第10話 稀代の悪女?!
「おまえ、珍しい奴だな」
クリストファー様が保健室から出て行き、エドモンド様がポツリと言った。
「何よー。人を変人みたいな言い方しないでくださいー」
「まぁ、変人ちゃあ変人だよな。クリス兄様よりも俺のが信用できるって。見る目ないしな」
エドモンド様は「ハンッ」と鼻を鳴らしてそっぽを向く。
「ないよねぇ、ないない」
見る目があれば、ミカエルのことなど好きにならなかったし、いつまでもミカエルや両親のことを懐かしんで、絶望感に囚われて衰弱死なんてことにはならなかっただろう。
「おまえ、本当に失礼な奴だな!」
「ああ、違う違う。ごめん、間違えた。今までなかったの」
ムッとしたエドモンドを見て、私は慌てて言い換えた。
だって、見る目がなかったのはアンネローズで今の私じゃないもん。だよね?
「エドモンド……様は、態度も口も悪いし、若干卑屈なところがあるみたいですけど、今の私は昔より見る目は養われましたからね。あなたは信用できる……んじゃないかなぁって、すみません。一応王子様でしたよね。口のきき方を間違えました。今更ですが」
言い過ぎたか?と一瞬冷や汗をかきながら、エドモンド様を恐る恐る見ると、エドモンド様は「プハッ!」と吹き出して笑い出した。
私のディスリに、笑うところあった?
「おまえ、素直だな。俺の周りの奴らは、俺の前でだけいい顔しておべっかを言う癖に、裏では兄様達と比べてこき下ろす奴ばっかだ。おまえみたいにズバズバ言う奴はいない」
「比べてって、年齢が上なんだから兄のができて当たり前でしょ。それに、みんな違うんだから、比べるのが間違ってるの」
誰かが言ってなかったっけ?「みんなちがってみんないい」ってね。歌だか詩だか忘れたけれどさ。
「そうか?俺は兄様達みたいに勉強はできないし、国政に関わってもいない。色んなことに興味はあるんだが、みんな中途半端だ」
「勉強は……これからじゃない?まだ学園に入ったばっかだし、後六年もあるのよ。色んなことに興味があるなら、まずは足を突っ込んだ状態でしょ。全く知らないよりは、見識を広めるとっかかりになるわよ。それに、いつか必ず王族として国政に携わらなければならないんだろうから、焦って今やらなきゃならないことじゃないわ。今は知識を蓄える期間ってことよ」
「おまえ……前向きだな」
偉そうだったかな?でも、一年生だったらまだ十六歳。実年齢十七歳でも気持ちは二十歳だから、なんかそんな若い子が、あれもできないこれもできないなんて言っているのはもったいない気がした。
「ごめん、なんか近所のおばさんみたいだったかも」
「近所のおばさんって何?」
「余計なこと言ってくるおばさん……って、王子様にはそんな人はいないか」
「まぁな、みんな取り繕ったことしか言わないな。そう言えば、おまえさ、午後は選択授業とかとってるわけ?」
「そうだね。今日は無断で休んじゃったな。後で、先生に今日の分のプリント貰いに行かなくちゃ」
私は椅子の肘掛けに手をかけて、「よいしょ」と立ち上がってみる。エドモンド様が包帯で足首を固めてくれたおかげか、すんなり立ち上がることができた。
「あ、歩けそう」
「無理すんなよ。なんなら、馬車まで送っていくぞ」
仏頂面で言われたが、エドモンド様のこれは通常仕様だってわかったから気にならなかった。
「いや、次に選択授業の方は間に合うから、今から行くつもり」
「そんなに受けてんのか?」
「うん、ほぼマックス。せっかく学園に入ったんだから勉強しないと」
選択授業を取り出したのは、もちろん捨てられた後に特待生取る為と、将来の就職の為だ。普通の貴族は、学園には勉強に来ていると言うよりも、貴族同士の繋がりを広める為に来ている。いわゆる社交の一貫だ。学園で出来た派閥が、そのまま社交界にも反映されるから、下位貴族は上位貴族にどれだけ取り入ることが出来るか必死だ。
私はそんな中、勉強に精を出す変人になりつつある。
社交は、本物のアンネローズに頑張ってもらおうと思う。ヒロインくらいゴージャスな美人ならば、声をかけなくても周りには人が寄ってくるだろう。小説でもそうだったし。
「へえ……俺も受けてみようかな」
「うん、それいいかも……じゃなくて、良い考えだと思います」
エドモンド様が普通に話しかけてくるから、何も考えないで普通に返事をしていたけれど、保健室を出て廊下を並んで歩いていたら、たまにすれ違う周りの目が気なった。
エドモンド様は王族だし、私は婚約破棄したばかりの傷物(あくまで周囲のイメージね!)令嬢。親しげに話していたら、エドモンド様のイメージに傷がつく。口が悪い悪たれ王子とはいえ、まだ子供に変な噂がたったら可哀想よね。
