第17話 両親の本音と

 家族三人の食事は、お通夜みたいに静まり返り、なんとも居心地が悪かった。


 いつもならば、朗らかに話をするお母様は思い悩んでいる様子だし、お父様は上の空で、カチャカチャと食器が鳴る音と、咀嚼する音だけが食堂に響いている。


 両親にとって、今まで当たり前に娘だと思って育ててきた私が、赤の他人かもしれないという話は、衝撃的だったんだろうということはわかる。ただ、「そんな馬鹿な話があるか!」と怒るのではなく、「有り得るかもしれない……」と思っちゃってるのを見ると、なんだかなぁ……という気持ちになる。


 私に向けられていた愛情は、私個人に対してではなく、ゴールドバーグ家の娘という肩書きに対してだったんだな痛感した。

 だってよ、もし私を愛してくれていたら、「心配しなくていい。何があっても、あなたは私達の大切な娘よ!」って、抱きしめてくれたりするんじゃないの?


 まぁ、アンネローズだったら今の状態を見たらショックで寝込んでしまうかもしれないけれど、自分達の子供じゃないとわかったら、僅かばかりの手切れ金を握らせて捨ててしまう人だって知っている私は、こんなもんかなって思ってしまう。

 逆に、そんな薄情な人が本物の両親じゃなくて良かったんじゃないの?とすら思ってしまう。


「ご馳走さまでした」


 きっちりデザートまで食べ終わり、私は一人席を立つ。

 お母様のお皿はほとんど手付かずだった。


「お先に失礼します」

「ああ、うん」

「……」


 いつもならば、お休みの挨拶もここでするのだが、さすがに両親の頬にキスをして挨拶する気にはならない。


 私が部屋に戻ると、メアリーがベッドを整えているところだった。


 ごめんね。さっきエド達が帰った後、ベッドにダイブしてせっかくのベッドメイクをグチャグチャにしたのは私です。

 だって、ゴロゴロ転がりたい気分だったんだもん。


「メアリー、ごめんね。でも、どうせ後は寝るだけなんだから、そのまんまでも良かったのに」

「別に、整っていた方が気持ちも良いからしただけです。たいした手間でもありませんし」


 キビキビと動くメアリーの背中は、すぐに用意できるから邪魔するなと言っている。

 その背中をボーッと見ていたが、やはり両親に挨拶しなかったのが気にかかった。


「お父様達にお休みなさいの挨拶をしていなかったわ。やっぱり、挨拶してくるね」

「一日くらい挨拶しなくても、たいしたことありませんよ。話したくない時は、無理に話しかける必要はないんですから」

「でも……うん、やっぱり行ってくる」


 ズルズル気まずくなるのは嫌だし、いつものルーティンをしないのも、あっちだって気にするかもしれない。

 そうよ、私は何も悪くないんだから、堂々としているべきなのよ。


 そんな私の気持ちを読み取ってか、メアリーは「いってらっしゃいませ」と無愛想な表情ではあったが送り出してくれた。


 食堂に逆戻りすると、食堂の中にはお父様とお母様しかいなかった。食事をサーブする侍女達は下がらせたようだ。僅かに開いた扉からお父様達が見え、扉をノックしようとしたら、お母様の涙声が聞こえてきた。


「あの子……きっと私達の娘よ」

「マリア」

「だって、ずっとおかしいと思っていたのよ。私は金髪に緑色の瞳。あなたは黒髪に茶色の瞳。なぜアンネは私達のどちらにも似ていないの」

「私の祖父は茶色い髪の毛だったと思うよ」

「じゃあ、あの汚らしい灰色の瞳は?あんな瞳、私は見たことないわ」


 汚らしい……、お母様は私を見ていつも汚いと思っていたの?


「しかし、よく考えてみるんだ。アンというあの娘、平民として育ったせいで貞操観念が緩過ぎる。ミカエルを家に連れ込んで何をしていたか、君も見ただろう」

「それは……。でも、あの美貌ならば男が寄ってくるのはしょうがないわ。ちゃんと教育すれば、立派な淑女になるでしょう。それに、元からミカエルを婿養子にして伯爵家を継がせる予定だったんだから、あの子がミカエルと結婚して継いでくれれば、元通りじゃないの」


 お母様の中では、アンが自分の娘だということは、間違えようのない事実だと認識されているようだ。


「よく考えるんだ。アンネは第三王子の覚えが良いようだ。もしアンネが第三王子に嫁いだら、うちが王族の縁者になれるんだぞ」

「それこそ、あの子の美貌があれば、第三王子どころか王太子妃だって狙えるわ」

「ミカエルのお手付きなのにか。ミカエルだけなら良いが、何人の男と関係したことか」

「酷いことを言わないで!ああ、可哀想な私の娘。どこかの頭のおかしい女のせいで、辛い生活を送っているのよ。私達はそんなことも知らずに、その頭のおかしい女の娘を育てさせられていたのよ?!こんな酷い話がありますか!だいたい、あんなそばかすだらけの醜い娘、第三王子が娶る訳ないわ」


 お母様の憎々しげに吐き出された言葉に、私は身動きすることも出来なかった。いや、私がじゃないな。私の中にいるアンネローズの部分が、お母様の言葉に傷つき、うずくまってしまっているようだ。


