第30話 特待生

「行ってきます」


 久し振りに着た学園の制服は……小さくもきつくもなっていなかった。


 やっぱり、私の成長期は終了してるのね!せめて、「胸のところがきつくなったみたい」とか言ってみたいもんだわ。


「お嬢様、いってらっしゃいませ」


 と言っても、メアリーも出勤するから、お互いに「いってらっしゃい」「行ってきます」なんだけどね。学園復帰の気分を出す為に、ちょっと言ってみただけよ。


 お互いの部屋に鍵をかけて、ダラスが来るのを待つ。

 学園までもたいした距離ではないんだけど、初日は教科書とかの荷物が重いから、ダラスの馬車に便乗させてもらうことにしたのだ。


 今日から、アンネ・ガッシとしてキングストーン学園三年生に編入する。三年途中で退学になったから、また三年生に戻れるとは思っていなかった。エドと同じ二年生に編入になるかと思いきや、特待生試験の結果、三年の学力に足りているということで、三年生の後期に滑り込めた。

 しかも、午後の選択授業も、以前と全く同じものをとれるということで、今日から選択授業も復活だ。


「お嬢様、そのお荷物を全部運ぶのですか?」

「時間割り通りよ」


 七科目分の教科書や参考書だからね。特に選択授業の方の教科書は辞典かってくらい分厚くて重い。基本授業の方はペラペラなのにね。


「教室までお運びしましょうか?」


 学園の門の前に馬車を横付けすると、ダラスが馬車を下りるのを手伝ってくれながら言った。


 貴族ならば、専用の馬車停めがあり、学舎の近くまで馬車で入れる。けれど、今の私は平民アンネ・ガッシだから、馬車を学園内に入れることもできないし、ダラスを連れて中に入ることもできない。


「大丈夫よ。メアリーが遅刻しちゃうから、早く行って」

「しかし……」

「こう見えて私、腕力には自信があるのよ」


 説得力のない細腕で力瘤を作って見せた後、私は両手に荷物を下げて正門をくぐった。

 腕がプルプルするが、そこは我慢だ。


 通い慣れた並木道だが、気分も違うと見え方も違う。


 あ……実際違う筈だよね。だって今までは馬車で通ってたから、ここは馬車の中から見てたもの。でも、歩きでもなかなかいいんじゃない?荷物が重くなければね!


 歩きでしか見れない木々の間から見える空とかを見上げていると、私の横を通り過ぎた馬車が停まった。馬車の紋章は……キングストーン国旗と同じだね。


「アンネローズ嬢」


 馬車から下りてきたのはクリストファー様だった。……エドじゃなかったよ。


 実は、特待生試験に合格するまで出禁って言ってから、まだエドには会っていないの。一週間前に合格発表があって、その日に家に来るかなって……。待ってた訳じゃないのよ?メアリーが勝手に私の枕の下に用意したアレを使う覚悟なんかできていなかったし、ただちゃんと言うことがきけて待てたのは偉かったから、褒めてあげようかと思っただけで、本当に全然!待ってなんかなかったからね。


「乗っていかないかい?」

「いいんですか?」

「もちろん」


 クリストファー様は馬車からわざわざ下りると、私の荷物を自ら馬車に積み、エスコートして馬車に乗せてくれる。さすが、誰かさんとは違って紳士よね。女慣れしているとも言うけど。


「特待生合格おめでとう」

「ありがとうございます」

「アンネローズ嬢ならば心配してなかったけどね」

「あー……、私の事情聞いてますよね?私の今の名前はアンネ・ガッシなんです」

「アンネ?嬢」


 ただの平民が王子様に「嬢」付けで呼ばれるのは、さすがに違和感しかないな。


「前の愛称がアンネだったし、アン・ガッシは何か違うなと思ったから。改名って、けっこうすぐにできるんですね」

「まぁ、そうだね。アンネ嬢か……なんか親しげでいいな」


 その笑顔……眩し過ぎます!全体が黄金色に輝いているようで、さすが準ヒーロー。


「親しげなのがいいんなら、“嬢”もいらないですよ」

「いいの?」

「もちろん」

「じゃあ……アンネ」


 フワリとした笑顔で呼ばれて、思わず顔が赤くなってしまう。イケメンに親しげに呼び捨てにされるのって、なんか特別感があって恥ずかし過ぎる!


「アンネ、顔が赤いよ」

「重い荷物運んでいたからですかね。ああ、暑い暑い」


 学舎が見えてきて、私はそう言えば的なノリを装って聞いてみた。一番気になっていたことを。


「そうだ、……ェドですけど、風邪でもひいたんですか?」

「え?誰だって?」


 聞こえなかった?本当に聞こえなかったですか?いつものキラキラ笑顔の下に、腹黒い笑顔がのぞいちゃってますよ。


「エド!です」

「なんでだい?」


 彼氏のことを彼氏の家族に聞くとか、恥ずかしいんですけど!第一、私が彼女とかありなのかな?ここは友達のふりをするべき?


「少し、気になっただけです。別に……会いたいとか……待ってたとかじゃないですから」


 言いながら、どんどん顔が赤くなっていくのがわかる。


「ふーん、会いたくて待ってたんだ」

「だから、違いますってば!」


 馬車が学舎横の馬車停めにつき、クリストファー様は軽々と私の荷物を持つと、「教室まで送るよ」と、スマートに言ってくれた。

 王子様にそんな……と思いつつも、ありがたく厚意を受けることにする。


 私達が教室につくと、ザワついていた教室がピタッと静かになる。


 そりゃ注目するよね。ただの特待生よりも驚かれて当然だ。しかも、クリストファー様付きだしね。


「ハディースさん、今誰も使っていない机とロッカー教えてください」

「あ、うん」


 私が手近にいたハディース男爵令嬢に声をかけると、ハディースさんは廊下側の一番後ろの席と、その真後ろにあるロッカーが空いていると教えてくれた。


 私がハディースさんの名前を呼んだことにより、よく似た他人ではなく、元ゴールドバーグ伯爵令嬢だと確信した同級生達は、さっきよりザワザワしだした。

 勝手に行方をくらませたと言われていたみたいだから、そりゃそうなるよね。


 私は気にせずに後ろのロッカーに向かった。


 ロッカーは前に私が使っていたところで、席は私が座っていた席には別の子がいたから席替えしたのだろう。

 クリストファー様は教室についたら自分の学年に戻ると思いきや、教室後ろのロッカーに物をしまう手伝いまでしてくれた。


「さて、アンネ」


 クリストファー様はわざとか、わざとだな、私の名前を親しげに呼び、耳元に顔を寄せてきた。


「エドは一週間、地方視察に行っていたよ。今日の午前中には戻ってくる筈だ」

「え?」

「地方病院、特にザワ地区の病院の視察みたいだね」


 ザワ地区……、あの証言をした看護婦が今勤めていると言っていた?


「どんな視察報告があるか楽しみだね」


 クリストファー様は、クスクス笑いながら私の頭をポンポンと叩いてから教室から出て行った。


 この後、行方不明になった私を探し出したのはクリストファー様で、今まで付き合っていた数いる貴族令嬢達をふり、身分違いの恋に身を投じられた……とかいう、意味不明な噂がまことしやかに囁かれるようになった。


 クリストファー様は本当に恋人達を全員精算したようで、私が学園に戻ってきた時期を見計らって便乗破局しやがりましたね?!







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