「なんだよ、変な喋り方しやがって。今更気取ったって、俺の頭を叩いたり、壁に激突させた前科は消えないぞ」
「あれは、あんたが……いや、エドモンド様が私の足をお持ち上げになられたからで、壁は不可抗力でございます」
「お持ち上げって、なんか言い回しおかしくねえか?学園は身分不問が原則なんだろ。気色悪い喋り方すんなよ」
「いや、ですからそれは建前だって……」
エドモンド様の、「変に取り繕って喋ったらただでおかないからな」という圧力に、私は肩をすくめて見せる。
「わかったわよ。学園の中だけね。その代わり、あんたに変な噂がたっても、私は責任取らないわよ」
エドモンド様はニカッと笑って、「オウッ」と言った。
ブスッたれた顔だけじゃなく、年相応のこんな顔もできるんだ。なんだ、悪たれ王子も可愛いじゃん……なんて、かなり年上目線で見ていたけれど、男の子の成長って早いのね。前の時も今も男兄弟なんかいなかったから知らなかったよ。
★★★
「アンネ、昼飯食べようぜ」
三年の教室に顔を出したのは、黒髪黒目のワイルド風イケメンだった。
たった一年弱で、身長は十五センチくらい伸び、ガッシリした男らしい体型に成長したエド(何故か王子と愛称で呼び合うような仲になってしまった。もちろん、友人としてよ)は、ちょこちょこ私の所へ顔を出すようになっていた。しかも、私と丸かぶりの選択授業を取るようになり、午後はほぼ一緒にいる。
いまだに悪たれなことは言うけれど、ムッツリしていた表情も明るくなり、友達が増えたのは私のおかげよね!私の友達はエド以外増えなかったけどね!
たまに第二王子のクリストファー様もお昼を一緒にしたりして、後数ヶ月で平民になる身としては、身に余る光栄ってやつかな。選択授業は特待生である平民が多くて、エドも年齢関係なく優秀な彼らと友人関係を築いているから、きっと私が平民になってもエドならば友人を続けてくれると思う。
「あんた、随分と丈が伸びたわよね。体格もがっしりしたし。クリストファー様よりも大きくなったんじゃない?」
食堂まで並んで歩きながら、「エドを見上げると首が痛くなるわ」と首を擦る。
「ああ。アンネは、俺みたいな体型のがいいんだろ?なんてったっけ?細……」
「細マッチョね。あんた、すでにただのマッチョだけどね。吹けば飛びそうなガリガリよりはいいんじゃない」
「ああ、もうアンネを抱き上げても安定感あるぞ」
「そうそう捻挫なんかしたくないから、抱き上げられるシチュエーションは勘弁して欲しいわね」
エドは、ムッと唇を尖らせる。こんな表情は、出会った頃のまんまだ。
「何も介護だけが抱き上げるシチュエーションじゃないだろ」
「水溜まりでも渡る?私は靴が泥だらけになっても気にしないけどね。メアリーに怒られるかもだけど」
「まあ、そういう時も任せろ!もう二度と他の奴にアンネを任せたりしないから」
エドは、最初に出会った時に、クリストファー様が私を軽々と抱き上げたことに衝撃を受けたらしく、ナヨメンがモテるこの世界で、騎士のような特訓をして、わざわざ非モテの逞しい筋肉を手に入れたのだ。運動した成果か、それと同時に身長もメキメキと伸び、今のエドが出来上がったわけである。私と同じだけ勉強しつつだから、かなりの努力家なんだろうと思う。そんな人がうちの国の王族だと思うと、頼もしい限りだ。うちの国の未来は明るいよね。
「やあ、アンネローズ嬢。これから昼食かい?」
キラキラした人物が現れたと思ったら、クリストファー様が爽やかな笑顔で立っていた。
「クリス兄様、また来たのか。兄様は選択取ってないだろ」
「ああ、午後からは政務だからな。でも、昼食くらいは弟と一緒にしようと思って」
「まぁ、そういうことにしといてやるよ」
三人で……というか、捕まった宇宙人状態で食堂へ向かった。
選択授業は取っていないが、食事だけして帰る生徒もそれなりにいて、食堂は小さな社交場と化している。女子生徒達のグループがあちこちで固まりお喋りをしている中、私達が横を通るとピタリと会話が止まる。
なんか、態度悪いな。
「アンネローズ嬢、実はね、噂になっているんだよ」
「噂?」
ミカエルとの婚約破棄から一年弱、もう話題に上がることもないと思っていたけれど。
「そう、僕達が三角関係だって。しかも、王族を誑かすアンネローズ嬢は、稀代の悪女らしいよ」
「「はァッ?!」」
私とエドの声が重なり、私達の登場で静かになっていた食堂に響いた。
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