第33話 王家の事情

「ここからは、婚約のことというか、王家の事情について話があるから、アンネと二人になりたいんだが」


 エドがメアリーに向かって頭を下げた。


「さようですか……。お話が聞こえるとまずい感じですね?」

「ああ。凄くまずい」


 人に聞かれたらまずい話なら、全然聞かなくてもかまわないんだけど。


「承知しました。では、私はダラスと食事でもしてきます。もしよろしかったら、ゴールドバーグ家の料理長の作った夕飯を召し上がりください」

「ありがたくいただこう」

「いや、メアリーがもらってきてるのは残飯だから。エドの口には合わないと思うな。それに、もう暗いから出歩くのは危ないよ」


 ここでエドと二人っきりになったら、貞操の危機が……。


 メアリーはさっさと机に夕飯の準備(並べるだけ)と、外套を隣の部屋に取りに行った。戻ってくると、なにやらエドとボソボソ話していたが、すぐに「では」とお辞儀をして出て行ってしまった。


「とりあえず、食べるか」

「残飯だよ。冷めてるよ」

「視察中はたいしたもの食べれなかったから、俺にはご馳走に見えるけどな」

「いや、味は美味しいのよ。うちの料理長は料理コンテストで優秀賞とったことあるし」

「そりゃ楽しみだ」


 エドは気にせずにパクパク食べ始めたから、私もしょうがなく食べ始める。ゆっくり食べればもしかするとメアリーが戻ってくるかもしれないしね。


「さっき、メアリーと何を話していたの?」

「意味はわからないんだが、困ったときは枕の下を見てくださいって言われた」


 思わず食べ物が気管に入りそうになりむせる。


「汚えな。ほら、これで拭けよ」


 ハンカチを手渡されたが、こんな高そうなハンカチは汚せないと、台布巾で口を覆いながら咳こむ。エドは立ち上がって私の隣までくると、背中をトントン叩いてくれる。


 はぁ……死ぬかと思った。


「もう……大丈夫」

「気をつけろよ。で、枕の下には何があるんだ?」

「ない!何もない!とにかく座って!ご飯食べなさいよ」


 毎回回収するのに、毎晩枕の下に準備される避妊具。メアリーがいつの間にか仕込んでくるんだよ。今日はまだ回収していなかったから、きっと枕の下にあるに違いない。あとで、エドがトイレとかに立った隙に隠しておかないと。とにかく話をそらさなくちゃね。


「それで、王家の事情って私が聞いてもいいわけ?」

「むしろ、話さないといけないやつだな。俺の恋人ならなおさら」

「怖い話?」

「ある意味」


 それならやっぱり聞きたくないんだけど。


「王家には呪いがかかっている」

「ちょっと!まだ聞くって言ってないのに、勝手に話さないでよ」

「もう遅い。核心は話した」


 聞いてしまったものはしょうがないのか。それにしても呪い?魔法もない世界で、呪術があるの?


「えーと、エドも呪われてたりするの?」

「ああ。直系の男子にだけ発現する呪いだ」

「直系……。本当に直系だけなの?例えば、王太子様が王になったら、王太子様の血筋が直系になるのよね?エドの呪いは消える?」

「俺のは消えない。でも、俺の子供達は無事だ」


 ということは、遺伝的な……例えばY遺伝子だけに発現する病気というわけでもなさそうだ。遺伝的な病気ならば、直系傍系関係なく男子に現れる筈だから。


「どんな呪いか聞いても?まさか死んじゃうとかじゃないよね?」

「死にはしない。ただ……」 

「ただ?」

「死にたいと思うような状況になることもある」


 食事どころじゃないじゃない!そんな酷い目に合う呪いっていったい何よ?!


 私は小説の内容を思い出そうとしてみる。一字一句覚えているわけではないが、そんな酷い呪いに関する記述はなかったと思う。

 まぁ、私が家とミカエルに捨てられて衰弱死することだって書いてなかったんだから、話の大筋に関係ないことは、裏設定としてあるのかもしれないけれど、あえて書いてないのかもしれない。


「エドは?死にたいって思うくらい辛い?痛かったりとかある?」


 私は椅子から立ち上がり、その手を握った。二人で手を繋ぎ、ベッドに並んで腰掛けた。


「まだ何もない。呪いが発動してないからな」

「発動してない?発動条件とかあるの?」

「ある」


 そこまでわかっていて、呪いを解く方法がないんだろうか?


