第24話 見たくなかった二人
「お嬢様、おはようございます」
「……おはよう」
いやね、いくらお父様所有の長屋かもしれないけれど、さすがに開けすぎだと思うよ、その穴。
前は小さな覗き穴くらいの大きさだった隣の部屋との穴が、今では小窓くらいの大きさがある。一応プライバシーを尊重する為にカーテンはかけられているけれど、カーテンを開ければご飯の受け渡しどころか、私ならば通れるくらいのスペースが開いている。
今では、窓に鎧戸を閉めて寝ることを知ったけれど、ここに来た初日に鎧戸も閉めずに寝たことを知ったメアリーが、ダラスに言って壁の穴を開けさせたのだ。何かあった時にメアリーの部屋に逃げられるように。だから、私が通れるギリギリで、男性はもちろんメアリーも通れない。主に胸とお尻がね!
子供サイズってのがムカツク。
「私、仕事にでかけますが、お食事の用意はこちらに」
私は穴の側に行き、メアリーからお皿を受け取る。
昨日の晩、料理長がメアリーに持たせてくれた夕飯の残りを、パンに挟んでサンドイッチにしたものだ。残念ながら、有能侍女なメアリーが唯一適性がないのが料理で、料理長はそれをよく知っているから朝ご飯にもなるくらいの残飯(名目はね)を持たせてくれるのだ。もちろん、二人分。
こんな状況で、どうやったら衰弱死できるのか、私が聞きたい。
小説では、私がアンの部屋に住んでいたから、きっとこういう援助は受けられなかったんだろう。私が早めにミカエルと婚約破棄したことで、ストーリーが大幅に変わったんだと思う。そう思うと、記憶の中にあるアンネローズが不憫でしょうがない。
「では、いってまいります」
「いってらっしゃい」
私の一日、メアリーを送り出した後に、メアリーが作った(挟んだ?)朝食を食べ、軽く部屋の掃除をしたら、午前中は特待生試験に向けての勉強をする。午後はアンがしていた花売りのバイトを引き継いでいる。と言っても、街には立っていない。そんな非効率的なことはせず、飲食店と契約して花を置いてもらっているのだ。サービスでフラワーアレンジメントをしたら、それが好評で沢山の契約が取れた。一週間単位で花を交換するというサービスも受け、今では月単位の契約も数軒の店から貰えている。
これがそこそこの収入源となり、フラワーアレンジメント業でも立ち上げれば、そこそこ生きていけそうな気もしたけれど、やはり私はがっつり勉強して将来安定な官吏を目指すわ。だって、きっと誰かが真似するようになるだろうし、素人のフラワーアレンジメントなんかたかが知れているからね。
そんな生活を送って、私はすこぶる元気に過ごしている。衰弱?ないない。この調子ならば、二十歳の壁は突破できそうだよ。
たまにメアリーから屋敷の様子を聞いたりしているけれど、アンはお母様とはかなりうまくやっているみたい。ミカエルも毎日屋敷に入り浸って、アンとイチャイチャするものだから、お父様はあまり良い顔をしていないとか。
そして、取り替えっ子の話はお母様が社交界で涙ながらに話したことで、公式にではないにしろ公然の事実として広まり、アンは社交界にもデビューしたようだ。ミカエルとの関係も美談のように捏造され、運命の出会いの末に結ばれた究極の恋人達とか、意味の分からない呼ばれ方をしているらしい。ミカエルなんか、ただの頭が猿の浮気男なだけなのに。
そして、何よりも気になったのは、アンが学園に入学したということ。これで、小説のストーリーが進んでいくことになる。エドもクリストファー様も、そして他の高位貴族の数人が、アンに振り回されて恋に落ちることになるんだろう。
誰を骨抜きにしてもかまわないけれど、エドを傷つけるようなことはして欲しくない。
秋の特待生試験まであと数日、学園には戻りたいけれど、アンをうっとりと見つめるエドなんか見たくないな。下手したら頭引っ叩いちゃうかも。さすがに平民堕ちしたのにまずいか。
私はため息をつきながらも朝食をたいらげ、洗い物まで終わらせると、今日は国立図書館に行って勉強することにした。
午前中の図書館は、かなり閑散としている。だからこそ勉強もはかどるのだが、誘惑も大きい。最新刊の小説なども置いてあるから、ついつい手が……。いや、ダメダメ。
誘惑に勝ち、なんとか予定していたところまで勉強を終わらせると、お昼ご飯を食べる為に図書館の前にある国立公園に足を向けた。ここの屋台のご飯は、安くて美味しいのだ。日本で食べたケバブみたいな感じで、沢山の野菜とお肉をピタパンに似たパンに挟んでソースをかけたものに齧りついて食べるのだが、ソースの種類が豊富で毎日食べても飽きない。それに、パンに挟めるレベルならばトッピングも選びたい放題で、それもなかなか評価が高い。この料理に名前はないようで、私は勝手にケバブサンドと命名した。
お肉マシマシ、玉ねぎ多めの激辛ソースが私の定番で、ピタパンにパンパンに挟まれた具材がこぼれないように、私は大きな口を開けて齧り付いた。貴族のお嬢様ならば絶対に出来ないような食べ方だが、チマチマ食べていたら肉と野菜を一緒に楽しむことができないのだ。
うん、最高!
公園のベンチに座りながら、持参したお茶を飲みつつケバブサンドを齧る。
ふと噴水のある方へ目をやると、見覚えのある黒髪が……。
エド……。
しかも、その腕には金髪美女をからませて公園デートをしているではないか。金髪は……アンだ。
強面だけれど整った容姿のエドと、甘い美貌のアン。パッと見、お似合い以外の何者でもない。
やっぱりそうなったかぁ……。
いきなり食欲が落ち、ケバブサンドを手にしたままエド達を見つめた。口の周りにソースがついているとか、平民が着る質素なワンピース姿だとか、そんなことはスッポリ抜けて、虚無感に襲われる。
小説では、エドの意地悪な物言い(好きな娘を苛めちゃうアレよ)に、嫌われてるんじゃないかと思ったアンは、エドに対して苦手意識を持つのよね。そんなエドのことをクリストファー様に相談している間に二人は急接近し、クリストファー様と仲良くしているアンを見たエドは……みたいな感じだったと思う。
私の婚約破棄からストーリーが変わったせいか、アンのエドに対する感情にも変化があったのかもしれない。小説と同じ世界と思っていたけれど、違う選択をすることで違う未来にできるのかな。この世界では、アンとエドのハッピーエンドもあり得るんだろうか?
エドに甘やかな笑顔を向けるアンには、苦手意識どころか好意が溢れているように見える。
あの小説を読んでいて、なんで王子様二人をふって、子爵令息……しかも次男を選んじゃうかなって思ったんだよね。そこに真実の愛があるみたいなこと書いてあったけれど、そのわりには途中で色んな男子(クリストファー様も含めて)と、それアウトだよね?というカラミの場面もあったりした。無理やりとか流されてみたいな書かれ方してたけれど、行間を想像するからに、確実に多数の男子と関係してたよね?
アンとエドのハッピーエンドって、それって本当にハッピーエンドなのかな?いくらエドがアンのことを大好きでも、あれって許せる範囲だろうか?
あなたのことが一番好きなの!でも流されて○○ともセックスしちゃった、エヘ。……って可愛く言われても、無理無理無理!エドが苦しむ未来しか見えないよ?それでも一緒にいたいくらい好きなの?実は痛みつけられて喜ぶタイプ?!
私の中では、すっかりエドとアンのカップリングが成立しており、エドがアンにべた惚れなんだと思いこんでいた。
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