第28話 黒子会議 後半エド視点
「それで、アンネの尻には黒子はないんだな」
「ありません。黒子もシミも一つもない、小ぶりで艶っ艶な桃尻です!」
ベッドの前に机を移動し、私とエドが並んでベッドに座り、正面の椅子にメアリーが座って、私のお尻についと力説している。
もう、いいよ、なんも言わん。
私はメアリーがいれてくれたお茶を啜りながら、明後日の方向を向いていた。
さっきから、メアリーに事細かに私のお尻の情報を聞き出しては、エドはウンウンと頷いている。
片方に尻エクボがあるとか、ややピンク色をしているとか、形や柔らかさの情報いる?いらないよね?
尻毛が生えてるとかブツブツがあるとか言われないだけマシかもしれないけれど、真剣に聞いている第三王子、セクハラだからな!彼氏じゃなかったら訴えてやるところだ。
「尻以外に、特徴的な黒子があったりはないか?背中や胸とか。人目につきにくい内腿だったり」
エドの真剣な表情に、メアリーもキリッとした表情で答える。
「全くありません。お嬢様は運動が苦手で、しかも昔から本ばかり読んでいてお友達もいませんでしたから、もっぱら室内で過ごしてますし、外出する時は日除けは徹底して行っていますから。黒子ができるほど日に当たってません」
ちょっとディスってないですか?日除けは徹底しているから黒子はありませんでよくない?
「……だよな」
エド、何を納得したのかな?運動音痴ですか?友達がいないことですか?
若干イライラしてきたところで、エドに手を撫でられてクールダウンするが、どうやらエドは無意識に私の手を撫でているらしく、ちょっとイヤラシイ感じで撫で回され始め、まさかお尻を想像しているのばないだろうな!と、その手をつねりあげた。
「痛ッ!別に、いやらしい気持ちで聞いたんじゃないぞ。いつか自分で確認できることだしな」
「させるか、馬鹿!」
「俺が調べたサンクトガル病院の入院記録には、ゴールドバーグ伯爵夫人とその娘の記録があったんだが、娘のところには体重身長以外の記載がなかったんだ」
「他の新生児は、身長体重以外に何か書いてあったんですか?」
メアリーの問いにエドは頷いた。
「髪が生えている場合は髪色、目が開いている場合には目の色、他にも目立つ黒子や痣があれば書いてあった。子供の取り間違え防止だろう」
「お嬢様は、髪色も目の色の記載もなかったということは、頭は金髪だとわかるくらいの毛量はなく、特徴的な黒子もなかった……ということですか?」
それって……。
「証拠偽装か、看護婦の思い違いか。そもそも、十八年たてば、人の顔の記憶なんか曖昧になるだろう。本当にそいつが看護婦かどうかも怪しいぞ」
「……ザワ地区で看護婦をしているって言ってたよ。ふっくらした茶色い髪の毛の女性。目の色までは覚えてないな」
「黒目です。小さな二重で、小鼻が横に広がった感じで、右小鼻の横に黒子がありました。髪の毛はやや天パーで、ティーカップの持ち手を左側に置き直していたので、左利きかと思います」
「メアリー……凄い。探偵になれそうだよ」
観察眼もさることながら、ティーカップの持ち手の位置から利き手まで推理するとか、探偵の素質があるんじゃなかろうか?
「普通です」
「ザワ地区の看護婦に該当する人物がいるか、すぐに帰って調べさせる。メアリー、アンネのことを頼んだ」
エドが立ち上がりながら言うと、メアリーは何でもないような表情で頷く。
「お隣ですので、ご近所付き合いレベルで頼まれても良いですよ」
メアリーらしい返答だ。澄ました顔でお茶を飲んでいるが、ご近所付き合いレベルで壁に穴まで開けないだろう。
「アンネ、また明日」
「え?明日も来るの?」
エドがムッとした顔をし、わざとらしく私の唇にキスをして、いつものニヤリとした笑みを浮かべる。
「恋人だからな」
絶対に嫌がらせだ!
私が頬を膨らませて抗議を表すと、エドは腰を折って私の耳元で囁いた。
「次は準備しておくから覚悟しとけよ」
準備?準備……準備!
「馬鹿なこと言ってないで、さっさと帰りなさい!このスケベ!特待生試験に受かるまで出禁だからね」
真っ赤になった私は、エドの背中を押して部屋から無理やり追い出した。全く、なんてこと言うんだか。
「お嬢様、準備は必要ですよ。あの王子様ならば、避妊具に穴でも開けときそうですから、既成事実を作りたくなければ、ご自分で用意することをお勧めします」
「メアリー!」
メアリーは食器の後片付けを済ませると、伯爵邸から持って帰ってきたバスケットから私の分の夕飯を取り出して机に並べた。
「では、私はこれで」
メアリーは女子トークに花を咲かせるでもなく、淡々と隣の部屋に引き上げて行った。
お嬢様の初彼氏だよ?チューしているところを見ちゃったばかりか、その先のことまで匂わされていたんだよ?そういうの、キャーキャー言いながら話したりするもんじゃないの?
