第29話 呪い…クリストファー視点

★★★クリストファー視点★★★


 最初に彼女を見かけたのは、エドと寄り添って歩いている姿だった。


 ああ、またか。


 僕に近付きたい女子が、あいつを利用しようとしたことが多々あったから、また今回もそうかと思い、内心はイライラしつつも笑顔で話しかけた。


 もちろん、彼女はすぐに僕に気が付き、丁寧な挨拶をくれた。それからすぐに僕に擦り寄ってくるのかと思いきや、彼女はエドが第三王子だと気が付いていなかったらしい。あの慌て方は本気だった。

 しかも、捻挫しているようだから抱き上げて運んであげようとしたら、普通はうっとりと見上げられるものなのに彼女は顔を両手で隠したんだ。後で聞いた話、婚約破棄したばかりで悪い噂があるから、僕達が噂に巻き込まれないようにっていう、少し変わった気遣いからの行動だったらしい。


 何よりも、僕の笑顔が嘘臭いって言ったり、僕よりもエドの方が信用できると言ったり……凄く興味深い女の子だと思った。


 それから、エドとよく一緒にいるところを見かけるようになり、たまに一緒にランチとかをとる機会がちょこちょこあった。

 エドとポンポン言い合いをする姿は飾り気がなく、クルクル変わる表情は可愛かった。僕のことを腹黒いと言う彼女の前では良い人を取り繕う必要はなく、凄く気楽だった。


 こんな娘が唯一ならば……。そう考えないこともなかった。ただ、兄上も唯一の妃を娶ったがいまだに跡継ぎがなく、弟は人付き合いが苦手で唯一を選ぶかどうか以前に、女性と関係を持てるかどうかも怪しい。

 王家存続の為には、僕が複数の妃を娶るのが最良に思われた。唯一に憧れなくはないが……。


 ただ、女子は複数の中の一人よりも唯一になりたいもので、お互いに蹴落とそうとしている姿を見ると、全員を同じように好きでいるのは難しかった。ちょっと無理だなという娘には、賢い娘……特にアンネローズ嬢みたいな娘を妃にしたいよねと囁くと、僕と彼女の噂がいっきに広まった。ただ、彼女はエドとよく一緒にいるから、僕とエドを惑わす悪女……みたいな噂になってしまったけれど。


 彼女の家で問題が起こっていることは、エドが諜報機関を使用したことにより知った。彼女が取り違えられた平民の娘?しかも、伯爵は長年娘として愛した彼女を捨てるつもりだと言う。いつもは明るい彼女の泣きそうな笑顔を見た時、守りたいと思ってしまった。


 でも、彼女を唯一にするわけにはいかないから、彼女の為に動くことはできない。彼女の為に動けるエドが心底羨ましかったんだ。

 婚約話だって、スルーされたけれど本気だったしね。


 あの時は、いきなり彼女が目の前から消えるなんて思わなかったから、まだ余裕があると高を括っていたんだ。


 一晩のうちに彼女が消えて、あの時どんなに後悔しただろう。僕かエドの婚約者にしていれば、そんな扱いはうけなかった筈なのに。伯爵は勝手に消えたって言っているようだが、追い出されたに決まっている。

