第23話 えッ?なんで?
何度か荷物を置きに長屋に帰りながら買い物をすすめ、最後に大物の布団を購入し、お店の人にリアカーを借りて運んで家に帰ると……部屋に明かりがついていた。
え?消し忘れ?
泥棒だったら嫌だし、私はまだカーテンをつけていない窓から中をそっと覗いた。
「えッ?なんで?」
そこにいたのは、部屋を掃除するメアリーだった。
メアリーは私の声に気がつくと、鍵を開けて扉を開けてくれた。
「お帰りなさいませ、お嬢様」
「いや、もうお嬢様ではないんだけど」
「癖ですので気にしないでください。どうぞお入りください。お茶でもいれますか?」
「いや、ここは私の家ね。なんでメアリーが家主みたいになってるのよ」
第一、鍵はどうした?不法侵入だよ。
「お布団、購入したんですね。まずは干さないと、明日の朝には体中食われて痒くなりますよ」
「食われる?」
「ダニです」
教えてくれてありがとう!
私は外の洗濯物干しに布団を干した。もうすぐお昼だけれど、まだ日差しは強いからダニとはさよならできる筈!直射日光頑張って!
「お嬢様、そちらは借り物ではないのですか?返さないと駄目ですよね」
「あ、そうだ。リアカー返さなきゃ」
「はい、いってらっしゃいませ」
「メアリー……」
帰ってきたらいなくなってたり……と思うと、リアカーを返さなきゃなんだけれど足が進まない。
「私、隣のアンお嬢様のお部屋の片付けにきたんです。まだ、何もしていませんし、数日かかる予定ですので」
「そうなの?じゃあまたまいるのね。お昼は?お昼ご飯は一緒できる?」
「はい。お弁当を用意してもらいましたから。少し量が多過ぎるようですので、分けてさしあげます」
「わかった。すぐに行ってくるからね」
私はリアカーを猛ダッシュで返しに行った。
買い物の途中で古着を購入して、今は制服ではなく一般庶民が着るような粗末なワンピースを着ている。この姿でリアカー引いている私が、昨日まで伯爵令嬢だったなんて、誰も思わないだろう。
部屋に戻ると、埃などがなくなった部屋でメアリーがお茶を飲んでいた。
私が購入した生活用品や衣服などは全てしまわれており、窓にはカーテンまでかかっている。
やること早ッ!
さすが侍女歴が長いだけはある。
「お嬢様のもいれましょうね」
メアリーが私が購入したポットでお茶をいれた。
高級なお茶の香りが漂い、お茶の葉を伯爵邸からくすねてきたことがわかる。
「いいの?勝手に持ってきて」
「アンお嬢様はお茶の味はおわかりにならないからいいんです」
何気に酷いこと言ってるよ。
「ここの鍵はどうしたの?」
「隣の部屋の掃除の為に、セバスさんから長屋全体のマスターキーを預かりましたから」
「ああ、なるほど……じゃないよ。あっちの掃除じゃなくて、こっちに来てるのがバレたら怒られるんじゃないの?」
「問題ありませんね。私、専属侍女を解雇されまして」
「はァッ?!」
まさかのメアリーがクビに?!
「専属じゃなくなっただけですのでご心配なく」
メアリーは、お弁当を机に広げながら淡々と告げる。
「でもなんで?」
「アンお嬢様と私が衝突しないと思います?」
「……思わない」
メアリーは歯に衣着せない方だし、アン……アンネローズ……いやアンでいいや、アンは小説では天然なふりをして実はあざといよな……って思ってしまうような少女だったような。
「アンお嬢様が奥様に泣きついて、私はお嬢様の専属侍女から客間女中になったんです。なので、住み込みを解除させていただきまして、住まいを探していたら、セバスさんにアンさんの部屋が空くからどうかと言われたんです。というわけで、ご近所さんになりました。よろしくお願いいたします」
もう、目が点だ。たった一日で、アンと衝突するようなことをやらかしたメアリーにもビックリだが、気に入らないからと侍女の役職にまで口を出すアンにも驚いた。まぁ、メアリーならば、自分からそうなるように仕向けたのかもしれないけどさ。
それにしても、ここからゴールドバーグ邸まではそこそこ距離がある。毎日、ここから通うというのだろうか?
