第20話 見えていなかった…エド視点
「エド、ちょっといいかな」
書類が乱雑に散らばった机に向かい、小さな情報でも見逃さないように、一枚一枚じっくりと目を通して読み返していた時、開いていた扉がノックされ、視線を上げるとクリス兄様が立っていた。
扉に寄りかかり、無造作に髪の毛をかき上げるだけで、無駄にキラキラしたオーラを巻き散らかしている。
上の兄二人は、色味も派手(長兄は薄紫、次兄は金)だし、まず顔の造りが違う。二人共、切れ長のハッキリとした二重で爽やかに見えるのに対し、自分は野暮ったい一重で、何か企んでいるかいかにも不機嫌そうに見えるようだ。鼻の形はみな似ていると思うが、口元もまた違う。長兄はあひる口というのか、年齢より若く見える。次兄は整った薄い唇は色気がある。片や自分の口は一文字で大きめな為、人に威圧感を与えるようだ。
見た目だけでもこれだけ違うのに、優秀さは桁違いで、兄達は小さい時からなんでもよくできた。同じ家庭教師につくと、いつも比べられてため息をつかれるので、ふざけたり悪戯をして授業をさぼるようになり、あまりに悪戯がエスカレートしたもんだから、『悪たれ王子』なんて呼ばれたりもした。
こんな俺が学園に入って変われたのは、アンネローズ・ゴールドバーグに出会ったからだ。だいたいの奴が俺のことを見た目で怖がったりするのに、怖がらずにズカズカ言ってくる奴なんか初めてだった。
あいつとポンポンやり取りするのは楽しかったし、女に負けるかって勉強にも精を出すようになった。あいつは女なのにスゲェ努力してて、その姿勢は素直に尊敬できた。それに、クリス兄様よりも俺のが良いって言ってくれる奴なんか、あいつくらいじゃないか?
美人ってのとはちょっと違うし、女らしいとも言い難いが、そばかすの散った顔は表情豊かで……可愛いんじゃないかって思う。
女を可愛いなんて意識したのは初めてで、つい勢いに任せて婚約の話をしてしまったが……保留にされた。いや、婚約破棄したばかりだし、元婚約者がくだらない話を持ってきたりとかで、とりあえずあいつが落ち着いてからってことだよな?
だから、俺があいつの問題を解決したら!って思ったんだけど……。
「クリス兄様、今は忙しいんだけど」
「うん、見ればわかるよ」
クリス兄様は、ズカズカと部屋に入ってくると、俺の執務机に腰掛け、置いてあった書類に目を通す。
「ふーん、やっぱりあまり進展はないんだな」
「平民の記録は、名前すら入院記録にないのが多いんだ。アン・ガッシの母親の名前はリリス・ガッシ。金髪碧眼の美しい女だったってのは、証言が取れてる」
「金髪碧眼……、そっちもアンネローズ嬢には似ていないんだな」
「ああ。リリスはアンが十五の時に死んだみたいだけど、リリスを知る人間の話だと、二人は似ていたようなんだ。ただ、そいつにゴールドバーグ伯爵夫人の絵姿を見せたら、こっちもまたよく似てるみたいで」
「どっちが母親でもおかしくない……と」
俺は頷いた。
「ゴールドバーグ伯爵夫人のように綺麗な金髪は珍しいんだが……、当時、薬品を使って髪の毛を金髪にするのが流行ったみたいで」
「へぇ、変なことが流行ってたんだな」
ギロリとクリス兄様を睨んで、俺は入院記録を投げ出した。
出産など、陣痛が始まってから担ぎ込まれるような患者は、大抵は身体的特徴が記載され、出産後に名前などを追記しているようだが、平民の方の記録は大雑把で、ほぼ名前はのっていない。そして、この年度の髪色は、金髪、金髪、金髪……のオンパレード。なぜなら、幼児であったクリストファー第二王子の大ムーブメントが起こっており、金髪の愛らしい王子にあやかって民衆はこぞって金髪にしたからだ。
「みんな金髪じゃ、誰が誰だか」
「なるほどねぇ。じゃあさ、花売り娘の方が辿れないなら、逆にアンネローズ嬢がゴールドバーグ伯爵家の血筋だって証明したらどうだい。なにより、伯爵夫人の入院記録ならば、細かく残っているだろうし、赤ん坊のアンネローズ嬢の記録もあるだろ」
「うん、そっちの記録もある。ただ、夜は新生児は新生児室預かりだったみたいで、そこで交換されたって言われたら」
「赤ん坊の髪色や目の色は?」
「アンネは、生まれてすぐは産毛くらいだったみたいだ。目も開いていなかったのか、色は書いてないな」
身長体重は書いてあるが、他の赤ん坊に比べたらやや小ぶりだったようだ。
「結局は、ブルーノ子爵令息が持ってる看護婦の証言が、一番有力な証拠みたいになっているのか」
「でもそれも確定じゃない」
クリス兄様は、しばらく書類を眺めていたが、興味を失ったのか書類を机に放った。
「おまえ、ゴールドバーグ伯爵についてどれくらい知ってる?もしくは夫人について」
「伯爵?アンネの両親ってくらいしか知らないけど。会ったのだってこの間屋敷に行ったのが初めてだし、もしかしたら夜会とかで挨拶されたことがあるかもだけど、覚えてないくらいだ」
「僕も、家名以外は美しい夫人がいるってことくらいしか知らなかったよ」
クリス兄様は八方美人な面があるが、まさか母親くらいの年齢まで射程圏内なんだろうか?