「おまえの気持ちはわかった。内々にミカエルと連絡を取り、アンという娘に援助をすることにしよう」

「あなた!なぜすぐにあれを追い出して私達の娘を家に迎え入れてくださらないの!」


 あれ……か。

 私はすでに名前すら呼ばれない存在なんだね。


「まだ、あの子が私達の娘かどうかもわかっていないじゃないか」

「私にはわかります!あの子が私の娘よ」


 ここは聞かなかったふりして、部屋に引き返すのが正解かな。

 今更私にお母様とか呼ばれたくないんだろうし、就寝の挨拶なんかされたくもないだろう。


 アンネローズには可哀想だけれど、結局はアンネローズを捨てるような親なんだから、こうやって両親の本音を聞けたのは良かったんだよ。


「お嬢様」

「……ッ!」


 後ろから声をかけられて、振り返るとメアリーが立っていた。

 気配を消すそのスキル、本当に心臓に悪いんだけれど。


「やはり、挨拶などする必要はないと思われます。お部屋にお戻りになっては?」


 いつから後ろに立っていたかわからないが、ある程度はメアリーにも聞こえたのだろう。しかし、淡々と話すその様子には、同情とか憐れみなどはなくて、いつも通りのメアリーの無表情に、私は初めて足が動いた。


 メアリーは私の腕をつかむと、無言でズンズンと食堂から離れ、私の部屋まで連れて戻ってくれた。


「お嬢様」

「あ……私は大丈夫」


 てっきり、珍しくというか今までなかったことだけれど、メアリーが私を慰めてくれようとしたのかと思って言ったんだけれど。


「はい、それはわかります」


 あ……、はい。さすがメアリー。勝手に心配されたとか思ったのが、少し恥ずかしい。


「じゃあ?」

「お嬢様、もしかして今回の件、ご存知でしたか?」

「え?」

「お菓子作りが趣味のご令嬢はいますが、火をおこすところから自分でなさる方はいないですし、着なくなったドレスを分解してお金にする令嬢もいませんよね。まるで、自活の準備をしているようだなと思いまして」


 そりゃそうか。

 私が頼み事をすると、淡々と聞いてくれて、なぜ?と尋ねられることがなかったから、てっきり私のすることには無関心なんだろうと思っていたけれど、普通に考えれば貴族令嬢がしないようなことをしていたもんね。


「知っていたわけないじゃん」


 ごめん。だって、こんなこと、この世界が小説の世界で、違う世界で生きていた私が、アンネローズと運命共同体、生死を共にした存在なんだって、説明しても理解なんかできないよね。

 生まれ変わり……ともなんか違う気がするし。

 だって多分、川上瑠奈がアンネローズの生まれ変わりなんだよね。瑠奈の時に、アンネローズの一生を思い返したから。でも、その記憶をもって、アンネローズの過去に転生だか憑依だか知らないけどしちゃったわけで、ダブル転生&タイムリープ?みたいな感じかな。


 うん、説明がややこし過ぎて無理だし、私なら……絶対に信じない。かと言って、私の行動は今の事態を予測していないと不自然だよね。


「今思うと……、正夢?そう夢で見たの」

「夢ですか?」


 私は内心冷や汗ダラダラで言い訳を考える。


「本当のアンネローズが現れて、私が捨てられる夢。何度も何度も見たの」

「そんな夢を?」


 夢ではないけれど、何度も思い返したから嘘じゃない。


「凄くリアルな夢で、ご飯の作り方もわからないから自炊もできないし、お金はすぐになくなるし、そうしたら生きる気力もなくなって衰弱死してしまうの。私にないお母様の色を持つアンを見た時に、いつかこんな子が本当の娘だって言いに来るんじゃないかって思えて、そうしたらいつかの時の為に備えなきゃって……」

「それで火の付け方から学ばれたと?」

「そう。お金も、宝石は新しい子が使うかもだけど、着れなくなったドレスは捨てるだけでしょ。だから、ドレスから宝石は取って、布は売りに行ってもらったの」


 メアリーは小さくため息をつくと、珍しく感情を瞳に表して私の両手を握った。


「お嬢様、平民の暮らしはあの娘が言っていたほど、辛くも惨めでもありません」

「うん。私も、生活費さえ稼げる職につければ、そんなに酷くないと思うよ」

「ええ、お嬢様は食に拘りはないですし、お洒落にも興味はないですよね。あんな地味なドレスを、ミカエル様が好むからって、気にせずに着ていたくらいですから。それに、ミカエル様と破談してからも、制服か楽な部屋着しか着ませんものね」


 うん、確かにあのドレスはなしだよね。地味過ぎて、おばあちゃんの衣装部屋かと思ったくらいだもの。

 もしかして、貴族子女としてはダメダメだって、ダメ出しされてたりする?


「まぁ、一応女子だから、綺麗なドレスを見ればテンションは上がるけど、いまいち堅苦しいのは苦手で」

「お茶会を開いて甘いお菓子とお茶でお友達と噂話をするよりも、図書館にこもって難しい本がお友達ですし」

「まぁ、友達ってエドくらいしかいないし、まず甘味が嫌いだからお茶会は地獄よね」

「私は楽ですが、お嬢様はご自分で着替えをしたり、入浴もしますよね」

「アハハ、介護でもあるまいし、それくらいは自分でやるでしょ」


 メアリーは、グッと親指をたてた。


「お嬢様は、平民として生活できるスキルをすでにお持ちです」

「そう?それは良かったわ」


 平民のメアリーのお墨付きをもらえたのは良いが、やっぱり貴族子女としてはダメダメだったってことかな。


 この日から、さらに自分のことは自分でするようになり……。


 メアリーの仕事、お給金以上どころか以下の仕事になった気がするのは私だけかな?

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