがとう!ぜひクリスマスパーティにいらしてね。お父様とお母様と楽しみにしているわ」


 私、さっきからほとんど会話してませんけど。


「皆さんも、ぜひ我が家のクリスマスパーティにいらして。王子様二人も招待いたしましたし、盛大なパーティになりますわ」


 アンはパーティの招待状をクラスにいる生徒達に配る。女子にはサラッと、男子には媚を売るように。


 もう無関係だけれど、ミカエルのことが心配になるレベルの奔放ぶりだ。


 さて、この招待状どうしよう?


 ★★★


「おい、クリスマスだけどさ」

「うん?何?」


 選択授業も終わり、教科書を片付けていると、すでに帰り支度をすませたエドが私の前に立っていた。


「だから、クリスマスだよ」

「ああ、聞いたの?」

「何を?」

「だから、ゴールドバーグ家のクリスマスパーティに招待された件よ」

「ハァッ?!」


 イラッとした様子の「ハァッ」は、どうやら違う内容だったらしい。


「いやね、今日の二十分休みにアン……ネローズさんが教室にきて、私とエド、クリストファー様の招待状を置いて行ったの」

「アゞ?!」


 いや、その声と顔、王子様のするもんじゃないよ?


「とりあえず渡しとくね。行くか行かないかはそっちで決めて」


 私は二通の招待状をエドに手渡した。


「なんか、王子様二人の相手は特別にアンネローズさんがしてくれるらしいよ」

「……!」


 声も出ないくらいに怒ってるよ。


「うちのクラスでも招待状配ってたし、きっとうちの事情に興味津々の子達はくるんだろうな」

「そういや、俺のクラスでも配ってたな」


 エドは招待状をしばらく見ていたが、それをおもむろに胸ポケットにしまった。エドならば怒りに任せて破り捨てるかと思っていたから、少し意外だ。


「よし、これに出るぞ」

「え?」

「あと、クリスマスでちょうど一ヶ月、解禁だって覚えてるよな?」

「あ……ぁ、うん」


 エドはスケベっぽいニマニマ笑いを浮かべる。だから、王子様のする表情じゃないよね。


「この日は帰れると思うなよ」

「……」

「楽しみだなぁ」

「……」

「そんじゃ、行くか」

「どこへ?」


 エドは私の荷物を持って勝手に教室から出ていき、私は慌ててその後を追った。


「ドレスを作りにだよ」

「いや、ちょっとバイトもあるんだけど」


 いまだに、学校帰りに色んなお店に寄ってフラワーアレンジメントのバイトは続けている。最近ではやり方を近所の主婦達に教えて、分担して契約した店に回ることにしたから、私が手掛けるのは数軒にはなったけれど、どれも大口のお客さんばかりで、それを任せられる人間がいないのだ。


「どこ?」

「今日はララ・ベル衣装店と、カサリナ靴店かな」


 どちらも、予約が取れない高級店で、ララ・ベル衣装店は数年待ちで一度デビュタントの衣装を作ってもらったことがあった。凄く華やかで素敵な衣装だった記憶がある。それからサイズアップはしていないから、着ようと思えば着れるのだが、花嫁衣装と同じで、デビュタントドレスは一生に一回しか着ないのが通例だ。二度と着ないドレスでも、あれだけはバラせなかったドレスだった。


「なら、ちょうどいいじゃねぇか」

「え……ちょっと」


 まさか、ララ・ベルで……?いやいや、ないない。


 ララ・ベル衣装店につくと、いつもならば裏口から中に入り、花を生けてまた裏口から帰るのだが、今日は正面から入る。


「あら、アンネちゃんと……エドモンド第三王子様?」


 ベルトモント夫人が奥から現れ、私とエドの組み合わせを不思議そうに見た。


「久し振りだな、ベルトモント夫人」

「本当に。仮縫い合わせにもう少し顔を出していただくと、最後の調整が少なくてすむのですが」

「成長期だからな。一ヶ月前よりは体型が変わっていて当たり前だろ」

「ですから、もっと頻繁にですね!」


 いつもは温和で穏やかなベルトモント夫人が、エドには手をやいているようで、珍しくプリプリと怒っている。


「わかったよ。次の仮縫いは絶対にすっぽかさない」


 小さなベルトモント夫人にくってかかられ、エドは降参だとばかりに両手を上げる。


「次だけじゃなくお願いしたいですね!」

「わかった。わかった。じゃあさ、その代わりに俺のお願いも聞いてよ」

「常識の範囲内ならば、よろしいですよ。とりあえず、ここではなんですから奥へどうぞ」


 普通なら、予約がないとベルトモント夫人と話すことも難しい筈だが、エドと二人で奥の談話室に通された。ソファーを勧められ、座るとお茶も出てきた。


「こいつにドレスを作って欲しい」


 ベルトモント夫人の眉がピクリと上がり、職人の視線で私を見る。


 なんか、目で採寸されてるみたいなんですけど。


「73−55-75」


 大当たりです!


「それで、いつまででしょう?」


 断らないの?!


「五日後で」

「五日……わかりました」


 えっ?!!


 

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