第16話 ヒロインは肉食系?

「え?嫌だけど」


 心底嫌そうなエドの声に、私はエドの顔を見上げた。

 日記を手に持ったまま腕組みしたエドは、声だけでなく表情も、不味い食べ物を食べた後みたいな顔をしていた。


 あれ?喜んでって言う場面じゃないの?


 好きなのに意地悪をしてしまう……って感じじゃなさそうだな。まだ好きになる一歩手前ってやつかな?それにしても、ちょっと表情がアレよね。


 エドはネバネバ系の食べ物が苦手なんだけれど、それを罰ゲームで食べさせた時と同じ顔をしていた。

 ちなみに、なんで罰ゲームになんかなったかというと、期末テストの平均点に負けた方が嫌いな物を克服する……という賭けをしたからだ。

 もちろん私の圧勝……いや嘘です、僅差でした。

 でも勝ちは勝ち!エドにはたらふくネバネバ野菜を食べさせたからね。


 あまた話がズレた。


「でも!一人で調べるよりは二人ですよ。それに、もしかしたら、母親の遺品に確証になる何かがあるかもしれないじゃないですか。一緒に探してくれませんか?」


 アンにしたら、自分の真のルーツを知りたいと思うのは当たり前なんだろうが、それにしてもヤケにグイグイくるな。


 エドは不愉快そうに眉をひそめると、椅子の肘掛けに軽く腰掛けた。


「俺が自ら調べる訳ないだろ」

「え?」

「王家には、そういう専門の諜報機関があんだよ。俺が直に聞き込みとか行くと思ってんのか?」

「あ……そうですよね。ミカ様は自分で調べてきてくれたからてっきり」


 アンは恥ずかしそうに俯き、チラチラとエドを見る。


 なんだろう?すぐ近くに恋人ミカエルがいるのに、違うエドに媚びを売っているように見えるのは、美少女に対するやっかみの気持ちがあるからかな?

 いや、アンの視線が、確実にエドをロックオンしており、狩りをする肉食獣のように見えるのは気のせいじゃないような……。


 ヒロインって、こんなにグイグイ来るタイプなんだ。小説では、色んな男子に好かれて告白されていたけれど、ミカエルに一途な感じなら、あそこまで言い寄られないよね。相手に勘違いされるようなこと言ったり、距離が近かったり……スキンシップ多めなのは天然?わざと?


「私ってバカ。でもエドモンド様、私にお手伝いできることがあれば、なんでも言ってくださいね。それと、これは分不相応なお願いだってわかってるんですが、できる限り情報は正しくこまめに知りたいんです。だって、自分のことですもの」


 話しながらエドの側までやってきたアンが、エドの手を両手で握って微笑みかけた。


 これは、わざとだ。自分の魅力を知り尽くしてやってるわ。こういうのをアザトイって言うのかな。


 王族の許しなく体に触れるとか、貴族ならばできないことで、小説ではそんなアンの平民っぽい距離感に、エドは翻弄されていたように記憶しているが……。あれは純真さを装った、計算づくの行為だったのか。


 それにしても、エドは翻弄されるどころか、あからさまに手を振り解いたな。しかも、制服の裾で手を拭いてるよ。


 アンは、そんなエドの動作にいち早く気づいたようだが、見なかったふりをすることにしたようだ。ニコヤカな笑顔を絶やしていない。


「それは、文章で報告書を送れってことか?」


 アンは首を傾げてキョトンとした顔をしたが、すぐにフワリと笑顔に変える。


 コロコロ変わる表情が愛らしいと……、思っていないようね。エドの恋心が行方不明だわ!


「まさか、そんなお手間はおかけしません。そうだ!私が毎日、エドモンド様のところに聞きに行きますわ。私の方でも調べたことを共有できますし、いい考えだと思いません?」

「全然思わないね。報告が必要なら、随時使いの者を送ることにするから、俺との直接的なやり取りは不要だ。何かわかったら、その者に伝えればいいさ」


 エドは心底鬱陶しそうだ。アンにはそんなエドの様子は見えていないのか、あえて無視する鋼の心臓を持っているのか、あくまでもエドの関心を引きたいようだった。


「エドモンド様、実は母親の日記はこれだけじゃなくて、もう少し前のもあるんです。見たくないですか?」

「前?」

「はい、母親が妊娠する前にどこの屋敷で働いていたかです。実は母親は色んな屋敷のヘルプに入っていたようなんですけれど、母親が妊娠してから行かなくなった三軒の屋敷が、父親の可能性が高いのかなって」

「三軒って、あんたの父親が誰か調べなかったのかよ」


 アンは、キョトンとした表情をすると、わざとらしく私に視線を送ってきた。


「調べませんよ。だって、私の父親じゃありませんし。でも、私と取り違えられた娘には、必要な情報なんじゃないかなって。エドモンド様になら、必要があればいつでもお見せいたしますわ。ええ、いつでもいらしていただいてかまいません。エドモンド様なら……」


 アンは恥ずかしげに目を伏せ、エドの腕に軽く手を触れた。さっき手を振り払われたのに、懲りずにチャレンジャーだな。


「アン!さっきからおまえ何を言ってるんだ。」


 ミカエルがアンの腕を引っ張り、エドに振り払われる前にアンの手がエドから離れる。


「あら、私と取り違えられた可哀想な娘の為に、彼女が必要な情報を上げましょうかって聞いただけよ。うちの場所は、貴族のお嬢様が足を運べるほど治安はよくないし、エドモンド様がこの件を預かってくださるなら、エドモンド様にお話しなきゃって思っただけよ」


 え?そんな感じじゃなかったよね?ぶっちゃけ、ベッドへのお誘いみたいな感じに受け取ったのは私だけ?