 エドは半狂乱になって彼女を探したけれど、僕は自分の中の均衡を崩したくなくて、あえて気にならないふりをした。


 彼女がエドを選ぶのは当たり前だ。彼女と深く関わることを、僕は最初から諦めていたんだから。


「クリス」

「……ああ、兄様。珍しいですね、こんな夜に」


 エドの執務室から部屋に戻る気になれず、王族しか立ち入りを許されていない王妃の庭園で時間を潰していた。


「おまえ、気付いているか?酷い顔色をしているぞ」

「夜だからそう見えるのでしょう」

「私にまで隠さなくていい。悩み事か?」


 紫色の瞳が僕をジッと見つめ、心配そうに揺れる。


 僕よりも若く見えるが、実は六つも年上だ。かなりの策略家で、見た目通りと侮ると、かなり痛い目をみることになる。優秀で隙がなく、僕以上に腹黒。尊敬する長兄だ。


「いや、ちょっと疲れてるだけ。感情をコントロールするのは疲れるから」

「おまえは出さな過ぎるからね。どうだ、少し飲まないか?」

「メリル妃はいいの?」

「ああ、少し熱っぽいみたいで、今日は早くから寝ているんだ。カンナが看ていてくれるから大丈夫だ」


 カンナは兄様の乳母だった女性で、今は兄様の唯一であるメリル妃の侍女をしている。


 それから場所を兄様の執務室に移し、兄様のコレクションである年代物のワインを開けた。


「兄様……僕らの呪いは、いったい誰がなんの為にかけたんだろう」


 魔法なんて存在しない世の中、呪術なんて眉唾物で、そんなことを言っている人間がいたら、確実に詐欺師扱いされる世の中、誰か自国の王族に呪いがかかっているなんて思うだろうか?


「さあ?ヤキモチ焼きの王妃でもいたのかな。それは冗談にしても、呪術の歴史を調べてみたもの、そもそも呪術なんて系統だった学問は存在しなかったよ。今も、地方史を調べるとして、土着の文化などを研究するチームを各地に派遣しているが、呪術に関係するような文化のある地方はなさそうだ」

「……そう」


 兄様はワインをいっきに飲み干すと、手酌でワインを注ぎながらポツリと言った。


「なぁ、おまえも自分の気持ちをコントロールするんじゃなく、唯一を作ったらどうだ」

「それは……」


 兄様がメリル妃に出会ったのは十六歳の時、彼女は他国からキングストーン学園に留学してきた王女だった。体がもとから弱く、療養も兼ねての留学だったのだが、入学式で出会った二人はお互いに一目惚れをした。

 王族直径にだけ受け継ぐ呪いのこともあり、兄様は最初彼女を諦めようとした。一方メリル妃も、結婚はできても子供の出産に耐えられるかわからないような病弱な体で、王太子妃になることなど無理だと兄様を諦めようとしたらしい。


 そんな二人の後押しをしたのが僕だった。自分が沢山の妃も娶るから、跡継ぎの心配はするなと、二人の婚姻を半ば強引に進めたのだ。


「後継ぎならば心配いらない。今、法律改正に着手したところだ」


 それは初耳だった。

 王族の後継については王族法があり、直系の男子の中で婚姻した者のみ王太子に指名できるとされていた。つまり、女王は存在せず、しかも直系でなくてはならなかった。呪いも直系のみに引き継がれるので、王族法が呪いを擁護しているような形になってしまっていたのだ。

 また、王太子が王になるには、次期王太子の出生が絶対条件となる。男児が生まれなければ、王太子の位を剥奪されることもあり得た。


「女王の容認と、傍系からの国王容認。まぁ、どこまでを傍系として認めるかを、今立案の上で話し合われている最中だ」

「……」

「だから、おまえが全部背負おうとするな。いざとなったら、エドもいるんだ。あいつも最近王族の自覚がでてきたみたいだしな」

「エド……、唯一の女性を作ることを選んだみたいだ」

「エドが?!大丈夫かあいつ?もう関係を持ったのか?捨てられたら一生誰ともできなくなるんだぞ。」


 兄様の驚いた顔を見て、自然と笑みが溢れた。下世話かもしれないが、僕達直系男子にしたら切実な問題でもある。


「それはまだ……じゃないかな。聞いたわけじゃないけど」

「エドがか……そうか、エドがなぁ……」


 兄弟の中では一番ガタイが良く、老け顔のエドではあるが、兄様とは九つ年が離れているせいか、兄様の中でいつまでもエドは子供のままのようだ。真顔が睨んでいるかのようなエドを見て、「可愛い」と表現するのは、両親以外ではザック兄様と兄様とは年子のアイラ姉様くらいだろう。


「おまえには、唯一にしたい娘はいないのか?」


 浮かんだ顔はそばかすが散った笑顔だったが、すぐに頭から消す。


「作らないようにしていたからね。でも……そうだね。そんな法律ができるんなら、唯一を探してみてもいいかもしれない」


 いつか、頭の中からあのそばかす顔が消えたら、それもできる気がする。


 僕達はそれからワインを数本開け、夜更けまでエドとエドの唯一の話をつまみに飲み明かした。

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