第32話 エドからの報告
ベンチのど真ん中に足を大きく開いて座ったエドは、私に向かって両手を開いていた。
誰がそこに座るか!
私はエドを無視して、ベンチの端っこにチマッと座る。小さい体は、どんなに狭いスペースにも入り込めるんです。第一、中庭に面したベンチで、何をやらかそうとしているんだか。
「しゃあねぇな。そんじゃ、うん」
ムスッたれたエドは、手を私に差し出してくる。
「なに?なんかくれるの?」
手のひらを上にして手を出すと、エドは恋人繋ぎに手を繋いで自分の膝の上に置いた。
「……俺の愛情」
言いながら照れるな!可愛いじゃないの。
「それも冗談?」
「バカ、本気だ。冗談は、おまえに殴られたってやつ。おまえに殴られたって屁でもないからな。ああ、うまくいかねぇ!ザック兄様が、好きな女ができたら、いつもみたいに憎まれ口を叩くんじゃなく、ストレートに思ったことを口にしろって言うからやってみたけど、俺が言うと嘘くさくないか?」
思ったことを口にしたの?冗談じゃなくて?
「うん、嘘くさい」
「おまえな!」
「そんな連発してたら、ありがたみもないよ。いつものエドがいい。たまに二人っきりの時に甘々だと嬉しいな」
指をギュッとしてうつむきながら言うと、エドが片手で両目を覆って叫んだ。
「アーッ、クソッ!マジ可愛い!」
「いや、落ち着こうよ」
というか、さっきザック兄様って言いました?ザック兄様って、もしかしてアイザック王太子のことですかね。
「ね、まさかだけど、私のことご家族には話してないよね?まぁ、クリストファー様は知ってるみたいだけど」
「話すに決まってんだろ」
話してんのかい!自分が王子だって自覚ないのかな?いくら第三王子だからって、「平民の彼女作っちゃった」って報告して、「彼女できたんだ、良かったな」ってなると思う?せめてさ、私が学園卒業して、国の中枢とかに勤めて実績積んでからとかさ……。
「それで、なんだって?」
言ってしまったものはしょうがないけど、反対された時の為の心の準備はしておこう。
「捨てられないように頑張れよって。それで、アドバイスもらった」
「は?もしかして、平民になったこと知られてない?」
「いや、俺が視察に行くとか言い出したから、その理由とか話してるし」
じゃあ……同情的な感じで受け止められてるのかな?にしても、捨てられないようにってどういうこと?
「そう、視察!視察だよ視察。あぁ、もう午後の授業始まるじゃないか。とにかく、授業終わったらおまえんちな」
聞きたいことはほぼ何も聞けず、午後の授業の予鈴が鳴って、私はエドに手を引っ張られて教室まで走った。
え?家は駄目だってば!
★★★
「どうぞ」
メアリーがいれたお茶を目の前に置かれ、エドは超絶不機嫌にお茶を啜っていた。
私達は、メアリーの部屋から椅子を一脚持ってきて、向き合って座っている。メアリーは侍女ではないのに、壁際でスタンバっていた。
授業が終わり、ほぼ有無を言わせず私の家まで連れてこられた。これでもね、かなり抵抗はしたんだよ。図書館に行こうって言ったら、話ができないから駄目だと却下され、それなら喫茶店でも寄ろうと言ったら、人に聞かれたくないからと却下され、公園でケバブサンドでも食べながらって言ったら、お腹は空いていないと却下された。
家の前でも押し問答がありつつ……、メアリーの帰宅で問題は解決。今、家の中にいるというわけだ。
「まず、視察の件だな」
「ザワ地区に行ったんだよね」
「ああ。各地の病院の視察という名目て、ダリルという看護婦について調べてきた」
「それで?」
視察に時間がかかったということは、ダリルという看護婦はいなかったんだろうか?
私はゴクリと唾を飲み込んで、エドの言葉に集中した。
「茶色い髪の毛に黒目のダリルという女はいたな。ただ、数年前に大病して、看護婦ではなく患者として入院していたが」
「大病?」
ふっくらしていて血色の良さそうな頬をしていたけど、大病を患っていたのか。いや、普通に考えて別人だよね?
「ああ。ギスギスに痩せて、目は落ち窪んでいたぞ」
「三ヶ月の間に激痩せしたとか?」
「いや、大病をした時から体重が戻らないと言っていたな。昔はふっくらしていたそうだが。あと、ゴールドバーグ伯爵夫人のことは覚えていたよ。無茶苦茶美人な妊婦だったって。ただ、赤ん坊については……」
「ついては?」
「特徴のない普通の赤ん坊だから記憶にないそうだ」
「金髪にお尻の黒子は?」
「それも記憶にないと。ただ、記録は自分がとった筈だから、書いてあることが全てだと」
「お嬢様ならば、特に特徴がない赤ん坊でも不思議はないですね」
メアリー、あんたの言うことは正しいけど、言い方ってもんがあるんだよ?