いくら美人でも、母親の年齢くらいの夫人をお嬢さん扱いは無理だ。多分、顔が引き攣る自信がある。
「で、アンネの両親がどうしたんだよ」
クリス兄様は、指先でトントンと机を叩くと、珍しく笑顔じゃない厳しい表情になった。
「伯爵も夫人も、アンネローズ嬢をすでに他人だと考えて接しているようだ」
「は?」
そんなことは初耳だった。数日、この件の調査込みの病院の視察の為に学園は公休を取っていたが、アンネに全然会っていない訳ではなかったから。
「家のことを話した時のアンネローズ嬢の様子がおかしかったから、内々にゴールドバーグ家の調査をしたら、母親は完璧にアンネローズ嬢を無視するか、きつい言葉を投げかけるようになったらしいし、父親はそこまでは酷くないようだが、母親を咎めることもなく静観しているようだ。アンネローズ嬢は家庭で孤立している」
「十八年育てた娘なのにかよ!しかも、本物か偽物かまだ分からないのに」
「偽物だったらどうするか聞いたら、家からは追い出されると言っていたよ。つまりは、アンネローズ嬢が追い出されるって思うような、そういう環境ってことだ。普通育てた情があれば、そう簡単には捨てれないだろうにな」
なんだよ!
俺の前ではいつも通りで弱いとことか出さないくせに、クリス兄様には弱気なとこも見せられるってのか。家でのことだって相談さえしてくれれば……。
いや、俺が見てなかったんだ。ちゃんと見えてなかった。
あいつんちに行ったときに、すでにアン・ガッシを見る伯爵夫人の瞳は母親のものだったじゃないか。俺が口を出さなかったら、あいつらはすんなりアン・ガッシとミカエル・ブルーノの言うことを全面的に信じていただろう。
そんな状態で、アンネを放置した俺が短慮だった。クリス兄様は、アンネの小さなSOSを感じ取ったのに、俺は……。
「落ち込むのはいいけど、今辛いのはアンネローズ嬢だからな」
「わかってるさ」
俺は、自分の頬を両手のひらで叩いて気合いを入れた。
「どうするつもりだ?」
「学園長にかけあって、学生寮に入れるようにしてもらう」
「学生寮は、特待生か遠方に領地がありかつ王都に屋敷をもたない下級貴族しか入れないだろ」
「だからかけあうんだよ。アンネなら特待生になれる実力はある。試験さえ受けられれば、特待生になれるだろう」
「今まで、貴族で特待生をとった者はいないよ。それに今は試験の時期ですらない」
俺は机を拳で叩きつけた。
「それはとる必要がなかっただけじゃないか!じゃあ、兄様はどうしようっていうんだ!」
「もっと簡単に、アンネローズ嬢を家族と引き離す方法はあるよ」
クリス兄様は、俺が机を叩いた際に落ちた書類を拾いながら言った。
「僕かエド、……どちらかの婚約者として、王宮に呼べばいいんだ。妃教育という名目で、婚約者が王宮に住むことは許されているからね」
書類を手渡され、思わず握り潰しそうになった。
「俺は……アンネの弱みにつけこむみたいなことはしたくない。あいつが俺との婚約は保留って言うんだから、あいつが保留はなしって言うまで待つ」
「そう……。おまえはおまえの好きにしたらいい。じゃあな」
クリス兄様は、俺の肩を叩いて部屋から出て行った。
俺も、クリス兄様も、この時はまだ時間に余裕があると思っていたんだ。
▶▶▶第一章 完結◀◀◀
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