「それを言うなら、王子を呼べるような環境でもないと思うけど」


 ボソッと言った私に、アンは一瞬きつい視線を向けると、すぐに表情を変えてエドに笑いかける。


 怖ッ!

 表情変わり過ぎだよね。


「もちろん、お呼びいただければ私がまいりますけれど」

「いや、必要ないな。アンネはどう思う?」


 もしかしたら私の本当の父親かもしれない人の情報かぁ。貴族の父親に認知されれば、少しは状況が変わるのかな。

 でも、自分の彼女が妊娠した途端に捨てるようなクズな父親、わかっても有害にしかならない気がするし、変なしがらみに巻き込まれても嫌だな。それなら、自力で生きて行った方が良い。


「もし私がそうだとしたら……、別にいらないかなぁ、その日記」

「だよな。調べた結果、アンネがゴールドバーグ家の本当の娘でも違っても、アンネはアンネだしな。俺も、変な奴がアンネの父親面して干渉してこられたら困るし」


 最後の方はボソボソとつぶやいたエドだったが、それは私の耳にはもちろん、離れたところにいるメアリーの耳にも届いたらしく、なぜかメアリーはエドの言葉に大きく頷いている。


 ちょっと、エドが困る理由がわからないんだけど、意見は一致しているからまぁいいか。


「皆さん、平民の暮らしがどんなに惨めで辛いか、わかっていらっしゃらないんですわ。貴族のご令嬢に耐えられるとは思えないです。ミカ様だって、初めて私の家に来た時、驚いていたじゃない?」


 アンは、ミカエルの側に寄ると、ミカエルの手を取って言った。


 それって、私を噴水に突き飛ばしたあの時だよね。というか、喋る時は男性に触れないと喋れない病にでもかかっているのかな?


「あぁ。正直、あまりに酷い暮らしに衝撃を受けたよ。そんな中、健気に振る舞う君がいじらしくて……」


 それで手を出した……と。婚約者がいるのにね。


 ミカエルは、アンが自分にすり寄ってきたのが嬉しかったのか、アンの手をしっかりと握りしめると、二人の世界を作るかのように見つめ合う。


 ウザッ!


「とりあえず、もう帰っていいな」


 ウンザリした顔のエドが私に向かって言う。


「エドモンド様、ただいま馬車を用意いたします。しばらくお待ちを」


 お父様が執事に馬車の用意をさせる為に、バタバタと応接間を出て行く。


「……あなた」

「アンです。お母様……いえ、失礼いたしました。奥様」


 お母様は、ハッとしたようにアンを見て、潤んだ瞳を隠すように顔を背けた。


「私は……気分が優れないので部屋に戻ります。王子様、こちらで失礼するご無礼をお許しください」

「ああ、お大事に」


 お母様はお辞儀をした後、アンに視線を投げてから部屋を出て行き、その間、私を見ることは一度もなかった。


「アンネ」

「平気よ」


 両親の態度の変化は予想していたからね。アンネローズの部分が悲しんでいるけれど、いきなり追い出されなかっただけ良しとしないと。本来は、エドがいないこの場で追い出される筈だったから。小説では冬の場面だったから、時期は違うんだけどさ。


「エドモンド様、王宮にお戻りになるなら途中まで……」

「アン、僕らも帰るよ」


 エドに再度触れようとしたアンを引っ張り、ミカエルは先に応接室から出て行った。


「なんていうか、おまえの元婚約者も苦労しそうだな。なんであんなのを選んでおまえを捨てたんだか、理解に苦しむな」

「え?」

「なんだよ」


 アンを否定するような言葉に、私はマジマジとエドを見てしまった。


「彼女、美人よね」

「そうか?派手な顔はしてたな」

「ボディータッチとか、ドキドキしなかった」

「おまえは、会ったばかりの相手にベタベタ触られて、不快には思わないのかよ」

「……びっくりするかな」

「俺は、ああいう八方美人なタイプは苦手なんだよ」


 フム……。まだアンが学園に入学していないから、アンに対する恋心が芽生えないのかな?

 それとも、私の行動があらすじを変えてしまった?

 このまま、違う物語になるのか。それとも小説の矯正力が働いて、いずれはエドもアンを好きになるのか。

 それは少し……かなり嫌だなって思う。




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