第18話 うまくいった…アン・ガッシ視点
★★アン・ガッシ視点★★★
まさか、こんなにうまくいくなんて!
もう、笑いが止まらないったらありゃしない。
うちに泊まりたがった男をていよく追い返し、私はベッドにダイブして足をバタバタさせた。
私の母親は、貴族のボンボンの「好きだ」「誰よりも綺麗だ」「君と一緒になりたいな」などという、口からデマカセに騙されて子供を妊娠したばかりか、出産した病院で子供を交換するなんて馬鹿なことを平気でする女だった。
そして、私は交換された赤ん坊だって、小さい時から聞かされていた。母親の口癖は、「本当の親子じゃないのに面倒見てやってんだから感謝しな!」で、小さい時から道端で花売りをさせられていた。
いや、感謝も何も、あんたが交換なんかしなきゃ、私も貴族のご令嬢だったんでしょ?!って、何度も食ってかかったもんだ。
で、ある程度大きくなってから、母親の話に出てきた郊外の小さな病院に行ってみた。だって、本当の両親は貴族なんだよ?その人達が、私を本当の娘だって認めてくれたら、この私が貴族よ、貴族!
でも探して行った病院はすでになくなってて、手がかりも……。
あの時は荒れたよね。母親にも当たり散らして、喧嘩してイライラした母親は外に飲みに行って……泥酔して川で溺れて死んだ。
悲しく……なかったなぁ。怒りの方が強かったし。私を平民に落とした癖に、死ぬならちゃんと元に戻してからにしてよ!って本気で思った。
私に調べられることはたかがしれてるし、本当の両親探しは諦めかけた時、あの男に会ったんだ。
綺麗な貴族の男。婚約者がいるくせに、コロッと私の色香に参ったその男は、婚約者に花をプレゼントするとか口実をつけては私に会いに来て、私の体にどっぷり溺れた。
「ミカエル様の婚約者様が羨ましい」
そんなわけないじゃん。知らないところで、花売り女なんかとイチャイチャしている婚約者を持つ女の、何が羨ましいものですか。
「どうした?」
ベッドの中で、事後のまったりタイム中、男は優しく私の髪の毛をとかしながら聞いてきた。
「だって……彼女は貴族のご令嬢だってだけで、あなたの隣に立つことが許されてるもの」
「僕が心底愛しているのは君だよ」
「ええ、わかっているわ」
私は男の裸の胸にギュッと抱きついた。
「私だって、本当は貴族の筈なのに……」
「え?どういうことだ?」
男が私の肩をつかんで引き離すと、真剣な表情で顔を覗き込んできた。
「私の母親、貴族のお手付きで子供を産んだの。でも、貴族の私生児だって話じゃないの」
私はあんたと同じ貴族なんだから、軽く扱わないでよという気持ちで話を続けた。
「母親は私を産んだ病院で、貴族の赤ん坊と自分の赤ん坊を交換したの。交換された貴族の赤ん坊が私。私も、母親が死んだ後に彼女の日記を見て知ったんだけどね」
「貴族の名前は?誰だかわかっているのか?」
私は悲しげに首を横に降ってみせる。
少し嘘を混ぜるのは、母親の死でショックを受けたのに、さらに衝撃的な事実を知ってしまった可哀想な私を演出する為だ。
「わからないのよ。母親の日記には、貴族の名前も載っていなくて」
「その日記、見せて欲しい!」
「ええ、いいわよ。でも、母親は学がなかったから、字も汚いし書き損じも多いの。それでもいい?」
ベッドの下に突っ込んでいた母親の遺品を引っ張り出し、その中から古びた日記数冊を取り出した。ペラペラとページをめくり、問題の場所を見つけると男に手渡した。
男は真剣に読んでいたが、読み終わると、ショックを受けたように呻き、「なんてことだ……」とつぶやいた。
「どうしたの?」
「僕は、君が取り違えられた貴族を知っているよ」
「え?!」
日記には、貴族の名前も病院の場所すら書いていない筈だ。何度も読み返したからそれは確かで、病院の名前は母親から直に聞いていたから知っていただけだ。
「王都には、孤児院と併設されている病院はサンクトガル病院だけだ。そして、十七年前にその病院で女児を産んだ貴族女性を僕は知っている」
サンクトガル病院?そこじゃないわよと言おうとして、男の言葉を聞いて踏みとどまる。
「ゴールドバーグ伯爵夫人だ。彼女は、君と同じ金髪に緑色の瞳の美しい夫人だよ。君にそっくりだ!」
伯爵夫人?!しかもゴールドバーグって、この男の婚約者の女の家じゃない?
さっき見たチンチクリンな少女を思い出す。
地味な茶色い髪の毛に、濁ったような灰色の瞳。顔中にそばかすが散っていて、ドレスのセンスもいまいちだった。
あれの母親が、私似の美人?そりゃ、取り違えを疑うレベルかもしれないわね。
「本当に?……お父様はどんな方なの?少しは私に似ている?髪の色は?瞳の色は?」
「伯爵は黒髪で、瞳の色は……茶色だ。夫人と並んでも見劣りしない、整った顔立ちの方だよ。君に似ているかって言われたら似ていないけれど、君は夫人に瓜二つだから、まず間違いないよ」
「じゃあ……私の両親は」
私は口元に手をやり、笑いたいのを隠して男を見上げた。
「君はゴールドバーグ伯爵のご令嬢だよ!」
私は、あえて男の勘違いを訂正しなかった。
それから男は母親の日記を貸して欲しいと言い、勝手にある筈のない証拠を探し出してきた。母親のような境遇の女は多いのか、それらしい証言は見つかるもので、男の勘違いは彼の中でだけ確証に変わったらしかった。
そして、男に連れられて伯爵邸まで行き、伯爵と伯爵夫人と対面した。もし本当じゃないとバレた時の為に、私も真実が知りたいだけアピールをしておく。私からあなた達の子供だ!なんて断定的なことを言ってしまえば、違うとなった時にどんな罰を与えられるかわからない。でも、男が言うから……みたいなスタンスでいれば、責任は男に押し付けられるものね。
でも、これはもしかしたらもしかするかもしれない。
だって、私を見る夫人の目。あれは、男の話をほぼ信用していたからね。確かに男が言っていたように、夫人と私は似ていたし、あの少女と私、どちらが伯爵夫妻の子供に見えるかって聞けば、百人中百人が私って答えることだろう。
もし伯爵夫妻が私の存在を認めてくれたら、私は伯爵令嬢よ!
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