第19話 何しに来たの?

「アンネローズ嬢、今日は一人かい」


 キラキラしいオーラに目が潰れるかと思ったら、目の前にクリストファー様が立っていた。


「えぇ、エドは公休ですから」

「うん、知ってる」


 知っているのならば、友達もたいしていない私が一人なのはわかりきっているだろうに。エドがいなければお昼もボッチとか、実は彼の存在は大きいのかなって痛感しちゃうじゃないか。


「隣、座っていいかい?」

「もう座ってますよね。……いえ、どうぞ」


 食堂の席は、あっちもそっちも空いているというのに、わざわざ隣に座るとか、周りの視線が痛過ぎる。

 しかも、クリストファー様は手ぶらできている。食べたり飲んだりしないのに、何の用で学食に来たんだか……。


 この王子、ニコニコしているけれど、裏があるから用心しないといけない。この間の噂話だって、地味にまだ広まっているようで、選択授業のクラスメイトは勉強命みたいな平民や下級貴族が多いから気にされてはいないけれど、一般の特に女子生徒からは陰口を叩かれている。

 見た目のことをディスられているのが耳に入ると、さすがに気分は良くない。


 原因はこのキラキラ王子で、悪意のないエドの婚約者発言もさらに話をややこしくしていて、今ではクリストファー様に近づくためにエドに近寄ったとか、クリストファー様を狙いつつエドをキープしているとか、ないことないこと言われている。


「なんかさ、エドが面白いこと調べているみたいなんだけど」

「面白くもないと思いますけど……アン・ガッシのことですか?」

「名前は聞いてないな。平民の女の子が、貴族の令嬢と赤ん坊の時に取り違えられたかもしれないって話みたいだけど」


 誰にも聞かれないようにという配慮か、わざと私との噂を煽っているのかはわからないけれど、クリストファー様は私の耳元に顔を寄せて囁いた。


「近過ぎですって!」


 私が椅子をずらして距離をとると、クリストファー様は無礼だと怒ることなく楽しそうに笑った。


「本当、君くらいだよね。みんな鬱陶しいくらいベタベタしてくるのに。でも、そっけない君も魅力的だよ」


 モテメンの発言だよ。普通の男子が同じことを言ったら、「キモッ!」の一言でぶった切られるからね。

 そのキラキラは私以外に発動してください。キラキラの無駄撃ちは、消費エネルギーの節約の為にも止めた方が良いですよ。


 私は再度椅子をなるべく離して座り直した。


「すみません、私のパーソナルスペースは無茶苦茶広いので、適切以上の距離感でお願いしますね。それで、さっきの話ですけど、クリストファー様の言った通りです。ただ、取り違えられたのが国立病院での出来事かもしれないので、王子であるエドが調査をすると言ってくれたんです」

「なるほどね、確かにそれが事実ならば、不祥事だよね。当人達だけの問題じゃなくて、病院の管理体制も問われるな。でも、諜報機関を使うんなら、それって本当は僕の管轄なんだけどなぁ」


 エドが私のことを心配して、好意でしてくれていることなのに、まさか怒られたりなんかしないよね?!


 私は心配になって、恐る恐る聞いてみる。


「エドは、別にクリストファー様の仕事を奪おうとかではないんです。エドのしていることで、何か問題が起こったりしているんでしょうか?」

「問題は……特にはないかな。父上は、エドが政務に興味を持ったって喜んでるくらいだし。ただ、エドは諜報向きじゃないけどね。それで、エドがそんなことを始めたのは、その取り替えっ子の片割れが君……だからかな?」


 問題はないと聞き、ホッと胸をなでおろした。


「それをエドが調べてくれているんです。でも、多分そうなんじゃないかって思いますよ。だって、アンはお母様によく似た美人さんですから。お母様は、アンの話を百パーセント信じてるみたいだし、お父様も……かな」


 無理して笑顔を作ったつもりはなかったのだが、歪な笑顔になってしまったようだ。クリストファー様が心配気に私の様子を伺う。


 今の宙ぶらりんな状況は、気にしないようにしても、やはり気持ち的には負担が大きかった。以前の優しかった両親の記憶があるだけに、面と向かって無視されたり、憎々しげな視線を向けられるのは辛く、まだ真実はわからないけれど、こんなことならば自分から屋敷を出た方がマシかも……とまで考えるようになっていたから。


「無理して笑わなくていいんだ。でも、最悪なことも考えておかなければならないよね。もし万が一、君が取り違えられた片割れだとしたら、君は今後どうしたい?」

「どうしたいって言われても……家からは追い出されると思いますし、平民として生きて行くんじゃないですか?あ、でも特待生試験を受けて学園は卒業するつもりですから、卒業するまでは、住むところにも食事にも困らないですみますね」


 その為に、一年間猛烈に勉強してきたんだし、今の成績ならば特待生試験に受かる自信はある。


「アンネローズ嬢が平民……。まぁ、万が一そんな状況になったとしても、僕が君の居場所くらいなんとかするから心配ないけど」


 暗い話にしないようにか、わざと明るく言うと、クリストファー様は綺麗なウィンクをしてみせた。私がやろうとすると、両目をつぶっちゃうやつだ。


「あ、エドと同じことを言ってくれるんですね」


 見た目は違っても、やはりエドとクリストファー様は兄弟だ。つまりは、私が平民になった後の就職先を斡旋してくれるつもりなのね。

 でもそれは、クリストファー様がアンに出会った後も有効かしら?


「エドが?」

「ええ」

「ああ、そう言えばエド求婚したとか、婚約者になったとかの噂話があったね。婚約者になったという話は全くのデマだってわかっているけど」

「エドってなんですか?それに、求婚とかそういう話なんか……」


 ないですよと続けようとして、そう言えば保留にするとかそんな話をしたなと思い出す。しかし、あの後何も言われてないし、てっきり流れた話だと思っていた。だってほら、エドはアンと初対面を果たした訳だから、話の流れ的には淡い恋心を抱くのかな……とかなんとか思ったのもあったし。まぁ、まだないみたいだけどさ。


「スルーされた僕もあれだけど、ないことにされてるエドも不憫だね」

「いや、不憫とか、そういんじゃなくて……」


 しどろもどろになってしまった私に、クリストファー様はさらに追い打ちをかける。


「今はスルーしててもいいけれど、ちゃんと考えてほしいな。僕との婚約。ちなみに、君の居場所ってのは、僕の妃としてってことだからね。職を紹介するとかじゃないから、一応わかっているとは思うけど」


 職じゃないの?!私と婚約?このキラキラ王子が?有り得ないよね?


 そんなの考えたこともないという私の驚いた様子に、クリストファー様は残念な子を見るような表情になる。


「あぁ、うん。僕に興味がないところとか、アンネローズ嬢らしいといえばらしいよね」

「はい、クリストファー様との婚約とか、ちょっと……かなり無理ですね」


 びっくりし過ぎて、つい本音がポロリと出てしまう。


「アハハ、はっきり言うねぇ。そういうところが好きなんだけどね。それで、エドにもそんなふうにはっきりと断ったのかい?」


 サラリと好きとか言われてドキッとしたが、すぐに「ないない!」と頭の中で否定する。


「エ、エドですか?保留にしましたけど、あれから何も言ってきてないから、きっと本人もケロッと忘れてますよ」

「ふーん、そうかなぁ……。まぁ、僕のことも保留にしといてよ。アンネローズ嬢の気持ちが変わることだってあるかもだしね」


 クリストファー様は立ち上がると、私の頭をクシャッと撫でて「またね」と学食から出て行った。


 クリストファー様……、本当何しに来たの?


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