第3話 ヒロインとヒーロー、運命の出会い
「アンネ……今日は何かいつもと違うような。ああ、新しいブローチを買ったのかい?よく似合っているよ」
ミカエルの来訪を聞き、小走りで玄関まで出迎えに行くと、キラキラしい男性が立っていた。
金髪碧眼のやや線の細い彼は、誰が見ても美青年だ。なんで、こんなに美しい青年が、とにかく地味でソバカスだらけの私の婚約者になんかなったのか。
それは伯爵位の為だ。
子爵家次男のミカエルは、家に他の爵位を持っていなければ、長男が家を継いだ途端に貴族ではなくなってしまう。そんな、爵位にあぶれる貴族の次男以降は、騎士になって一代騎士爵をもらうか、功績を上げて叙爵されるしかない。
もしくは、女子しかいない貴族の家に婿養子で入るか。
ミカエルは、後者だ。
パッとしない女子でも爵位というオマケがつけば、眉目秀麗な男性を選び放題なこのご時世、爵位を餌に鯛を釣り上げることができるのだ。
魅力的なのは爵位であって、私ではないということがバレバレだ。
「これ、素敵ですよね」
私は、わざとらしくブローチをミカエルに見せる。このブローチをプレゼントされて、凄く喜んだアンネローズの記憶があるだけに、プレゼントしたことも覚えていないミカエルが、残念な人過ぎてがっかりだ。ついでに、いつもと違うお化粧で、見た目も変わっているだろうに、そんなことにも気が付かないくらい、私に興味がないんだろう。
「うん。とっても高価な物なんだろう?アンネに凄く似合っているよ」
高価かどうかは知らないけどね。なにせ、あなたからのプレゼントですから。
「ありがとう」
私の後ろでこのやり取りを聞いていたメアリーは、冷ややかな視線をミカエルに向けていた。明らかに不機嫌さを隠していない。
主人である私の父親や私にもズケズケ物を言ううちの侍女だけれど、さすがに自分の主人を適当に扱われるのは我慢ならないらしい。
「お嬢様、ブローチが曲がってしまっております。ミカエル様からいただいた大切なブローチが!」
アハハハ、強調し過ぎだよ、メアリー。
ミカエルは一瞬しまった!という表情になるが、すぐに表情を取り繕って笑顔になる。
「そうだ、どうも見覚えがあると思った。君のグレーの瞳に似合うと思って買ったアメジストだ。嬉しいよ、付けてくれているんだね」
適当だな、おい。
本当、アンネローズはこの男のどこが良かったのか。やっぱり顔かな。イケメン好きか。
ミカエルに腕を出されて、何事?と一瞬悩んだが、アンネローズの記憶の中にミカエルにエスコートされて歩いた記憶があった。
私がミカエルの腕に手を添えると、それが正解だったようで、執事が扉を開けて「行ってらっしゃいませ」と頭を下げる。
私はミカエルにエスコートされ歩き、その後ろからメアリーがついてきて、屋敷の前に停まっていた馬車に乗り込んだ。
子爵家の馬車ではなく、うちの馬車ででかけるらしく、私とミカエルは並んで座り、目の前にメアリーが座った。婚約者とはいえ、未婚の男女が二人っきりにならない配慮だ。
まぁ、仮に二人っきりになったとしても、ミカエルが私に手を出すなんてことはないだろうけどね。
「今日は、中央通りのスィーツ専門店に行ってから、ララ・ベル衣装店で舞踏会用の衣装を注文しようと思うんだ」
「スィーツ……ですか」
アンネローズは、ミカエルに誘われるから、無理にスィーツ店に付き合っていただけで、極力甘さ控え目のお菓子ならば食べられるというレベルで甘い物が苦手だった。ミカエルは、女子は甘い物が好きだろうと勝手に思い込んで、アンネローズを度々スィーツ店に連れてきていた。他にデートの場所を考えるのも面倒くさいし、スィーツ店ならば無難だろうと思っているのが丸分かりだった。
生クリームどっさり、甘いシロップ増し増しのパンケーキが、ドーンと目の前に現れる。ちなみに、私は注文していない。
店に入った途端、ミカエルが勝手に頼んだのだ。昼食兼おやつといったところか。
「あの……こんなに食べられないから、メアリーを呼んだら駄目かしら」
メアリーは、侍女らしく馬車で待機している。
「前は食べていたじゃないか」
それは、あなたの前でアンネローズが無理していただけよ。
「食べられなければ残せばいいよ」
「もったいな」
「え?」
「いえ、なんでも。オホホホ」
お上品に笑ってみせる。アンネローズは、ミカエルの前では大人しくお淑やかにしていたから、なるべく印象が変わらないように心掛けようと、この時は思っていた。
しかし、見るからに甘そうなパンケーキを目の前にして、心が折れそうだ。
アンネローズだけではなく、私も甘い物は苦手だから。お酒のツマミみたいなショッパイ物のがいいんだけど。
二十歳になってすぐにこっちに来ちゃったから、お酒は飲んだことはないけれど、ママ達には絶対に呑兵衛だろうって言われていたくらいだ。