私の(元)侍女に、そういうの求めるのが間違ってたね。……試験近いし勉強しよ。
私は手早く夕飯をすませ、初彼氏に初キスの余韻に浸るでもなく、特待生試験に向けて勉強をすることにした。
★★★ エド視点 ★★★
ウッシャ〜ッ!!
アンネが黙々と勉強に勤しんでいる時、俺は人生最高潮に浮かれていた。
初めての彼女……というか人生最初で最後の相手に出会い、無事に恋人になれた。婚約できなかったのは残念だが、絶対に逃がすつもりはない。
問題は……クリス兄様もアンネを憎からず思っていること。クリス兄様には勝てるところは何もないけど、これだけは諦めることはできないんだ。
だって、俺は生涯の相手にあいつを選んだから。
キングストーン王家に伝わる呪い。あながち、アンネの侍女が言っていた王家の嫁取りが極端だということは間違ってない。直系男子のみに現れる呪いで、一人の女を愛して関係を持ったら、他の女には不能になる。たとえ相手が早く亡くなろうが、不妊で跡継ぎができなかろうが、相手に嫌われてふられようが、物理的に一人の女性にしか反応しなくなるってやつだ。これを呪いととるか祝福ととるかは、本人の意識次第だろう。
その呪いを回避できる方法もある。
誰も愛さないで関係だけ持つか、全員を同じだけ愛しつつ関係を持つか。後者はなかなか難しい。誰か一人を寵愛した瞬間、その一人が唯一になってしまう為、本当に全員均等に愛さないとならない。そんなことができるのは、全ての器用にこなすクリス兄様くらいだろう。
王族に生まれた義務として、後継者を残すのは責務だから、王太子になったら唯一の妃と数多くの男児を作るか、唯一を作らずに数多くの妃と子供を作る必要がでてくる。
父王は、唯一を定めて三人の王子をもうけることができたが、王太子の妃は唯一ながらまだ子供はいない。その葛藤を近場で見てきたクリス兄様は、唯一を作らない選択をしたようだ。一見不誠実に見える行為かもしれないが、王家を絶やさない為の選択だ。俺は、どちらの選択をするのも怖くて、女を遠ざけるような態度をとることが多かった。
アンネと会うまではな。
ややこしい呪いだとは思うが、その呪いのせいか王族の愛情は深く……重い。無茶苦茶重い。
「ずいぶん遅かったな」
王宮に戻ってから、看護婦の件を早急に調べるように指示を出し、簡単な軽食をつまみながら再度病院関係の書類を読み返していた時、扉がノックされてクリス兄様が入ってきた。
「アンネを見つけたんだ」
「本当か?!どこにいたんだ?」
「王都の裏通りの長屋」
「長屋……」
クリス兄様の表情が曇る。よほど酷い暮らしを想像しているのだろう。
「快適に暮らしてるようだったよ」
「元伯爵令嬢が、長屋で快適に過ごせるとも思えないが」
「ちゃんと一人で生活して、勉強もしてるみたいだ。特待生試験を受けるって言ってたよ」
「じゃあ、寮に入るんだな」
少し安心した様子のクリス兄様だったが、俺的には寮よりは今のままのが全然いいんだけどな。
もしアンネが寮に住んでしまったら、女子寮は男子禁制だし、門限も厳しい。外出も届けが必要でかなり制限がかかる筈だ。今のままなら、いつだってイチャイチャし放題だし、メアリーの壁の穴さえ気にしなければ、それこそ既成事実だって……。
「気持ち悪い奴だな。何をニヤニヤしているんだ」
「いや、既成事実について……じゃなくて、俺、アンネと付き合うことになったから」
言ったもん勝ちじゃないけれど、アンネとの関係をクリス兄様に暴露した。
「それは……」
「アンネを俺の唯一にする」
「おまえは……いや、いい。そうか、良かったな」
「……ごめん」
狡いことをした自覚はある。クリス兄様がいないところで、掠め盗るようにアンネの同意なくキスをし、付き合うように誘導したようなものだ。アンネを百パーセント好きな自信はあるが、アンネに百パーセント好かれている自信はない。どちらかというと、仲の良い異性くらいの立ち位置だったわけで、もし今日偶然会ったのが俺じゃなくてクリス兄様だったら?アンネにキスしたのがクリス兄様だったら?
……絶対に許さない!じゃなくて、彼氏はクリス兄様だったかもしれなくて……。
「何を謝っているかはわからないけど、唯一にするって決めたんなら気合い入れろよ」
クリス兄様は「お休み」と言って戻って行った。
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