第11話 「まだマシ!」ですから!!

「ちょ……噂の意味がわからないんですけど」


 クリストファー様は空いていた席に座ると、私に手招きして隣に座るように椅子を指差した。すかさずその席にエドが座る。まさか三人並んで座るのもおかしいから、私はエドの向かい側に座った。


「僕もね、こんなふうに広まるとは思ってなかったんだよ」


 このクリストファー様の言い回しで、噂の種を撒いたのがクリストファー様だと直感する。


「クリストファー様、今、素直にお話になれば、怒りませんよ」


 私の正直に話せよ的な圧力に、クリストファー様は、ポリポリと頬をかく。


「いやね、最近僕の婚約者候補達の争いが苛烈になってきてね、周りにもいつ婚約者を決めるんだって、かなりせっつかれてさ。どうせ婚約者にするならば、アンネローズみたいに賢い女性がタイプだって言っちゃったんだよね」

「「はァッ?!」」


 またもや私とエドの声が重なった。


「それで、なんで私達が三角関係みたいな話になるんですか?!私が悪女っていったい」

「ほら、君らは学年も違うのに、いつも一緒にいるだろ。だから、元から君達のことは噂になっていたんだよ。そこに僕まで参戦した形になっただろ?で、アンネローズ嬢は僕とエドの二人を誑かした悪女だって。アハハ、こんな可愛らしい悪女なら、僕は騙されてみたいと思うけどね」


 笑いごとじゃないから。


「クリス兄様!あんたが昔から誰彼構わずいい顔するから、婚約者候補が沢山増えたんだろ。その精算にアンネを巻き込むな」


 そうだ!エド、言ってやれ!


「しょうがないじゃないか。女の子はみんな可愛いし、ただ素直に褒めていただけなんだから。それに、王族と縁戚になれるかもしれないと勝手に勘違いした貴族達が、お互いに牽制しあってくれると、なにかにつけて都合も良かったし」


 ただ素直に褒めてないじゃん。自分の婚約すら政治の餌に使うとか、やっぱり腹黒キラキラ王子だ。しかも、エドといる時はその腹黒さを私にも隠そうとしない。


「まぁ、醜聞には慣れてますから、クリストファー様に都合が良くなったら、ちゃんと収集をつけてくださいね」


 ぶっちゃけ、あと数ヶ月で貴族じゃなくなるんだろうから、貴族の人達になんと思われようと関係ない。


「どうせなら、噂を本当にして収集をつけるかい」

「稀代の悪女になれと?」

「やだなぁ、そっちじゃないよ。僕と本当に婚約してみるかい?って話さ」


 王子様となんか婚約したら、これからの話がややこしくなりそうだから嫌。第一、小説の内容とずれてるしね。まぁ、ミカエルと婚約破棄したこと自体、大幅にあらすじを変えちゃってるけど。


 それにこの二人、本物のアンネローズが学園にやってきたら、どうせ彼女の美しさに骨抜きになるのよね。クリストファー様はともかく、エドまでかぁ。それはちょっと寂しいかも。


「おい、何悩んでんだよ!即行断るとこだろ」


 エドが慌てたように、テーブルの下から長い足で私の足を蹴ってくる。


「ちょっと、痛いじゃないの。クリストファー様は、誰にだってこんな感じでしょ。まともに相手をするんじゃなくて、受け流してスルーするのが正解よ」

「アンネローズ嬢、僕への扱いが酷くない?」


 口調は悲しそうに言っているが、目元が本気笑いだから、クリストファー様が気分を害していないことはわかっている。


「いえ、私一人くらい塩対応でちょうどいいでしょう。クリストファー様の周りは激甘女子が沢山いるでしょうから」

「本当、君くらいだよ」


 小説の雰囲気やアンネローズの記憶として見たところによると、家族から捨てられるのは冬っぽいし、あと数ヶ月もしたら勝手に違う噂に書き換えられるだろう。


 この時私は、貴族じゃなくなるなら貴族社会とは無関係になるものと、勝手にフェードアウトするつもりでいた。特待生で学園に残っても、貴族でなくなった私なんか、相手にもされなくなると思っていたから。