精神的には二十歳だし、こっちではお酒は社交界に出るようになれば飲んでも良いという、かなりアバウトな規制しかないから、だいたい十四歳から十六歳くらいまでには、みなお酒を嗜むようになる。
私は……飲んだことないみたいだな。お酒を飲んだ記憶がないから。
「アンネ、あまり食が進まないな」
なるべくクリームやシロップがかかっていないところを探しながら、ショッパイ物食べたーい!と考えていたから、ほぼ手つかずのパンケーキが目の前にある。
勝手に萎んだりしないんだな、やっぱり。
「実は私……甘い物が苦手で」
「え?」
そりゃ驚きますよね。毎回ほぼスィーツ店デートで、苦手な物を強要していたなんて今更知ってもね。
「サッパリした甘い物ならまだなんとかなんですけど、さすがにここまでコッテコテはちょっと……」
「な……それなら、最初から甘い物は嫌だと言ってくれれば」
「好きかどうか聞かれたら嫌いだって言えたかもしれないけど、聞かれもしないのに苦手ですとは言い辛いですね。あ、すみません。コーヒーブラックでください。あと、これ、ほとんど手を付けてないので、お土産に包んでもらえます?」
店員さんが通りかかり、私はコーヒーを注文した。なんかね、甘いミルクティーはセットでついてきたんだけど、甘い物×甘い物とか、拷問ですか?って感じだったんだよ。かろうじて、ミルクティーは飲んだけどさ。
そして、もったいないお化けの存在を知っている元日本人としては、残すなんてやはりできなかった。セコイ貴族だと噂されようが、食べ物は粗末にしないんです。
「アンネが……コーヒー」
見た目小動物系童顔だから、似合ってないのは自覚してる。でも、やっぱりコーヒーはブラックでしょ。
ホットコーヒーをブラックで飲み、口の中がリセットされて気分が良くなる。
飲み干したところで、残り物のお土産も包んで貰えたから店を出た。
ララ・ベル衣装店に行く前に、お土産は馬車に置いた方がいいだろうと、馬車を停めた場所まで戻ろうと、中央通りの噴水の所まで来た所で、誰かが私の背中にぶつかってきた。
「ウワッ」
「キャッ」
色気のない前者の悲鳴が私です。そして、押されて倒れそうになったのを踏ん張り、噴水に片足を突っ込んでしまう。倒れてたら全身噴水の中だから、これでも被害は最小限なんだよ。
「すみません。ごめんなさい。ああ、どうしましょう」
私にぶつかってきたのは女の子らしく、慌てた声も涼やかで可愛らしかった。
「ごめんなさい。嫌な男に追われていて。逃げるのに夢中で、前を見てなかったんです。ああ、来たわ」
「アン・ガッシ!今日こそは俺と付き合ってもらうぞ。おまえに幾らつぎ込んだと思ってる。一晩飲みに付き合うくらい、なんてことないだろ」
「つぎ込んだって、私の花を買っただけじゃないですか。ちゃんと対価にあった物を渡してます」
乱暴なガナリ声がし、か弱い悲鳴が響く。
というか、アン・ガッシと言いませんでした?
アン・ガッシ……、『平民ですがなにか?!』のヒロインじゃないの?!
私は噴水から足を引き抜き、恐る恐る振り返った。
そこには、ヒロイン(アン・ガッシ)を無頼漢から守るヒーロー(ミカエル)がいた。
と言っても、ヒョロヒョロのミカエルがバリバリ労働者っぽいゴッツイ男を押さえつけられる訳もなく、ただ間に挟まって揉みくちゃにされているだけだったが。
いやいや、婚約者が噴水に片足落ちてずぶ濡れになっているに、完全放置で他の女助けに走るとか……意味がわからないからね。
でも、このシチュエーションは知ってる。ミカエルとアンの出会いの場面だ。小説では、もっと颯爽と助けていたような。それと、婚約者であるアンネローズが噴水に落ちたなんて描写もなかったわよ。
「ちょっとそこのあなた。あなたが今手をかけているのは、ブルーノ子爵様のご令息だとご存知?」
「はあ?!」
私が後ろから声をかけると、ミカエルに手をかけていた男は振り向いた。
うん、工事現場のあんちゃんみたいな風体だな。つまりは、ゴツくて強そう。
「ブルーノ子爵様のご次男、ミカエル様よ」
「ブルーノだかプルートだか知らねぇが、貴族がどうした!」
うん、知ってた。ブルーノ子爵が王都でそんなに知名度ないこと。
「じゃあ、そのミカエル様の婚約者はご存知?」
「知るかよ!」
「アンネローズ・ゴールドバーグ、この私。ゴールドバーグ伯爵の長子ですの」
こんな時、チマッとした童顔は本当に迫力に欠けるから困る。わざと偉そうにふんぞり返り、「ホッホッホッ」とか笑ってみせればいいのかしら?
私の中のアンネローズの記憶に、この男の着ているハッピがヒットした。王都の土木建築を一手に引き受けている、バード組のハッピであるということ。そして、バード組に馬鹿みたいな金額を出資しているのが、うち、ゴールドバーグ伯爵家であるということ。
いわば、大株主だ。偉かろう。
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