「まあ、共通点は赤ん坊の時からチビだっていうくらいか」
「ああ、お嬢様には成長期がありませんでしたから」
「メアリー、赤ん坊の時に比べたら遥かに大きくなってるんだから、成長期がないわけないでしょ。じゃあ、あの証言をした看護婦は誰なの?」
「ダリルという女に聞いた女の特徴を話したら、自分の従妹が大病する前の自分にそっくりだそうだ。同じくザワ地区の違う病院で看護婦をしていると聞いて、その女にも会ってきた」
ダリルの従妹はゲーテと言い、メアリーが言った情報そのままな人物だった。彼女の元にブルーノ子爵家から使者が来たのは三ヶ月半前、大病をして病院から出られないダリルの代わりに証言をして欲しいと言われ、看護婦一年分に相当する報酬を提示されたらしい。しかも、王都までの旅費に滞在費、観光費用全額を出すと言われたとか。
ダリルの証言は取れていると言われ、取り違えられた赤ん坊の話を聞き、不憫に思ったから証言したとのことだったが、金銭に釣られたのは明白だった。
「では、看護婦は偽物で、証言の内容まで虚偽だったということですね」
メアリーの言葉にエドは大きく頷く。
「二人の証言は、立会人の元に証書にしてきた。むろん、俺の前で証言したことが嘘なら、王族偽証罪で捕まることは言ってある」
「嘘なら終身刑ですね」
そんなに重いの?!
それなら、ミカエルのしていることは……。
怖くて考えるのを止めた。ミカエルのしたことは許せないけれど、罪人にしたいわけじゃない。
「じゃあ、お嬢様はお屋敷に戻れるんですね」
「え?」
屋敷に戻る……もう昔みたいな家族になれるとは思えないあの場所に?
「アンネが嫌なことはしない。アンネはどうしたい?」
エドは私の表情を読んだのだろう。穏やかで急かすことのない口調に、しっかりと考えてみる。
「戻りたくは……ないかな。家族だから許せるとか、そういう話でもないだろうし……」
私は自分の気持ちを思いつくまま話しだした。
エドもメアリーも黙って聞いていてくれ、最終的にゴールドバーグ家とは縁を切り平民として生きて行くという結論に達すると、エドは頷くいてくれた。
「俺もそれがいいと思う」
「いいの?」
王子の彼女が平民というのと、伯爵令嬢とだったら、周りに受け入れられるのは後者だろう。
「ああ、クソな縁戚は有害になるだけだ」
エドらしい言い方に笑いが溢れる。
「結局、振り出しに戻ったんですよね?お嬢様とアン様が取り違えられたかどうかわからないという状況に」
「それな。だから、ちゃんとした証拠をつかむまでは、ダリルとゲーテの証言は一旦俺が預かることにする」
「まだ調べるの?私はむしろこのままでいいんだけど」
「公表するかはおいといて、おまえ一応王子妃になるんだから、出生はなるべく早くハッキリさせとく必要があんだよ。別に、貴族でも平民でもいいから。後でゴチャゴチャ言われたらやっかいだろ」
「ええ?いや、まだ婚約するかも……ねえ?付き合ったばかりよ」
いつかは……とは思うけれど、学園を卒業してそれから……は遅いのかな?前も曖昧にしちゃったけれど、エドだって他の女子に接しているうちに心変わりする可能性だって0ではないわけで、そんなに早く将来を決めちゃってもね……。私達のは家同士の婚姻じゃないからさ。
「ハァッ……。あのさ、俺はすぐに婚約、結婚で全然いいわけ。というか、むしろそれを望んでる。だから、早くおまえの素性を調べようとしてんだろ。ちなみに、養女先もすでに話つけてあるからな。平民だったらすんなり養女にできるし、逆に面倒なのはゴールドバーグ伯爵の実子だった時だよな」
「面倒……なの?」
エドはうんざりだと言うように肩をすくめる。
「今はアンとかいう女とおまえは入れ替わった戸籍を使っているわけだけど、おまえがゴールドバーグの実子ってことになると、また交換することになるだろ。あっちの女が貴族の養女ってことになって、その時に結婚してたら、下手したら俺の嫁だぞ。戸籍だけの話だけどさ。冗談じゃねぇよ」
それは私も冗談じゃない!
「じゃあやっぱり、早くに進める話でもないんじゃない?」
「アホ!逆だってありえるんだからな」
「逆?」
メアリーはポンッと手を叩いた。
「アン様とミカエル様がご結婚なさった場合ですね」
「つまり……」
「ご結婚後で真実が判明したら、お嬢様がミカエル様のお嫁様になってしまいますね」
「絶対に嫌!」
その場合は……証拠隠滅で!
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