「まぁ、アンネローズ嬢が気にしないなら、もう少し噂は放置させてもらおうかな。じゃあ、僕は政務があるからこれで帰るね」


 結局、クリストファー様は学食に来ても、何も食べることなく帰っていった。

 あの腹黒キラキラ王子、噂を収束させるつもりは微塵もなく、多分三人の関係を見せつける為だけに学食に顔を出したに違いない。


「あんたの兄さん、本当に腹黒いよね」

「そんなことを言うのはアンネだけだぞ。みんな、兄様に微笑まれるとポーッとするのに」


 私がエドを手招きしてコソコソと話すと、エドは呆れ顔をして言う。


「美男子は元婚約者で見慣れてるの。顔やうまい言葉にはもう騙されないわ。あんたの兄さんと婚約するくらいなら、まだあんたと婚約した方がマシだわ」

「バ……、な……」


 気楽な軽口のつもりで、エドならばボロカスに言いながら切り返してくれると思って言ったのだが、真っ赤になって口をパクパクさせるエドに、思わず私まで赤くなってしまう。


「ちょっと、なに動揺してるのよ」

「馬鹿!おまえが変なこと言うからだろ」

「マシ!まだマシってだけ!」

「おまえ、それも失礼だな!」


 さっきまで動揺して照れていたのが、今度は怒り出したりして、感情の起伏が激しい子ね。

 ああ、ビックリした。ついつられちゃったじゃない。


 赤くなった顔を扇ぐように手をパタパタさせていると、いきなり目の前に座っていたエドが立ち上がった。


「なに?どうし……」


 後ろから肩を叩かれ、振り返るとミカエルが立っていた。


「ちょっと話がある」

「えっと……なに?」

「ここじゃなく、ちょっと表に来てもらいたいんだ。君にとっても、人に聞かれない方が良い話だと思うよ」


 人に聞かれない方が良い話?

 まさか……。


 すでに関わりがなくなってけっこうたつ。今更話すこともない筈だけれど、それでも話しかけてくるということは、まさかのアンネローズの出生の秘密についてだろうか?まだ時期は早いし、私の記憶ではなんの事前知識もなく、いきなり両親と本物のアンネローズが再開して私は捨てられたような。それを、今私に話そうって言うのかな?

 小説の中の両親は、本物のアンネローズをすんなり受け入れていたから、ミカエルから話は聞いていたんだろうけれど、今はミカエルと話す機会もないから、ミカエルは私にアプローチしてきたんだろうか。


「私は話すことはないんですけど」

「僕には……僕達にはある」


 僕達、僕とアン・ガッシ……本物のアンネローズにはということなんだろう。


「私……午後は選択授業なんですけど」

「その後でいい。ここに来てくれ」


 ミカエルは、私に住所の書いてある紙を差し出してきた。

 私が受け取る前に、いつの間にか私の隣に来ていたエドがその紙を取り上げた。


「なにをする!」


 さりげなくエドの学章を見て学年をチェックしたのが、ミカエルの視線からわかる。体格からしたら全く敵いそうにないから、自分よりも年下だと見て強気に出たのだろう。

 学年はわかっても、誰かまではわかっていないようだ。私も最初は気が付かなかったから、人のことをどうこう言えないけどね。

 クリストファー様とミカエルは同級生だから、クリストファー様さえいればミカエルもこんな失礼な態度は取らなかっただろうな。面白いから、エドがクリストファー様の弟だって教えてなんかあげないけどさ。


「なにって、婚約者が男に呼び出しを受けてるのに、見て見ぬふりをする馬鹿がいるか」


 婚約者?!


 それでなくても、ミカエルが私に接触しているのを見て、学食中が静かに注目している中、エドの低い声が響いた。


 この場で平然としているのはエドだけで、私を含め全員が口をポカンと開けた状態だ。


 いち早く正気に戻ったのは私だった。


「エド!なに、とんでもないこと言ってくれちゃってるの?!」

「おまえだって、兄様よりも俺と婚約したいと言っただろ」

「まだマシ!したいなんて言ってないてしょ」

「あの兄様よりマシなら、俺以上の相手はいないだろ」


 ウワッ、隠れブラコンがここにいたよ。そうだ、エドは兄二人に劣等感を持ちつつ、凄く尊敬もしているんだった。

 クリストファー様よりマシだって言っただけで、なんでいきなり婚約の申し込みもぶっ飛ばして婚約者扱いなの?!

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