「あ、ご心配なく。行きも帰りもダラスの馬車に乗りますから。ダラスの家は、この少し先なんですよ。是非送らせてくれと言うので仕方なく」
ダラスとは、屋敷の専属庭師だ。メアリーよりも十くらい年上の筈だが、昔からメアリーに一途で、鼻であしらわれても気にせずにアプローチしていた。
「それは……ダラス的には良かったのかな」
「あの男の話はもういいです。さぁ、召し上がってください。料理長の自信作だそうですよ」
机に並べられた食事は、確かに一人で食べる量ではなく、しかも私の好物ばかりだった。
「昨日からお食事なさってないんじゃないですか?私はお腹はそんなにすいていませんから、好きなだけ食べちゃってください」
ヤバイ……涙出そうだ。
涙を我慢して、とにかく目の前の食事に手を伸ばした。メアリーは私のお皿にジャンジャン料理をよそい、私は片っ端から平らげる。
本当にほとんど私一人で食べきってしまった。
もう動けない……。
「あと、お嬢様の忘れ物もお持ちしました」
「忘れ物?」
忘れ物があったとしても、あの屋敷にあったものは勝手に持ってきてはいけないのでは?
メアリーが取り出したのは、昨日勉強していた教科書とノートだった。
「あ……」
「アンお嬢様には必要なさそうですからね。必要があっても、新品をお買いになられるでしょうし。どうせ捨てるのならば、貰ってしまっても問題ないかと。他のものと一緒に、あそこの箱に入れてあります」
「ありがとう!あの箱はどうしたの?」
多分、勉強道具一式が入っているんだろうが、箱が二段重ねてあって、あんな箱はこの部屋にはなかった。それに、洋服箪笥のようなものや、食器棚まで。机とむき出しのベッド以外の家具はなかったし、まだそこまで買う余裕もなかったのに。
「ダラスに運ばせました」
「他の家具も?」
「はい。実はですね、この箱とこの箱を並べて、上にこの板を乗せると、大きな勉強机になります」
「おー!」
「お嬢様は、勉強する時に資料だなんだって沢山広げながらやりますものね。この小さな机では、勉強もしにくいかと思いまして」
「さすがメアリー!」
嬉しくて、笑顔をメアリーに向けると、メアリーは咳払いをして横を向いた。
「ウウンッ……いえ、なんでもありません。一人暮らしをするならば、侍女部屋で使っていたいらなくなった家具は、私が好きに使って良いとセバスさんに言われまして、それを運んできたんです」
「セバスが……」
「セバスさんは旦那様の意向を汲んでと言っていましたけど、明らかにセバスさんのお気遣いですね。旦那様は、奥様の目を気にして何もできないヘタレですから」
「ヘタレって……」
仮にも、自分の雇い主なんじゃなかろうか?しかも、一応伯爵だ。
メアリーは、セバスに聞いたお父様のヘタレ具合を淡々と話しだした。
まだ子供ができなかった頃、お母様はお父様の両親から跡継ぎを産めない嫁なんて……と、ことあることに責められ、社交界でも顔だけ良くても出来損ないな嫁だと、言われ続けていたらしい。しかも、せっかくできた赤ん坊が女児で、まぁ私みたいなみてくれだったから、お父様の両親はかなり陰険な態度でお母様をいびったそうだ。
そして、お父様はそんなお母様を庇えなかったらしい。その時の引け目から、私を自分の娘じゃないと言い張るお母様を宥めることも諫めることもできない……というのが今の現状なんだという。
情けな!
お母様の機嫌を損ねたくないから、お母様の言うことに逆らわず、私を表立っで援助もできないと。
きっと、そんな感じでお父様は両親にも逆らえず、お母様を守ることもしなかったのだろう。
本当……情けな!
「まぁ、旦那様がしょうもないことにはかわりないのですが、私がここに住むことを黙認したことだけは、認めて差し上げてもよいかと思いますね」
「メアリー……」
言い方だと思うよ。メアリー的には、一応お父様をフォローしようとしたんだろうけれど、どう聞いても貶しているようにしか聞こえないからね。
……けど、なんか可笑しい。
お父様もお母様も、前みたいに信用もできなければ、大好きとも言えないかもしれない。でも、メアリーがここにいてくれるし、私を心配してくれるセバスや料理長のケントがいる。
私は大丈夫だ。
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