「それは?」

「それは……好きな女と子づくりすることだ」

「は?」


 心配したのに、ふざけてるの?!


 眉がヒクッと上がり、怒りで唇の端がフルフルなる。


「じゃあ、うちらは一生プラトニックで!」

「違う!そういう問題じゃなくて」


 馬鹿らしくなり、話なんかいいからご飯を食べようと立ち上がろうとしたが、エドに押し倒されて手首を押さえ付けられた。


「馬鹿な話ばっかしてると怒るよ」

「だから違うって。話を最後まで聞いてよ。一番好きな女の子とHすると、一生その子にしか勃たなくなるって呪いだ」

「え?一生?」


 エドはコクリと頷く。


「ふられようが、死別だろうが二度と他の女の子には反応もしなくなるんだ」


 それは……男性の尊厳的に辛い……のか?ちょっと女の私にはわからないんだけれど。


 でもそれって、一人にしか反応しないっておかしくない?だって……。


「クリストファー様は?!」


 沢山の彼女がいるクリストファー様は、小説の中でもそれなりに女子生徒と関係を持ってて、「私一人だけを見て!」というアンに、「みんな同じだけ好きなんだ」とか、クズ発現して結局ふられる……っていうミカエルの当て馬的なポジションだったよ。

 現実社会でも、クリストファー様とベッドを共にしたって、自慢気に語る女子はそれなりに知ってる。


 エドは私の言いたいことを理解したのか、少しバツの悪そうな表情になる。


「えっと、みんな同じだけ好き、もしくは誰も好きじゃなければ、呪いは発動しないんだ」

「ウワッ、最低……」


 冷ややかな視線を向けると、エドは起き上がって弁解を始める。私も起き上がって、つかまれた手首をわざとらしく撫でた。


「違うんだって。直系が全員唯一を見つけたとして、子供が生まれる前になんらかの理由でみんな相手がいなくなったら、王家は途絶えちゃうじゃないか。今の法律だと、王太子になれるのは直系の男子だけだから」

「そう……なんだ」

「ザック兄様はメリル妃を唯一にしたんだけど、メリル妃は体が弱いから子供は……。で、俺は全員を平等に愛するなんて器用なことができるタイプじゃないし、それどころか唯一すら見つけられるのか?って思われてたみたいだし。だから、クリス兄様が頑張らないとだったんだよ」


 だからって……ねえ?


 そこで私は、これは裏設定なんじゃないかって気がつく。


 いくらミカエルをヒーローに設定したとしても、王子をふって子爵次男を選ぶ意味が分からなかったんだよね。クリストファー様も第二のヒーロー的な立ち位置で、やたら性格は良く書かれていたけれど、やってることだけ見ると、優柔不断の多股男(最低だな!)で、なんで?って思うところが多かった。

 呪いって裏設定で、無理やりこじつけたとしか思えない。しかも、裏設定だから書いてないのよ。私の衰弱死同様ね!


 もしかしたら、第二部とかがこれから発売されて、初めてあかされる真実!的な流れになるのかもしれないけれど、なんていうか評価が星二つの理由がわかった気がする。設定が無理やり&説明なさ過ぎ。


 つい、コメカミをグリグリ押しながら考えこんでいたら、いつもは睨んでいるようにしか見えない目を情けなく下げたエドが、私の顔を覗き込んでいた。


「こんな厄介な呪いがある家に嫁になんか行きたくない……とか思ったか?」


 そりゃ、好き好んで呪われたくはない。


「うち的には、この呪いを受け入れて一生添い遂げてくれることが絶対条件で、身分なんかは二の次なんだよ。ついでに子供を沢山産んでくれたらより良いかなってのもあるみたいだけど……、俺は死ぬまで二人でいてくれたらそれでいい」


 私は子づくりマシーンじゃないぞ!そしてエドは愛が重過ぎる!!








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